雨粒がビニール傘に弾かれ、ポツポツと音を立てる。

空の上で泣いているのかもしれない。

なんてバカげたことを考えてしまうのは、指定されたこの日が、たまたま悪天候だったからだ。晴れていれば、そんなふうには思わなかっただろう。

それとも俺はまだ、現実を受け止められていないのだろうか。

小さくため息をつき、視線を下げた。だけど、何を言えばいいのか分からない。

君にかける言葉が、何ひとつ浮かばない。

だから俺は、立ったまま【(よし)(かわ)家】と刻まれている灰色の墓石をじっと見つめ続けた。

雨音が響く中、必死に言葉を探したけれど、口から漏れるのはため息だけ。

言いたいことはたくさんあったはずなのに、何も思い出せない。

あの日から、ずっと。

だから俺は、泣くことさえできずにいる。

ふーっと息を吐き、墓石に花を手向けた。名前はなんだったか忘れてしまったが、君のように明るい黄色の花だ。

無言で立ち尽くしていると、雨音が消えていることに気づいた。ようやくやんでくれたようだが、空はどんよりと雲っている。

「帰るか……」

墓参りに来たものの、結局〝あれ〟はなんだったのだろう。てっきり何かあるのかと思ったのだが。

傘を下げ、小さくお辞儀をしてから墓石に背を向けた、次の瞬間――。

「おわっ!」

真うしろに、いつの間にか人が立っていた。

驚いた俺はビクッと肩を震わせ、変な声を出してしまった。

いつからいたのか分からないが、気配が感じられなかったのは雨のせいかもしれない。

「す、すみませ――」

若干の恥ずかしさを感じながら視線を上げた俺の思考は、そこで完全に止まった。

――えっ……。
 
手の力が抜け、持っていた傘が音を立てて地面に倒れる。

放心状態になった俺の横を、長い髪の彼女は何も言わずに通りすぎた。

なんだ、これはいったいなんなんだ。俺は夢を見ているのか。

だけど、肌に貼りつくような湿った風も雨の匂いも、激しい心臓の鼓動も確かに感じられる。

夢なんかじゃない。だけど、だったら……。

ゆっくりと墓石のほうを振り返ると、彼女は花を手向けるでも手を合わせるでもなく、墓石の前にしゃがんでいた。

俺は、そんな彼女の背中を、ただじっと見つめることしかできない。

しばらくして立ち上がった彼女の視線が俺を捉え、治まりかけた鼓動が再び大きく波を打った。

なぜ、どうしてと考えても、答えなんて見つかるはずがない。

だけど、目の前にいる彼女は紛れもなく……。



死んだはずの、吉川花(はな)だった――。