その日の放課後。わたしと美織は、燈月の机の側で改めて話しをした。飾られた花はたった二日なのに、少し萎れていた。
命の儚さを早送りして花瓶に差し込んだような花から、わたしは目を逸らす。
「それで、話って?」
「その、実は……」
わたしは、これ以上罪を重ねないために、美織に全て話すことにした。
罪が露見する恐怖よりも、全て余すことなく共有することで、燈月との思い出を補強しようとしたのだ。
後悔を、贖罪を、嘆きを、不安を。ただの自己満足だと分かってはいたけれど、一度口をついた言葉は熱を帯びて、止まらなかった。
美織は、ただ静かに聞いてくれる。涙で言葉が詰まると、美織は優しく、震える手を握ってくれた。
もう春も終わりかけだというのに、わたしの指先はすっかり氷のように冷たくなっていて、美織の温もりが伝い、じんわりとする。
「つづる、大丈夫?」
「うん……ごめんね、美織。聞いてくれて、ありがとう……」
「ううん、話してくれてありがとう……あのね、つづる。わたしも、同じなの」
「……?」
「わたしも、あの日、燈月を置いて帰ったの」
「……、え……?」
予想外の言葉に、思わず顔を上げる。見上げた美織の表情は、思い詰めたように影を落としていた。
「燈月にね、わたしも一緒に帰ろうって言われてたの。……でも、わたし、あの日は……放課後、呼び出されていて」
「……誰に?」
「シュウ先輩……ええと、三年の、美術部の先輩」
「部活の用事だったなら仕方ないよ……」
わたしの下らない理由とは違う。そう美織を肯定しようとするけれど、その顔にはどこか、罪悪感とは別の色を帯びていた。
「それが、その……シュウ先輩から、告白を、されて」
「え……?」
「答えはいつでも良いって言われたから、その日はそのまますぐに解散したの……でも、恥ずかしくて。まだ残って教室の掃除をしていた燈月のこと、気付いていたのに、わたし、置いて帰ったの……」
「そんな……」
わたし達は、二人とも燈月のことを置いて帰った。『一緒に帰りたかった』は、わたし達二人に向けられた言葉だったのだ。
その事実に安堵に似た感覚を得たと同時に、わたし達のことを置いて美織に恋人が出来そうな状況だったということに、戸惑った。
その恥じらいと後悔の入り交じった美織の様子に、わたしはショックを受け、呆然とする。
わざわざ言葉にして約束した訳じゃない。けれど、漠然と想像していた未来。『三人でずっと一緒』なんて、そんな幼稚な幻想は、例え燈月が居なくならなかったとしても、あの日全て壊れてしまっていたのだ。
その事実に、再び世界が歪むような錯覚を起こす。
「わたし、次の日記には、そのことを書いて相談しようと思っていたの……でも、こんなことになって……」
「……。うん、そうだね……」
もし燈月が生きていたなら、初めての告白に浮かれる美織を、一緒になって喜んだに違いない。
三人だけの特別が壊れて寂しいなんて、そんな悲しい感情を表に出さずに、月のように裏側に隠して、燈のような温かさで照らす。彼女はそんな子だった。
燈月と美織のことは、何だってわかっていたつもりだった。だって、誰より近くで、ずっと傍に居たのだから。
けれどわたしは、今の美織のことが、遠い存在のように思えてしまう。
わたしは燈月のことで頭が一杯だった。美織もそうだと思っていたのに、彼女の中には、燈月と、その見知らぬ美術部の先輩が恐らく今同じくらいの大きさで存在するのだ。
祝うべきことなのだろう。けれど、何故だか勝手に裏切られたような気持ちになった。
羨ましいとかではない。美織が大人っぽくて優しくて女の子らしいのは十分過ぎるくらい知っていた。その先輩はとても見る目があると言える。
いつか、もしも誰かが結婚する未来があるのなら、その時は三人の中で美織が一番乗りだとも思っていた。
けれど、それとこれとは話が別だった。
わたしよりも美織のことを知らない、ぽっと出の男に大切な親友が取られそうになるのが悔しいのか、美織に燈月のことがあっても尚、色恋の話題に照れる心の余裕があることに戸惑っているのか。
この複雑な心境の答えは、自分でもわからなかった。
ただ何と無く置いていかれたような寂しさと、何でも知っていたはずの親友の知らない一面を垣間見て、わたし達三人だけだったはずの小さな世界はとうに拓けていて、美織は美織の、恋をするだけの時間を持っていたという気付き。
やはり燈月が居なくなって、世界は歪んでしまったのだろう。
ひとりだけ、とうに失った場所に取り残されたままのわたしには、もう何も分からなくなってしまった。



