自宅の最寄り駅から電車で約四十分。俺は指定された駅で降り、咲を待った。

あれから事態はすぐに動いた。咲がDMで元同級生とやり取りをしたのだが、その同級生、(やま)(もと)さんは吉川の葬儀に参列したそう。つまり、咲から連絡がきたことを、山本さんは喜んでくれたのだ。

そうなると話は早い。咲は花のことを知りたいと言って、会う約束を取りつけてくれた。その日が今日というわけだ。

待ち合わせの午後三時二十分まで、あと八分。まさか今日も遅刻してくるんじゃないかとソワソワしながら待っていると、二分前に咲が改札から出てきた。

「今日はさすがに遅刻しなかったな」

「あたり前じゃん。私は相手をちゃんと選んでるから」

「なんだよそれ。俺の時もちゃんと時間守れよ」

「別に遅れるって言ってもほんの二、三分じゃん」

五分遅れたこともあると言いたくなったが、こんなことでむきになってもしかたないのでやめた。そんなことより、気持ちを切り替えて山本さんに会いに行かなければ。

「あ、そうそう。言っとくけど、渉は私の彼氏ってことになってるから」

「えっ! なんで!? 」

「私は双子の妹だし、山本さんと同じ小学校だったんだから花の話を聞いたって何もおかしなことはないけど、渉については『誰?』って感じになるじゃん。クラスメイトだとしても、亡くなった花のことをベラベラ話すのは気が引けるかもしんないでしょ」

驚いている俺とは反対に、咲は平然とそう答えた。

よく考えたら分かることなのに、一瞬でも狼狽(うろた)えてしまった自分が恥ずかしい。

「確かに……」

「てことで、渉はあんまり余計なこと言わないでよ。花のことを色々聞きたい気持ちは分かるけど、あんまり問い詰めると怪しまれて話してくれなくなるかもしれないから、冷静にね!」

