頂点の上を見つめて



 なかなか図書室に入れない。扉の前を行ったり来たり。だけどこれ以上遅くなったら不審がられてしまうかもしれない。


 意を決して木製の扉を開けた瞬間、本独特の香りが鼻の奥を通りすぎていった。だけどなぜか、今日はとてつもなくそれが不愉快なものに感じる。


 ううん。なぜかなんてわかりきっている。


 数歩進めばカウンターが見えて、いつもの月曜日通りそこには大空くん、ううん。


 神楽真澄さんがいた。


 まだ確定したわけじゃない。だからこれから聞くんだ。ちゃんと大空くんの口から。


 「秋乃ちゃん」


 静かな図書室だからこそ、足音一つでカウンターにいる大空くんに気配を悟られた。


 私は大空くんと向き合うように足を止める。カウンター越しだから、まるで本を貸し出す人と返す人みたいな立ち位置。


 いつまでも立ち止まっているからか、「その本返す?」と私の持っているそれのほうに指をさす。


 「違う。これは」


 大空くんの書いてくれた小説。そう言って改めて抱えていたそれを真っ直ぐに大空くんに見せると、ふんわりと笑顔を咲かせた表情がそこにはあった。まるで上館さんにとって待ち望んでいた出来事が起きたかのように。

    
 「読んでくれたの?」


 表情だけでなく声にもその感情が映し出されていた。


 私はコクリと頷く。一度視線を逸らした後、再び大空くんの目を見つめる。確証を得るために。


 「大空くんって、ネットで自分の書いたお話投稿したりしてる?」


 その一瞬、見つめる瞳に驚きの色が波紋のように広がった気がした。


 だけどすぐに「してるけど、それがどうかしたの?」と返事をする。


 少しずつ私の憶測が真実に変わってきているのが怖い。だけどここでやめるわけにはいかなくて。


 「どこの賞に応募しているの? どんな作品?」


 問い詰めるように次から次へと質問を重ねる。


 「え~急に質問されると恥ずかしいなぁ」


 なんて呟きながらも、大空くんは話してくれた。


 そしてやっぱり神楽真澄だった。不自然だと思われないように、私も自分のことを話さなくちゃいけなくて。


 「そうなんだ。あの作品書いてたの、秋乃ちゃんだったんだ!」


 新しい発見をした大空くんはにこやかな表情を浮かべる。私が冷めた表情を浮かべる裏で。


 「ていうか、やっぱり文芸部に入ってよ。お願い!」


 「そうやって部活でもお気楽に物語書いてるから、受賞もできるんだろうね」


 最低すぎる言葉が濁流のように吐き出される。一度壊れたダムは、次々に自由な空間へと大量の水を流していく。


 「お母さんの収入だけじゃ生活が厳しくて、ほとんど毎日放課後にアルバイトしてる私が部活? そんなのできるわけないよ」


 怒り、憎しみ、嫉妬、汚い感情の集まりは、真っ直ぐに大空くんを襲う。


 「大空くんは才能があっていいよね。大空くんさえいなければ、私が受賞できたかもしれないのに」


 一度出た負の言葉は止められなかった。ここで休み時間の終わりを告げるチャイムが鳴り響く。やっぱりタイミングは私に味方をしてくれて。


 気まずいまま、私は図書室を出た。