頂点の上を見つめて



 私はお母さんと二人で暮らしている。いわゆる母子家庭。お父さんとの記憶はない。気になって聴いてみたことがあるけれど、すぐに話を逸らされたきり深入りするのはやめた。


 今日までずっとお母さんと一緒に暮らしてきた。生活は甘くなくて、日々極度な節約を強いられている。母子家庭の貧困化が深刻だと、どこかのテレビ局のアナウンサーが言っていた気がする。


 我が家の食卓に並べられた料理がそれを物語っている。
 お茶碗には半分しか盛られていないお米。おかずは野菜炒めのみ。しかもキャベツが高かったから、代わりに安いレタスを炒めている始末。味噌汁に具はない。


 だけど私にとっては何よりのご馳走で。


 「いただきます」


 二人できちんと手を合わせて、正しい持ち方で箸を握る。
 最初に味噌汁を口に含み、それからレタス多めの一口分を舌で転がすお母さんは、頬を紅潮させて「美味しい!」と言った。


 「秋乃は日々、料理の腕を上げてるね。今からお嫁に行っても問題ないね」


 「結婚なんて、まだ早いよ」


 結婚なんて今まで考えたこともなかった。でも確かに、もし裕福な男性とお付き合いしたら今より余裕のある暮らしが待っているかもしれない。


 「まぁ、結婚は流石に早すぎると思うけどさ、せめて好きな人とかいないの? ほら高校って出会い多そうじゃない。秋乃の場合、アルバイトもしてることだしさ」


 「え~、いないよ」


 今日初めて会った上館さんのことを思い出したけれど、すぐにバツ印がついた。陽気でクラスの人気者って感じで、多分私が苦手なタイプだと思うから。


 「ふ~ん」


 つまんなそうな顔。そのままお母さんはテーブルの脇にあったリモコンを手にし、リビングの中心に立つ画面を光らせた。


 「あぁ、また火事だって。怖いね」


 画面の向こうには鉄筋が丸見えの黒い建物。三階にあった本屋から出火して、そのまま建物全体が炎に呑まれてしまったらしい。けが人が出ているという情報もある。


 「しかも放火だって。こわっ」


 お母さんはころころとチャンネルを変えて、だけどどれも面白くなかったのか、結局消してしまう。テレビの代わりにまた二人の間で会話が始まる。お堅い勉強の話。
 良くも悪くもない成績だから話しても特に怒られることはない。


 「まぁ、頑張ってよ。まぁ、アルバイトはほどほどにね。学生の本業は勉強なんだから」


 「わかってるよ」


 出た、いつもの決まり文句。まぁ、確かにお母さんの言う通り勉強は大事だと思う。大学への進学を希望している私にとって、それはなおさらのこと。


 大学に行って少しでもお給料のいい職場に就職できるように。今まで一生懸命に私を育ててくれたお母さんを、今度は私が支えるために。


 だけど、大学進学には多額の費用が必要だという。受験とか、授業料とか、本当にたくさん。
 だから今の間にアルバイトでお金を貯めようと思った。


 自分で稼いだ賃金の入った封筒を受け取った時、自分のものだろうかと疑ってしまうほどに現実感がなかったのを今でも覚えている。


 そのお金は進学のための貯金が主だけど、家計の足しにもしている。それでも不安は拭えない。あんなに疲弊したお母さんを見ていたらとても。


 本当はもっとゆっくりしてほしいのに。ソファに全体重を預けて、ポテトチップス片手にテレビを見ながら大笑いするくらいに。


 だけどそれができるのもまだまだ先のことだと思う。少なくとも私が学生の身分を終えるまでは。永遠にじゃない。私がそうさせない。


 私は考えた。哲学者が絶対に出ない問いの答えについて、ずっと考えるように。学生という身分でもお金を稼ぐ方法について。それが……。


 「秋乃ったら、何ボーっとしてるの。早く食べないと。ただでさえ遅い時間なんだから」


 「あっ。ごめん」


 気づけばお母さんに並べられた食器の中は空っぽだった。お茶碗を斜めに傾けて、勢いよくお米を口の中に入れる。


 味をまともに感じられないほど早く。