診察室に小学三年生の女の子が、一匹のダックスフンドを連れてやって来た。
「私のチョロ……治して下さい」
 彼女は小さい瞳に涙を溜めて、動物病院に勤務する僕を見つめた。

 稟告を聞いた。
 今朝、彼女がチョロに触れたら突然に「キャン!」と悲鳴を上げた。昨日まではそんなことはなかったが、チョロは後ろ足を引きずって歩いている……という症状だという。

 椎間板ヘルニア……真っ先にその病名が僕の頭に浮かんだ。レントゲンで撮影しての確認にはなるが、ダックスフンドのような胴長の犬種では何例も症例を見ている。

「なおちゃん。チョロは……すぐに手術が必要かも知れない」
「手術!?」
 彼女の顔が青ざめた。
「チョロは……チョロは、元通りに歩けるの?」
 その目からは、ポロポロと涙が溢れ落ちる。
「歩けるようになるように、手術をするんだよ。チョロも……僕も、頑張るから。なおちゃんは、泣かないで。チョロを応援してあげて」
 僕がそう言うと……彼女はグッと涙を堪えて頷いた。

 このような場面……獣医師として動物を手術しなければならない場面に出くわすと、僕はいつでも思い出す。
 サンタのこと……あの実習犬のサンタが教えてくれたこと。獣医師として、決して忘れてはいけないこと。

 僕がメスを握ると、いつでも天真爛漫に尻尾を振ってくれたサンタが頭の中に浮かんで。僕は、自分の手にかかる命の重みを実感するのだ。