司祭様はそんなフリューゲルにそっと微笑むと、まだ呆然としている私に向き直り、そっと声をかけてくださる。

「アーラ、下界へ行ってみませんか?」

 私が、下界へ行くっ?

 司祭様のお言葉に私は目を見開き、思わず上擦った声を出してしまった。

「で、ですが司祭様。私は、下界へ行き何をすればよいのですか?」

 慌てる私の目を見つめ返し、司祭様は冷静に答えてくださる。

「学ぶのです」
「学ぶ? 何を?」
「それは、(わたくし)にも分かりません」

 そんな冷静に分からないと言われても……一体、私はどうすれば……?

 現状が理解できなさすぎて、思わず顔が引き攣る。

 すると、それまで考え込んでいたフリューゲルが、また司祭様へ質問した。

「あの、司祭様。質問をよろしいでしょうか?」
「はい。何でしょうか。フリューゲル」
大樹様(リン・カ・ネーション)のお言葉には、『片翼を羽ばたかせよ』とありました。しかし、アーラにはまだ羽はありません。これは一体……?」
「それも、(わたくし)には分かりません」

 司祭様の答えに、フリューゲルの顔も心なしか強張って見える。他人に干渉しないNoel(ノエル)でも、そこは双子の片割れ。私の思いと同調しているのかも知れない。

「とにかく、学ぶのです。アーラ。今、(わたくし)が貴方にお伝えできることは、それだけです」

 そう言って笑みを浮かべている司祭様のお顔も、心なしか無理をされているようで、いつもの優雅な雰囲気は鳴りを潜めてしまっている。

 私はフリューゲルに助けを求めた。

「フリューゲル、私、どうすればいいんだろう?」
「……僕たちNoelは、大樹様と司祭様のお心に従うしかないよ」

 双子Noelでいつも側にいたフリューゲルは、いつだって私を助けてくれた。しかし、そんな彼も今は為す術なく頭を振る。

 私たちの困惑をよそに、司祭様は少々雑に話を切り上げる。何か慌てているようなご様子。珍しいお姿だ。

「大丈夫ですよ。アーラ。(わたくし)とフリューゲルは、常に貴方を見守っていますからね」
「あの……、いえ……、そういう事ではなくてですね……」
「では、アーラ。しっかりと学ぶのですよ」
「えっ……。あ、ちょっと……。司祭様……」

 司祭様は、私の言葉も聞かず大樹に祈りを捧げ始める。すると突然、私の足元にあった白い地がぱっくりと割れた。

「ああ、忘れるところでした。貴方の下界でのお名前は、『つばさ』ですからね。お忘れなきように」

 薄れていく意識の中で司祭様のそんなお言葉を聞きながら、私はみるみる下界へと落ちていった。