「いや〜実に楽しい体育祭だったなぁ」
「肩震わせて笑ってんじゃねーよ!」
悪夢の体育祭翌々日の昼休み。
あの日とは打って変わってよく晴れた空の下、屋上のベンチで涙まで浮かべて笑っている鳶田に俺は鋭いツッコミを入れた。
「だってよ、まさかの公開告白とか」
「公開処刑だあんなの! 公開処刑!」
「流石っつーかなんつーか、常にこちらの考えの上を行く男だよなぁ、あいつ」
「関心すんな!」
上というより斜め上。いや、完全に明後日の方向だ。
あんな皆のいる前で堂々と告白なんて、一体誰が予想出来ただろう。
涙を拭いながら鳶田が言う。
「で、こっぴどく振ったのか?」
「出来るわけねーだろ」
「だよなぁ。女子どもに殺されそ。でもよ、一部の女子にはウケてるみたいだぞ」
「全っ然嬉しくねーし!」
とにかくあの瞬間から周囲の視線が痛い。
振替休日を挟んで今日になれば少しはマシになるかと思ったが、どうやら噂は更に広まってしまったようで朝から敵意と好奇の視線で身体に穴が空きそうだ。
「でもよ、お前もあいつのこと『蓮』なんて呼ぶことあるんだな」
「え?」
なんのことだかわからずに聞き返すと鳶田は眉を寄せた。
「叫んでただろーが。『蓮、頑張れー』って」
「は? 言ってないだろそんなこと」
「ちと違うかもしんねーけど、でも『蓮』とは叫んでたぞ。間違いなく。全校生徒が証人だ」
「……ガチで?」
「ガチで」
……まずい。あのときはただ夢中で自分がなんて叫んだかなんてほとんど覚えていない。
ただ小学生のとき『蓮』と呼んでいた時期があったのは確かだ。ほんの一時期だが。
「それであいつもその気になったんじゃねーの?」
「……」
俺のことを急に『ちゅんの』と呼び始めたあいつのことだ。あり得る。
(え? ってことは、俺の自業自得ってことか?)
……いや、だとしてもだ。
何も皆の前で告ることはない。やっぱりあいつがおかしいのだ。
「で? その後あいつから何か言われたりは?」
「や、特に何も。今日は極力顔見ないようにしてたし……」
正直、向こうから何かアクションがあるんじゃないかと気が気でなかったのだが、今のところ何もない。
朝、教室に入ってきたあいつに女子たちが早速群がって「怪我は大丈夫?」などと訊いている声は耳に入ってきたが、あいつはいつもと変わらず「大丈夫だよ」と穏やかに答えていた。
ちなみにその間こちらはクラス中の視線をひしひしと感じていたわけだが。
「一度付き合ってみたらどうだ?」
「はぁ?」
「それから振った方がダメージでかくね?」
「…………いやいやいや、あいつと付き合うとかこっちのダメージのがデカいっつーの」
一瞬納得しそうになったが流石にあり得ない。
そこでまた鳶田の肩が小さく震えていることに気付いて俺は半眼になる。
「お前、さては面白がってるだろ」
「バレた?」
「バレバレだっつーの! 他人事だと思ってこのヤロ」
「雀野!」
――え?
