すっと、気持ちが凪いでいく様な気がする。

「落ち着くわよね。おかわりもあるから、雨が止むまでゆっくりしていくといいわ」
「ありがとうございます。でも……」

 仕事の邪魔になるだろうからと誘いを丁重に断ろうとした私を、司書は笑顔のまま首を振って制した。

「あなたは、もう少し肩の力を抜いた方がいいわ」
「肩の力を抜く?」
「そう。力が入りすぎていて、表情まで硬くなってるのが丸わかりよ」

 司書の指摘に、私は思わず手を頬に当てる。
 
「さっき、葉山さんには聞きすぎだって言ったけど、あなたの顔や、そのずぶ濡れの姿は、誰が見たって、何かあったなと心配になるわよ」

 無言で俯いた私に、司書は優しく語りかける。

「話せないことなら無理に全てを話す必要はないけど、ここには、あなたの話を聞いて、必要なら味方になってくれる友達がいるんだから、もう少し肩の力を抜いてもいいのよ。ね、葉山さん」

 そう言って司書は、遠慮がちにこちらへ視線を送っていた緑の肩をポンと叩く。その力に促されたかのように、緑が大きく頷いた。

「うん。私、どんなことでも、つばさちゃんの話聞くから」

 緑は真剣な眼差しを少しも逸らさずに、真っ直ぐに私を見ている。その瞳を見つめ返しながら、私の凪いだ心にまた少し波紋が出来る。

 本当は、自身の心の中を黒く染めたものの事など、口にしたくはない。無かったことにしたい。

 特に、いつも明るく周囲の人を照らしているこの友人には、私が黒い感情を持ったことを知られたくはなかった。

 でも、真っ直ぐに私を見つめ、私からの言葉を待っている彼女を見つめていたら、話を聞いてもらいたいという気持ちも生まれた。

 私の心に生まれた黒いモヤを、彼女の明るさで弾き返して欲しい。

 そんな思いのままに、私はポツリと言葉を溢した。

「私の話を聞いても、嫌いにならないでね」
「もちろん、ならない」

 力強く頷いてくれた緑の瞳に促される様にして、私は、これまでの出来事をポツリポツリと話し始めた。

「何それっ! 完全に嫌がらせじゃん!」

 私の話を聞いていた緑は、眉を吊り上げて声を荒げた。

「誰がやったか、わかってるの?」

 一緒に話を聞いていた司書も心配そうに顔を曇らせている。

 私は、ドライヤーの熱ですっかり乾いた服の裾をキュッと握り、コクリと頷いた。

「青島くんは、その人のこと木本って呼んでた」
「木本? 木本って、木本(きもと)徳香(のりか)?」
「名前は分からないけど、青島くんのことを大海(ひろうみ)って名前で呼んでる子」