咲の言葉に納得した俺は、落ち着いて話すよう自分に言い聞かせ、駅前にあるカフェに向かった。

飲みものを頼んでから二階の客席に上がると、パソコンを開いて仕事をしている客や、おしゃべりを楽しんでいる人たちもいて結構混んでいる。

満席かと思いきや、タイミングよく壁際の四人掛けの席が空いていたので、俺たちはふたり並んで手前に腰を下ろす。

座ってすぐに咲が山本さんにDMを送ると、五分ほど経ってからひとりの女の子が飲みものを持って二階に上がってきた。小柄で髪は顎のラインで切りそろえられている。

山本さんがどんな人なのか俺は知らなかったけど、咲を見た瞬間に目を大きく見開いたので、彼女がそうなのだとすぐに分かった。

「あの……咲……ちゃん?」

「うん。わざわざ来てもらってごめんね」

咲が立ち上がってそう言うと、鼻先を少し赤くした山本さんは、「ううん、全然大丈夫」と首を横に振った。

壁際のソファに座った山本さんは、飲みものをテーブルに置いてから正面にいる咲に目を向けた。少し緊張しているようだ。

「今日はわざわざ来てもらってごめんね。それと、花の通夜にも参列してくれてありがとう」

咲の言葉に、山本さんの目がみるみる潤んでいく。

「こっちこそ、連絡してくれてありがとう。会えて嬉しい」

涙がこぼれないよう目元を拭った山本さん。きっと、咲にかつての吉川の姿を重ねたのだろう。

そんな山本さんの視線が、俺に移った。

「あ、えっと、DMで話してた通りこの人が私の彼氏で、花のクラスメイト」

「初めまして。佐倉です」

ぎこちなくならないか不安だったが、山本さんは「初めまして」とお辞儀をしてくれた。疑われなかったようで、ひとまずホッとする。

「咲ちゃんと会うのは小学生の時に引っ越して以来だけど、花ちゃんにそっくりすぎて、ちょっと泣きそうになっちゃった」

「似てるって自分でも思うよ。同じ服を着てたら誰も見分けがつかないよねって、花ともよく話してたし」

「うん、絶対分かんないと思う」

咲と山本さんが笑い合うと、ようやく少しだけ緊張が解けたのか、山本さんが飲みものを口にした。

「それで、早速で悪いんだけど」

「同窓会のことだよね?」

「うん。覚えてることだけでいいから、私の知らないところで花が何をしてたのかとか知りたくて、同窓会の時の花のことをできるだけ聞きたくて」

咲の言葉に嘘はない。でも、こうして山本さんを呼び出した本当の理由は、吉川が残した同窓会の日記の内容が、よく分からなかったからだ。

もちろん山本さんは日記の存在を知らないが、花を想う咲の気持ちに応えるためだろう、同窓会のことを躊躇 いなく俺たちに話してくれた。

「最初に四年二組の同窓会をやろうって言い出したのは、当時のクラス委員だった子らしいんだけどね、連絡先を知ってる子にどんどん回していこうってことになって――」

全員が全員の連絡先を今でも知っているわけではないが、個別に繋がっているクラスメイトが多かったため、最終的には全員に同窓会のお知らせは届けることができたらしい。

吉川にメッセージを送ったのは自分だと、再び目を潤ませながら山本さんは言った。

四年の時のクラスメイトといっても、大半が中学まで同じ学校に通っていた。バラバラになったのは高校生になってからなので、同窓会といってもそこまで懐かしい顔ぶれというわけではなかったらしい。

「それでも中学で全員と親しかったわけじゃないし、学校で顔は見かけるな~くらいの子ばっかりだったから、私は少し緊張してたんだ。多分、他にもそういう子が結構いたんじゃないかな」

地元の飲食店の個室に集まった時は、みんなどこか様子をうかがうようにソワソワしていた。山本さんも、誰にどう話しかけたらいいのか迷っていたらしい。でもそんな空気が、吉川が来たことで一変したのだと言う。

「家の事情で花は少し遅れて来たんだけど、開口一番に『遅れちゃってごめんね。呼んでくれてありがとう。同窓会なんて初めてだから、ワクワクして昨日の夜あんまり眠れなかったよ』って、すごく嬉しそうな笑顔で言ったの」

その場にいなくても、山本さんの話を聞いているだけで、当時の吉川の姿が鮮明に浮かぶ。真剣な眼差しで話を聞いている咲も、きっと同じだろう。

「その瞬間にね、空気が変わったの。うまく言えないけど、なんていうか、急にパッと花が咲いたみたいに思えて。ごめんね、伝えるの下手で」

「ううん、すごくよく分かるよ」

咲の言う通りだ。『花が咲いたみたい』という言葉の中に、吉川花のすべてが詰まっている。

同級生に囲まれ、楽しそうに笑う吉川。飲みものがなくなった子がいたら、いち早くそれに気づいて注文してくれたり、気遣いもかかさない。そしてきっと、みんなの話に耳を傾けてあげて、終始笑顔で穏やかに過ごしていたはず。

そう思ったのだが……。

「それでね、花ちゃんと会うのは中学卒業して以来だったんだけど、すっごく(じょう)(ぜつ) で愚痴もいっぱい言っててさ、みんなに『ジュースで酔っぱらってんのか』って突っ込まれたりして」

…… え?

「酔っぱらってないって言いながら花ちゃんが立ち上がった時に、そのジュースがこぼれちゃってさ、もう大騒ぎだったよ。だけど、楽しそうにしてる花ちゃん見て、変わってないなって安心したんだ。中学卒業して一年ちょっとしか経ってないんだから、あたり前なんだけどね」

山本さんは、思い出すように視線を上に向けながら微笑んだ。

だけど俺は、山本さんが何を言っているのかよく分からなかった。

吉川が来た瞬間に場が明るくなるというところまでは分かる。だけど、その後の話のすべてに、俺は頷くことができなかった。

チラリと隣を見ると、咲は山本さんを凝視していた。無表情なので何を思っているのか分からないが、少なくとも共感している様子はない。どちらかというと、わずかに揺れる瞳から動揺が感じられた。

「ちょ、ちょっと待って……」

何も話さない、もしくは何を言えばいいのか分からないのか、黙っている咲の代わりに俺が口を開いた。

「すみません。あの、今の話って、吉川花のこと……なんだよね?」

「え? はい。そうですけど」

尋ねると、山本さんは少しだけ眉をひそめて答えた。吉川の話を聞きたいと言って呼び出したのに、何を言っているんだこいつは……と、思われたかもしれない。

だけど、そう聞かざるをえないほど、俺には山本さんの話が不思議でしかたがなかった。

「花が愚痴を言ったの?」

俺も感じた疑問を、今度は咲が口にする。

「うん」

「どんな? 花は何を言ってたの?」

吉川の話を聞いて笑うでも寂しげな顔をするでもなく、真剣な顔で詰め寄る咲に、山本さんもさすがにおかしいと思ったのかもしれない。表情が少し強張った。

「えっと、確か……通ってる高校がそれぞれ違うから、テストとか部活とか行事とかのことをみんなで話したんだ。それで……」