記憶すらも、わからなくなっていく。文字で何度も表現してきたけど、そのどれとも違う気がした。命の終わりって。
当たり前にやってくる朝日で目覚めて、星の見えない真っ暗な夜の中眠る毎日。
だけどそんな日常こそが他愛ないものだった。もう僕はそこに戻れない。もう二度と。
もっと物語を描きたかった。書きたいことがまだまだたくさんあったのに。
僕はお医者さんのように病気の身体を治してあげることも、看護師さんのように身の回りのお世話をすることもできない。
偉い人じゃないからお金で困っている大切な人を救うこともできない。
物語しか描けない僕は、そんな無力な人間。妹に言われたこと、初めて好きになった人に告げられたことを思い出すたびにそう思う。
だけど、僕は知っている。そんな自分にでも物語なら、誰かを喜ばせることができるって。
病室で原稿用紙をパラパラとめくる妹の横顔。書店で書籍化された僕の物語を読んで、泣いてくれた秋乃ちゃんの横顔。それが何よりの証拠で。
物語の世界は綺麗事ばかりかもしれない。だけど、その綺麗事に影響されて前を向く人だっている。実際に妹がそうだったから。
だから、それを彼女にも伝えたかった。辛い毎日を彼女が送っていたとしても。
前を向いて笑ってほしかった。
次のコンテストは、秋乃ちゃんが受賞するのかな。大金をもらって喜ぶのかな。僕がいなくなって喜ぶ……。
薄れる意識の中でも、悲しみは止まらなくて。だけど。
大好きな彼女がそれでも、笑ってくれるなら。そう思いたい自分が確かにいる。
綺麗事かもしれない。
それでも最後だからいいよね。



