『大空くんさえいなければ……』
そう言われて、五日ほど経った休日。泣きそうな彼女の表情がまだ目に浮かぶ。
確かにいた。いつも僕が受賞するたびに最終選考まで残っている作者さん。まさかその人が秋乃ちゃんだったなんて。
「どうしよう……。これじゃ、本が買いに行けない」
とぼとぼ書店へ向かう途中、まだ小学校低学年くらいの小さな女の子が道端で顔を下に向けている。しかも松葉杖をつきながら。
「どうしたの?」
そんなに急いでもいないから、聞いてみようと思った。それに、小さな女の子を見ていると昔の妹を思い出してどうしてもほっとけなくなってしまう。
「あのね、ここの穴にお金落としちゃって……」
女の子の人差し指の先を見ると、排水溝が見えた。どこの道にもあるもの。
「買いたい本があってね、ずっと貯めてたんだけど……」
徐々に弱々しくなっていった声はやがて涙声に変わる。
助けたい思った。そこまで頑張って貯めてきて、買えないなんてあまりにも悲しすぎる。
とはいっても、僕も確か今お金を持っていなかったような……。
この間の文化祭でかなり散財してしまった気がする。新刊が買えるぎりぎりの所持金で、なおかつその作家のサイン会だったからここまでやって来たんだ。
この女の子をどう助けようかと、迷っていると、ズボンのポケットに違和感を感じた。そこだけ重さが伝わるようで。
ポケットに手を突っ込むと、指先に固いものが触れる。取り出して手のひらに広げると、いくらかの小銭が現れた。
見覚えのある金額。すると、反射的に記憶が蘇った。彼女との甘い記憶。あの日食べたクレープのように。
この金額は彼女のクレープ代。結局返してくれたんだ。
目の前の小さな女の子を遮って、目という大きなスクリーンが彼女を大きく映す。それを一旦中断して、再び僕は目の前の女の子をまっすぐに見た。
「これで足りるかな?」
僕はその手の平を彼女に近づける。
「いいの?」
申し訳なさそうに彼女は僕を見上げる。
「うん。一生懸命貯めてきたんでしょ? 頑張ってきた人の努力は報われなきゃだめだよ」
努力してきた人が馬鹿を見るなんて、そんなのおかしい。絶対に。
病室で本が嫌いだと嘆いていた妹を見て。図書室で苦い言葉たちを吐き出す彼女を見て。
「手広げて?」
恐る恐るゆっくりと広げた彼女の手のひらに、小銭を乗せる。彼女が、秋乃ちゃんが繋げてくれたものを。
それを握らせると「じゃあね」と一声かけて、僕は歩き出した。



