甘い、甘すぎる空気の教室に、私はただお店へと足を運んでくれた人たちにクレープを手渡していた。
手が空いて教室の端に目を向けると、二本の時計針がもう少しで頂点を指すところ。もうすぐ仕事が終わる。まだ何分か残っているのにもう気が抜けてしまっていたとき。
「これください!」
振り向くもそこに顔が映らない。一瞬幽霊の声と間違えそうになって、でも下を見て私はふぅ、と安心した。
「どのメニューにしますか?」
しゃがんでメニュー表を広げてみせる。表というほどメニューが充実しているわけではないけれど。でも目の前にいる小さな女の子は目をきらきらとさせて。
「じゃあ、このメープルクレープにします!」
指さしたメニューは偶然に私も気になっていたクレープ。
クレープを作る生徒に注文を伝え、また客対応をしようとするけれど、もうお客さんは並んでいなくて、代わりにさっきの女の子を眺めていた。
松葉杖をついて、片足にギプスをつけている女の子。当然その理由を聞けるはずもなくだだじっと見ていたら。
「お姉さん?」
目がぱちっと合う。バレてしまった。トントンと松葉杖で女の子は近づいてくる。そんな無理してくることないのって思っていると。
「わたし、なにか変だったかな?」
「え、ううん。なにも」
と言いつつ、視線は白く巻かれたギプスにいってしまう。痛ましさが直に伝わってきた。そしてその子の勘は鋭くて。
「あぁ、これね。飛び降りたときにできたもので」
「飛び降りた?」
「うん。ほら、ニュースでやってたでしょ? 連続放火の。四階まである建物で、本屋が三階にあったんだけど、火事で逃げ遅れちゃって。窓から飛び降りたんだ」
「え、あの?」
もう一度確かめたくて聴き返すと、女の子は大きく頷いた。曖昧さのない小学生らしい肯定。
この頃放火事件が絶えない。女の子もきっとそれらの被害者たちのうちの一人。
「はい、できました!」とクラスメイトがいかにも甘そうなクレープを女の子に差し出してきた。
差し出すの、私の仕事なのにと思っていると「ほら、見て」とクレープを差し出したクラスメイトが私の頭上を指さした。
つられて私も指のほうに身体を動かすと、二本の針が頂点を向いていて。そっか。私、もう仕事終わりなんだ。
ありがとう、と感謝を伝えてから女の子が立ち去る。甘い甘いクレープを持ちながら。
もうこれ以上不幸が襲いませんように。
女の子の背中に、綺麗じゃない私は綺麗な祈りごとをした。