鳶田の肩を掴んでガクガク揺さぶっているときだ。
いきなり別の声が飛び込んできて振り向くと三鷹が扉の前に立っていてギクリとする。
「こんなとこにいたんだ。探してたんだよ」
「な、何の用だよ」
鳶田から手を離し低い声で訊くと、三鷹が珍しく不機嫌そうにこちらに近寄ってくる。
……ひょっとして今の会話を聞かれていたのだろうか。
いや、しかし聞かれてマズイことはない。むしろ全部聞いていて欲しいくらいだ。
「屋上は立入禁止のはずだろう?」
「いいだろ別に、ベンチだってあるし、鍵も開いてるし」
「そういう問題じゃ」
「なんだよ、注意しに来たのか?」
「……いや、雀野に、話があって」
「あー、じゃあ俺先に教室戻ってるわ」
「えっ」
鳶田が居心地悪そうにベンチから立ち上がりそそくさと扉の方へと向かい俺は慌てる。
「おっ邪魔しました~」
「ちょ、鳶田!」
呼び止めるも友人はひらひらと手を振りさっさと校舎の中へと入っていってしまった。
(薄情者~)
「……」
「……」
沈黙が訪れ、めちゃくちゃ気まずい空気が流れる。
(どうすんだよこの空気)
顔が見れずに俯いていると、三鷹がぽつり呟くように言った。
「……仲良いよね」
「え?」
「羨ましいな」
何言ってんだと顔を上げると三鷹が少し寂し気に笑っていた。
「何がだよ」
「はぁ……もう言っちゃったし遠慮しなくていいよね」
そう溜息をひとつ吐いてから奴は続けた。
「僕は君のことが好きだから、いつも一緒にいる鳶田が羨ましいんだよ」
「っ、」
改めて「好き」と言われて、不覚にも胸がどきりと音を立てた。
あのときは皆のいる前でふざけんなと思ったけれど。
(ふたりきりって、なんかマズくないか?)
妙な緊張を覚えて、気付けば握り締めた手のひらにじっとりと汗をかいていた。
……しかし、このままでは負けたみたいで悔しい。
俺は動揺を悟られないようギっと強く三鷹を睨みつける。
「あのな、お前恥ずかしくないのかよ、皆の前であんなこと言いやがって。こっちの迷惑も考えずによ」
「うん、ごめん。でも、もう我慢できなくなっちゃったんだよね」
そんな簡単な謝罪の言葉に俺はいよいよカチンと来た。
……そうだ、元々こっぴどく振ってやるつもりだったのだ。
今はあのときと違って誰も聞いていない。敵意を向けてくる女子もいない。
まさに、積年の恨みを晴らす絶好のチャンスではないか。
「言っとくけどな、俺はお前のことなんか」
「わかってるよ。君に嫌われていることくらい」
渾身のセリフをお見舞いしようとして遮られ、俺は口を開けたまま後を続けられなくなってしまった。
そんな俺をまっすぐに見つめ、穏やかな表情で奴は言う。
「でも好きなんだ。雀野のことが、どうしようもなく。小学生のころからずっと」
「……っ!?」
そんな2度目のガチ告白に一気に顔に熱が集中していく。
何か言い返さなくてはと思うのに、魚のように口をパクパクとさせることしか出来ない。
三鷹の告白は更に続いた。
「付き合って欲しいとか、そういうことを望んでいるわけじゃないんだ。勿論、付き合えたら夢みたいだけど……。ただ、雀野に僕の気持ちを知っておいて欲しかったんだ」
「――な、んだよそれ、勝手すぎんだろ!」
そんなふうに言われたら、きっぱりと振ることも出来ないじゃないか。
意味がわからない。わけがわからない。
こいつは一体何がしたいんだ。俺を、どうしたいんだ。
「うん、わかってる。ごめんね」
2度目の謝罪の言葉にまた無性に腹が立って、俺は先ほど遮られ言えなかったセリフを返す。
「俺はお前なんか嫌いだ」
「うん。でも僕は雀野が好きだよ」
いつもと変わらない涼し気な笑顔で言ってのけた奴を強く睨みつける。
と、丁度そのとき昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴り響いた。
「じゃあ、僕先に行くね」
そう言って三鷹が背中を向ける。
さっさと行ってしまえとその背中を睨んでいると、思い出したように奴はこちらを振り返いた。
「そうだ。期末テストお互い頑張ろうね」
「あ?」
「次も負けないからね、ちゅんの」
「んな……っ」
思わず絶句していると奴はにっこりと笑って扉の中へと消えていった。
「あっんの野郎~~っ」
ひとり残された俺はわなわなと身体を震わせてから天に向かって叫んだ。
「次こそは、ぜってー負けねぇからなーー!」



