待ち合わせ場所は、この前行ったショッピングセンターがある駅前。十六時になってもまだ空は明るく、気温も下がる気配はない。
ただ立っているだけでも汗が滲み出てくる中、約束の時間を少し過ぎたところで咲が来た。またもや遅刻だが、数分なので指摘するほどでもない。
「待たせてごめん」
それに、ちゃんと謝ってくれるので目を瞑ろう。
「いや、大丈夫。えっと、君は場所分かるんだよね?」
「花に教えてもらったからね。行くのは初めてだけど」
そう言って歩き出した咲の案内のもと、俺たちは無言で目的地を目指した。
パンケーキを食べた日から五日間、特に連絡を取り合うこともなくこの日を迎えた。
咲とは友だちだったわけでもなく、俺たちがこうして会っているのは吉川の存在があるからだ。
同じ日に墓参りをして必然的に出会い、一冊の日記が俺たちを繋いでいる。ただそれだけの関係だからこそ余計な会話はないし、無言が続いたとしても気まずいと感じることはない。
咲はどうだか分からないが、すぐに誰かと比べてしまう自分にとっては、必要以上にかかわらなくていいぶん、一緒にいて楽な相手だと言える。
「この道のどっかにあると思うんだけど」
地図アプリを見ながら咲がそう呟き、狭い裏路地に入った。
「この前もそうだったけど、どう見ても住宅街だよな」
本当にこんな場所にあるのかと半信半疑な俺の視線の先に、でかいクマのぬいぐるみが見えた。
「あ、ほら、あったじゃん」
目的の喫茶店は、その奥にあった。
喫茶FLOWERというだけあって、店の前には色とりどりの花が植えられている。
ふたりで会うことに最初は戸惑いもあったけど、ひとりでは絶対に入りにくいので、前回のカフェに引き続き、咲がいてくれてよかったと心底思う。
「いらっしゃいませ」
出迎えてくれた店員を見て、この人が吉川の日記にある〝すごく綺麗なお姉さん〟だとすぐに分かった。確かに綺麗だ。そしてカウンターの中でコーヒーを淹れている人が、吉川の言う〝ダンディーなおじさん〟だということも。
窓際のふたりがけの席につき、俺は吉川と同じハーブティーを頼んだけど、咲はアイスカフェオレを注文した。
「ハーブティーじゃなくていいの?」
「私、そういうよく分からない飲みもの苦手だし、こんなに暑いのにホットは無理。それに普通にカフェオレが好きだからさ」
咲が俺についてくるのは、日記の存在を知らなかったことが悔しいからだと言った。吉川を知りたいという俺の目的とは少し違うので、同じものを頼む必要はないのかもしれない。
それでも俺なら同じものを飲みたくなるけど、咲はなんというかよく言えばクールで、悪く言えば結構冷めている。そこにも また、双子にしか分からない何かがあるのだろうか。
窓の外に視線を向けている咲のことを時折チラ見しながら考えていると、温かいハーブティーと冷たいカフェオレが運ばれてきた。
「ごゆっくりどうぞ」
店員さんがカップとグラスを俺たちの前に置いた。
よく分からないと言われたら確かにそうで、俺もハーブティーなんてお洒落な飲みものを口にするのは初めてだ。普通の紅茶とどう違うのだろう。
などと思いながらフーっと息を吹きかけてからひと口飲んでみると、すぐに口の中が独特な香りと独特な味でいっぱいになった。
「どう?」
咲に聞かれ、俺は一度カップを置く。
「えっと……お、お洒落な味がする」
ちょっとの酸味とフルーツっぽい味がほのかにしたけど、それをうまく表現するのは難しい。正直言って、よく分からない。
「今、よく分かんないって思ったでしょ。渉にハーブティーの味が理解できるとは思えないもんね」
失礼な。だけど間違っていないので、俺は黙ってもうひと口飲 んだ。そして無言で砂糖を一杯入れる。
少し甘くしたら、途端に飲みやすくなった。ペットボトルで売っている紅茶に近づいた。なんて言ったら、吉川に怒られるだろうか。
「このカフェオレめっちゃ美味しい」
ストローでアイスカフェオレを飲んでいる咲が、顔に喜色を浮かべた。咲はあまり表情の変化がないぶん、こうやって目を大きくしているだけで本当に美味しいのだと伝わる。
それからは、時々窓の外に目をやりながら無言で飲みものを飲んだ。会話がないぶん時間の経過がやたらと長く感じるけど、俺は吉川のことを考えていた。多分、咲も。
日記には〝色んなことを考えていたけど、おかげで心が落ち着いた〟と書かれていた。何か悩んでいたのだろうか。学校にいる時の吉川からは、そんな素振りは見られなかった。病気についてもまだ分からなかった頃だろうし、何を悩んでいたのだろう。
考えながら、残っているハーブティーを飲み干した。
だけど、吉川と同じように喫茶店に入ってハーブティーを飲んでも、吉川の気持ちは分からない。
吉川を知りたいと思ってはじめたことだけど、 本当に意味なんてあるのだろうか……。
「飲み終わったんだけど」
ハッと顔を上げると、咲が空になったグラスを持って軽く振った。
「じゃあ出ようか」
会計をして店を出た俺たちは、駅に向かった。その途中、大通りの手前の赤信号で止まった時、咲が俺に聞いてきた。
「ねぇ、これって意味あるの?」
それは、確かに俺の感じていた不安だ。これを続けることに何か意味はあるのか。知りたいと思っていた吉川のことを、日記を俺に託した意味も含めて本当に知ることができるのか。
分からないけど、どれだけ考えても俺にはこう することしかできない。
