式場はとくに席が決まっているわけでもなく、会場に入るとひとごみのなか、テーブルが並んでいる。椅子は壁際に並べられていて、自由に座っていいらしかった。立食、ね。さすがゲイの結婚式、言うなればバーやクラブの延長の異業種交流会の様相である。奥には庭園が広がっていた。外に出ることもできるらしい。
「雨のときはどうするんだろうな」
 翔真が言った。
「そこは雨降って地、固まるとか言っちゃって、屋内だけで済ますんじゃない?」
 なんとなく白けた気持ちになってぼくは言った。入ってみると妙に気持ちが落ち着いた、というか冷静になってきたらしい。
 入るまでは嫌で嫌でしょうがなかったというのに、やっぱり何事も飛び込んでみないとわからないなあ、なんて思った。
 会場にいる人たちの視線が刺さる。けれどぼくではなく、どうやら翔真に向けられているらしい。参列者のいい男チェックにどうやら翔真は合格したらしく、その場にいたほぼ全員が集まってきた。
 これじゃ夏の夜の自動販売機に群がる虫である。逆にみんな、たいしたこともない共通点(新郎二人いすれかの知り合い&多分ゲイ)を頼りにしてなんとか会話しようというわけだ。
 翔真……ゲイ版バチェラーとかいけるんじゃない? ネトフリでやりそうで怖い。
「こんにちは」
「どこからきたの?」
「直哉の知り合い?」
「それとも光圀?」
 男たちが翔真にぐいぐい話しかけてくる。
 隣にいるぼくのことは、彼らには見えないらしい。いつのまにか透明人間になる技を身につけたのかな? よーし暴れるか! いや無理。……しないけどさ。もう壁の花と化してこのありさまを眺めていようかな、と思ったときだ。
「彼氏の付き添いです」
 翔真はすべての質問を一括で返答した。ぼくの肩を叩いた。
「どうも……」
 ぼくが挨拶すると、囲んでいた男たちが、「へえ」と注目する。ぼくのことを値踏みしているのがわかった。
 聞こえるぞ、声が聞こえる。
(こいつが彼氏って、つまりこのイケメン、フツウ専かな、もったいない)
 この会場に揃ったイケてるメンズ(顔で参列者選んだのか? と疑いたくなる。まあぼくがいるんでそんなことはないけど)は、ぼく以外全員、なんだか自信ありげで、仕事が忙しくても筋トレしていて、疲れていても笑顔で夜遊びしていそう。心の中で思ったので偏見くらい言わせてほしい。多分彼らもそんくらい思ってるだろうし。
 そうなんだ、またね、と男たちは散っていった。まだ未練たらたらなやつの視線を感じながらも、ひとまずはファーストインプレッション終了。
 この式は、男探しも兼ねてるわけね。そりゃそうか。あーあ、合コンのトイレみたく、陰で批評されてるわ、きっと。ありえないとかなんとか。
「ほら」
 と翔真がぼくにグラスを渡した。さっきの男たちに渡されたものだ。ちなみにぼくには誰も、なんなら給仕すらグラスをよこさなかったけど。バイトと勘違いされて空のグラスを片付けろとか言われそう。
 やばい。自己評価がどんどん下がっていく。
 わかってはいたけど、ここはもうイケイケな場所なのだ。
 何度も自分自身で斬って刺してる。あと一撃で死ぬかも。
 ぼくはグラスに口をつけた。
「にしてもすごいな、みんなゲイか?」
 男ばかりの現場を、翔真は驚いて見回した。
「あんまじろじろ見てると、気があるって思われるよ」
 そう、ゲイとはいくつになっても恋する乙女。イケメンに関心を持たれたように思ったら、ワンチャンいけると勘違いするのです。なにがいけるか? 言えません。
「なんだよ、心配してんの?」
 翔真がグラスに口をつけて言った。
「いや、心配はしてない、そもそも興味ないだろうし」
「俺が一途なの、わかってるじゃん」
 ぼくの頭を翔真がぽんぽん、と軽く叩いた。
「なに!?」
「なーんてな。いや、まだなんにも始まってないんだから、元気出せ、って」
「『キッズリターン』かよ」
「さすが、わかってる。俺あれめちゃ好き」
「ぼくも」
「元カレにいいとこ見せるんだろ」
 そうだ、そのためにぼくは翔真とここにいるのだ。でもこう直哉たちのつるんでいる人々を見てみると、自分がいかにスペックが低いか丸わかりだ。以前どこかであって挨拶したことのある人(名前忘れた)も見かけるけれど、あっちもべつに話しかけてこないし。なんなら無視である。
 厳しいぜ、キラキラしてる連中!
