その後、わたしの家に泊まりに来た美織と、覚えている限りの燈月との記憶を互いに語り合って、一致させて纏めていった。一分一秒でも、忘れてしまう前に燈月という存在を強く留めておきたかった。
そして、膨大な記憶のかけらを寄せ集め、次の日記用にと購入した新しいノートの上に、パズルのように組み立てていく。
記憶の羅列、思い出の年表、会話の記録、出来事の感想。それは途方もない作業だったけれど、無我夢中でやり抜いた。何一つ、取り零したくは無かったのだ。
そうして何日も何週間もかけ、思い出せる限りの過去の出来事を纏め切ると、次の段階だ。
『過去』から断絶され途切れてしまった『今』を、空を自在に飛翔する龍のように飛び越えて、わたし達は想像の『未来』へと、新たな物語を紡ぎ始める。
そう、燈月との思い出は、これからもわたし達で作っていけばいいのだ。
交換日記でも度々イラストを描いていた、クラスでも一番絵の上手い美織。
美術の得意な彼女の描く挿し絵は繊細で、贔屓目なしに素晴らしかった。
彼女は燈月と三人で居られたはずの未来を、紙の上に美しく織り成す。
春の桜並木、夏の海辺、秋の夕暮れ、冬の雪原、そのどれもが紙の上で現実のように息づいて、わたし達が望んだ未来のかけらを鮮明に閉じ込めていく。
燈月の好きだった白いワンピースは、風に揺れてその裾を四季の色に染め上げた。
わたしが美織の絵に添えるために綴る文章は、今まで日記に書いて来たようなとりとめのない、ありふれた愛しい日々で。
けれどそこには、燈月を含めたわたし達三人を登場させた。
春には無事進級して、少しだけ大人になった燈月は、やっぱり遅刻癖が直らなくて。今日もそのふわふわとした髪に桜の花弁を絡めながら、わたし達を追い掛けて春風と共に駆けて来たこと。
弟の龍介くんも来年は同じ中学に来るのだと、お姉ちゃんぶって先輩面しては思春期の弟に煙たがれるのだと唇を尖らせる燈月は、相変わらず子供っぽかったこと。
二年生になって、わたし達にもそれぞれ部活の後輩が出来て、わたしは文芸部、燈月は家庭科部での時間を持った。
美織は特に面倒見の良さから美術部の後輩に慕われて、皆のお姉さんになっていく。
少し寂しかったけれど、それでも変わらずわたし達のことを優先させてくれるのが嬉しくて、燈月と二人、つい甘えてしまうのだ。
夏休みには三笠家と当麻家、音更家のみんなで海水浴に行ったこと。家族ぐるみのお出掛けなんて小学生ぶりだった。
お葬式なんて経験していないわたし達は、その時久しぶりに龍介くんとも会って、その成長に驚く。
男の子は背が伸びるのも早い、記憶の中の彼はまだわたし達より小さかったのに。
普段彼とはクラスメイトとしての距離感だった紡も「幼馴染みっぽいね」なんて、一緒の外出が嬉しそうだ。
わたし達はビーチバレーを楽しむけれど、特に運動の苦手な燈月はすぐに疲れて、一人砂の城を作って遊び始める。
最後にはわたし達三人共参加して、三人で住む為のお城を建てた。
けれど波打ち際に作られたそれは、波にさらわれて、呆気なく崩れてしまった。
秋には学園祭がある。
神社でやる本格的な夏祭りとは違う、学生主体のチープな出店や展示。
けれど各クラスの自慢の味を食べ歩きして、何だかんだ日が暮れるまで楽しんだら、みんなで余韻に浸りながらの後片付け。
「終わっちゃったね」と残念そうに呟く燈月に、わたし達は「また来年もあるよ」なんて宥めながら、たくさんの段ボールや装飾のゴミを抱えて、すっかり歩き慣れた廊下を進む。
もう外から吹き込む風は冷たくて、落ち葉の匂いが鼻孔を擽り、何だか少しだけ物悲しくなる。
廊下の窓から差し込む、紅葉に似た鮮やかな茜色。
歩く度揺れる燈月のその色素の薄い髪の毛は、夕暮れに透かすと特別綺麗なことを、わたし達は誰よりも知っていた。
冬には、紡お手製のクリスマスプレゼントである色違いのマフラーをして、寒空の下で雪だるまを作る。
燈月は淡いピンク、美織は薄い紫色、わたしはミントグリーン。それぞれの好きな色で、やっぱり好みは被らないけれど、最早それすら嬉しくなった。
お母さん達からは「風邪を引くよ」なんて注意されても、目の前の楽しさからは逃れられない。中学生は、まだまだ子供だ。
踏み締める度に音を立てる雪道を散策して、足跡一つない綺麗な場所を見付けたら、わたし達は躊躇なくそこに飛び込んで一斉に両手をばたつかせる。
「冷たい」「寒い」と笑いながら雪まみれになって起き上がれば、地面に残った跡が天使の羽根に見えた。
雪原に残る三人の天使を、美織は誕生日に買って貰ったばかりのスマホの待受にする。
わたし達がいつかスマホを手にしたら、その写真を送って貰うことにしよう。
消えてしまう雪も、忘れてしまう何気ない思い出も、何かしらの形で残して共有出来るなら、永遠だ。
わたしは日記を濡らしてしまわぬよう必死に涙を堪えながら、あったはずの三人の未来を綴る。
『燈月はもう居ない』なんて、痛いくらいわかっているのに。彼女が存在する有り得ないはずの未来の空想も、こんなにもありありと浮かんだ。
真新しかった日記は、数々の消えてしまった未来の思い出で埋め尽くされた。
それでもこの日記の中で、確かに三笠燈月は、わたし達と共に生きていた。
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