「あるよ。きっと」
だから、自分に言い聞かせるしかなかった。
ただ立っているだけでも汗が滲み出てくる中、約束の時間を少し過ぎたところで咲が来た。またもや遅刻だが、数分なので指摘するほどでもない。
「待たせてごめん」
それに、ちゃんと謝ってくれるので目を瞑ろう。
「いや、大丈夫。えっと、君は場所分かるんだよね?」
「花に教えてもらったからね。行くのは初めてだけど」
そう言って歩き出した咲の案内のもと、俺たちは無言で目的地を目指した。
パンケーキを食べた日から五日間、特に連絡を取り合うこともなくこの日を迎えた。
咲とは友だちだったわけでもなく、俺たちがこうして会っているのは吉川の存在があるからだ。
同じ日に墓参りをして必然的に出会い、一冊の日記が俺たちを繋いでいる。ただそれだけの関係だからこそ余計な会話はないし、無言が続いたとしても気まずいと感じることはない。
咲はどうだか分からないが、すぐに誰かと比べてしまう自分にとっては、必要以上にかかわらなくていいぶん、一緒にいて楽な相手だと言える。
「この道のどっかにあると思うんだけど」
地図アプリを見ながら咲がそう呟き、狭い裏路地に入った。
「この前もそうだったけど、どう見ても住宅街だよな」
本当にこんな場所にあるのかと半信半疑な俺の視線の先に、でかいクマのぬいぐるみが見えた。
「あ、ほら、あったじゃん」
目的の喫茶店は、その奥にあった。
喫茶FLOWERというだけあって、店の前には色とりどりの花が植えられている。
ふたりで会うことに最初は戸惑いもあったけど、ひとりでは絶対に入りにくいので、前回のカフェに引き続き、咲がいてくれてよかったと心底思う。
「いらっしゃいませ」
出迎えてくれた店員を見て、この人が吉川の日記にある〝すごく綺麗なお姉さん〟だとすぐに分かった。確かに綺麗だ。そしてカウンターの中でコーヒーを淹れている人が、吉川の言う〝ダンディーなおじさん〟だということも。
窓際のふたりがけの席につき、俺は吉川と同じハーブティーを頼んだけど、咲はアイスカフェオレを注文した。
「ハーブティーじゃなくていいの?」
「私、そういうよく分からない飲みもの苦手だし、こんなに暑いのにホットは無理。それに普通にカフェオレが好きだからさ」
咲が俺についてくるのは、日記の存在を知らなかったことが悔しいからだと言った。吉川を知りたいという俺の目的とは少し違うので、同じものを頼む必要はないのかもしれない。
それでも俺なら同じものを飲みたくなるけど、咲はなんというかよく言えばクールで、悪く言えば結構冷めている。そこにも また、双子にしか分からない何かがあるのだろうか。
窓の外に視線を向けている咲のことを時折チラ見しながら考えていると、温かいハーブティーと冷たいカフェオレが運ばれてきた。
「ごゆっくりどうぞ」
店員さんがカップとグラスを俺たちの前に置いた。
よく分からないと言われたら確かにそうで、俺もハーブティーなんてお洒落な飲みものを口にするのは初めてだ。普通の紅茶とどう違うのだろう。
などと思いながらフーっと息を吹きかけてからひと口飲んでみると、すぐに口の中が独特な香りと独特な味でいっぱいになった。
「どう?」
咲に聞かれ、俺は一度カップを置く。
「えっと……お、お洒落な味がする」
ちょっとの酸味とフルーツっぽい味がほのかにしたけど、それをうまく表現するのは難しい。正直言って、よく分からない。
「今、よく分かんないって思ったでしょ。渉にハーブティーの味が理解できるとは思えないもんね」
失礼な。だけど間違っていないので、俺は黙ってもうひと口飲 んだ。そして無言で砂糖を一杯入れる。
少し甘くしたら、途端に飲みやすくなった。ペットボトルで売っている紅茶に近づいた。なんて言ったら、吉川に怒られるだろうか。
「このカフェオレめっちゃ美味しい」
ストローでアイスカフェオレを飲んでいる咲が、顔に喜色を浮かべた。咲はあまり表情の変化がないぶん、こうやって目を大きくしているだけで本当に美味しいのだと伝わる。
それからは、時々窓の外に目をやりながら無言で飲みものを飲んだ。会話がないぶん時間の経過がやたらと長く感じるけど、俺は吉川のことを考えていた。多分、咲も。
日記には〝色んなことを考えていたけど、おかげで心が落ち着いた〟と書かれていた。何か悩んでいたのだろうか。学校にいる時の吉川からは、そんな素振りは見られなかった。病気についてもまだ分からなかった頃だろうし、何を悩んでいたのだろう。
考えながら、残っているハーブティーを飲み干した。
だけど、吉川と同じように喫茶店に入ってハーブティーを飲んでも、吉川の気持ちは分からない。
吉川を知りたいと思ってはじめたことだけど、 本当に意味なんてあるのだろうか……。
「飲み終わったんだけど」
ハッと顔を上げると、咲が空になったグラスを持って軽く振った。
「じゃあ出ようか」
会計をして店を出た俺たちは、駅に向かった。その途中、大通りの手前の赤信号で止まった時、咲が俺に聞いてきた。
「ねぇ、これって意味あるの?」
それは、確かに俺の感じていた不安だ。これを続けることに何か意味はあるのか。知りたいと思っていた吉川のことを、日記を俺に託した意味も含めて本当に知ることができるのか。
分からないけど、どれだけ考えても俺にはこう することしかできない。
「あるよ。きっと」
だから、自分に言い聞かせるしかなかった。