「ではみなさん、お庭のほうへご移動ください」
 式場のスタッフが声をかける。
「ただいまお二人は奥にあります教会で愛の誓いをなされました。出てまいりますので拍手でお迎えください」
 ぞろぞろと男たちが庭のほうへ向かっていった。
「なんだ、式もやんのか」
「二人だけでやるんじゃない? 撮影はしてるんだろうけど」
 ぼくは目を細めた。
 その様子を翔真が見て笑った。
「おもしれーなあ」
「なにがじゃ」
「いや、毒が漏れてるよ」
 まじでウケる、と翔真がぼくの背中を叩き、そして肩を抱いて庭のほうへと誘った。
「べつに毒でもなんでもないけどさ」
「いや、俺、和寿の頭のなか、のぞいてみたい」
「どゆこと?」
「きっとめちゃくちゃ言葉が詰まってるんだろうな、って」
「そんなん、頭が重くなるだけだよ」
 ぼくは不貞腐れ気味に言った。
「たくさんあるなら吐き出さなくちゃな」
「なに、下ネタ?」
「ちげーよ、シナリオライターなんだからさ」
 楽しげな翔真に、ぼくはどきりとしながら、いいやつだな、としみじみ思った。
 小さな式場のドアが開くと、笑顔の直哉とパートナーが揃いのタキシード姿で現れた。
 男だらけなので、歓声もどすが効いている、というか絶対に一部、ぼくみたいに拗らせた気持ちのあるやつがいるに違いない。全員笑顔だが、絶対に。そう考えると結婚式ってのはおそろしいもんである。人間っておもしれ〜。
 ライスシャワーにクラッカー、風船が空に舞い上がっていく。
 まごうことなき結婚式、である。
 ぼくは雰囲気に飲まれやすいので、いろいろ心中あれど「素敵だな」なんて感心した。
「いいじゃん」
 翔真も言った。
 考えてみたら、いくらゲイフレンドリーとは言え、冷静に考えたらこの男だらけの異様な空間に全く飲み込まれず平然としているところがすごい。
「ん_?」
 ぼくが翔真をじっと見ているのに気づいた。「なんだよ」
「うん、ここにいるなかで翔真がいちばん、かっこいいね」
 ぼくは言った。
「そりゃ、俺のこと好きだからだろ」
「うわっ」
 こいつ、なんてことを。そしてすぐにわかった。翔真はカップルの演技をまっとうしようとしているのだと。
 なんだか翔真といると、血がのぼったり急に冷めたり忙しい。健康に悪いよ。
 まわりが歓声がひときわ大きくなったので我に帰ると、直哉のパートナーがブーケを持っている。どうやら超べたべたなブーケパスをやるらしい。いまどきそこまでやりますか。でも一生に一度だからな〜、とちょっと身を引いた。
 青空に花束が放られた。
 きれいだ、と思った瞬間。
「よっ」
 翔真が大きく飛び上がった。え、そんなに人って高く飛べるの? と驚くやいやな、花束を翔真がキャッチして、着地した。
 翔真のまわりにいた人が一歩退く。そして、
「ほら」
 ぼくに翔真が花束を渡した。
「……」
「どうした?」
 花束を受け取ってもなにも言わず、きっと変な顔をしているぼくに、翔真が言った。
「嬉しい」
 ぼくは、もっとたくさん言いたいことも、もっと気の利いたことを言えるはずなのに、それしか言えなかった。
 直哉たちが出てきたときよりも大きな拍手が起こり、まるで大雨にうたれているみたいだった。
 晴れてるのに、おかしいな。