彼の名前は、以前から知っていた。
名簿で見たことがあるし、担任の教師が授業中に何度か呼ぶのも聞いたことがある。
リオン=グレイ。
ごく平凡な家の出で、魔力量も学園内では並以下。
特筆すべきものはない。
ただの、どこにでもいる、平民の、生徒の一人——のはずだった。
けれど、その日の午前の魔術理論の授業中。
何気なく視線を流した先にいた彼の“眼差し”が、私の中に奇妙な違和感を残した。
彼は、いつも通り目立たない席に座っていた。
クラスの中でも窓際の、他の生徒がほとんど見向きもしない位置。
その場で静かにノートを取る彼の姿は、一見すればごくありふれている。
けれど、その眼。
その瞳の奥に宿っていたものは、平凡とはかけ離れていた。
真剣…、いや、そんなものでは無い。
授業を受けることが目的ではなく、文字通り“その先を見据えている”ような目だった。
その瞬間、私は思わず目を逸らした。
……なぜ?
私が彼を見つめてしまった理由も、自分でよく分からない。
ただ、胸の奥に残ったその感覚だけが妙に強くて、授業が終わったあともずっと心に引っかかっていた。
午後の実技訓練の時間。
偶然、彼と同じ班になった。
指導教官の采配だろう。よく知らない者同士を組ませ、連携を育てるための工夫。
私は何気ない顔を装いながら、隣に立つ彼を観察していた。
彼の魔術は粗削りだった。
力の質は悪くない。けれど、練度が追いついていない。
しかしその代わりに、魔力の“運び方”が異常に洗練されている。
まるで長年独学で鍛えてきたような、癖のある流れ方。
……やっぱり、ただの凡人じゃない。
私の中でまた、引っかかる感覚が強くなる。
けれど、その引っかかりは決して不快ではなかった。
彼が私に直接話しかけてくることはなかった。
礼儀はある。でも、媚びはしない。
距離は保たれているのに、どこかこちらの内面まで見透かされているような気がして、変に居心地が悪い。
それが不思議だった。
王族として育ち、多くの生徒が私の顔色をうかがいながら言葉を選ぶ日々の中で、
彼だけは違っていた。
——私を一人の人間として見ているような目。
私はその夜、部屋に戻ってからも彼のことを思い出していた。
机に座り、日誌を開いて、ふとペンが止まる。
リオン=グレイ。
名は知っていた。けれど、それは文字としての情報でしかなかった。
今日、初めて“彼という存在”に触れた気がする。
あれほど控えめで目立たない人間を、私はどうして何度も目で追っていたのか。
その理由が分からなくて、気づけば溜息が漏れた。
「……本当に、何者なのよ。あなたって」
呟いた自分の声が、思いのほか熱を帯びていたことに、自分自身が一番驚いていた。
名簿で見たことがあるし、担任の教師が授業中に何度か呼ぶのも聞いたことがある。
リオン=グレイ。
ごく平凡な家の出で、魔力量も学園内では並以下。
特筆すべきものはない。
ただの、どこにでもいる、平民の、生徒の一人——のはずだった。
けれど、その日の午前の魔術理論の授業中。
何気なく視線を流した先にいた彼の“眼差し”が、私の中に奇妙な違和感を残した。
彼は、いつも通り目立たない席に座っていた。
クラスの中でも窓際の、他の生徒がほとんど見向きもしない位置。
その場で静かにノートを取る彼の姿は、一見すればごくありふれている。
けれど、その眼。
その瞳の奥に宿っていたものは、平凡とはかけ離れていた。
真剣…、いや、そんなものでは無い。
授業を受けることが目的ではなく、文字通り“その先を見据えている”ような目だった。
その瞬間、私は思わず目を逸らした。
……なぜ?
私が彼を見つめてしまった理由も、自分でよく分からない。
ただ、胸の奥に残ったその感覚だけが妙に強くて、授業が終わったあともずっと心に引っかかっていた。
午後の実技訓練の時間。
偶然、彼と同じ班になった。
指導教官の采配だろう。よく知らない者同士を組ませ、連携を育てるための工夫。
私は何気ない顔を装いながら、隣に立つ彼を観察していた。
彼の魔術は粗削りだった。
力の質は悪くない。けれど、練度が追いついていない。
しかしその代わりに、魔力の“運び方”が異常に洗練されている。
まるで長年独学で鍛えてきたような、癖のある流れ方。
……やっぱり、ただの凡人じゃない。
私の中でまた、引っかかる感覚が強くなる。
けれど、その引っかかりは決して不快ではなかった。
彼が私に直接話しかけてくることはなかった。
礼儀はある。でも、媚びはしない。
距離は保たれているのに、どこかこちらの内面まで見透かされているような気がして、変に居心地が悪い。
それが不思議だった。
王族として育ち、多くの生徒が私の顔色をうかがいながら言葉を選ぶ日々の中で、
彼だけは違っていた。
——私を一人の人間として見ているような目。
私はその夜、部屋に戻ってからも彼のことを思い出していた。
机に座り、日誌を開いて、ふとペンが止まる。
リオン=グレイ。
名は知っていた。けれど、それは文字としての情報でしかなかった。
今日、初めて“彼という存在”に触れた気がする。
あれほど控えめで目立たない人間を、私はどうして何度も目で追っていたのか。
その理由が分からなくて、気づけば溜息が漏れた。
「……本当に、何者なのよ。あなたって」
呟いた自分の声が、思いのほか熱を帯びていたことに、自分自身が一番驚いていた。

