なんだよ。

 なんだよ、それ。

(留学って、どういうことだよ)

 走りながら、あいつの言葉が耳に蘇る。


『諦めるから、最後の我儘。……ダメかな?』


 最後って、そういう意味かよ……!



 全力で走って辿り着いたのは、あいつが住んでいるタワーマンションだ。
 小学生の頃、何度か入った覚えのある玄関ホールに久しぶりに入り、呼吸を整えてから記憶にある部屋番号を押し、呼び出しボタンを押す。

 少しして、「はい?」と怪訝そうな女性の声が聞こえてきた。おそらくはあいつのお母さん。
 制服を着ているとはいえ、いきなり知らない奴が訪ねてきて不審がるのは当然だ。
 俺はすぐにカメラに向かって口を開く。

「あの、俺、三鷹……蓮くんと同じクラスの雀野です。蓮くんは今」

 居ますか? と続けようとして。

『え!? 真央くん!? やだ〜久しぶりねー! 全然わからなかったわー!』

 そんなバカデカい声が玄関ホールに響き渡りびっくりする。

『ごめんなさいね~、蓮、今出かけちゃってていないのよ』

 それを聞いて少しホッとする。
 既に海外に行ってしまったわけではないらしい。
 それならまた来ますと答えようとして。

『もうすぐ帰ってくると思うから、上がって待ってて』
「えっ」

 言うなり横の自動ドアが開いて慌てる。
 瞬間迷ったが、ここまで来たのだと覚悟を決める。
 俺はカメラに向かって一礼し、少しの緊張を覚えながら数年ぶりにこのマンションに足を踏み入れた。

 エレベーターに乗りながら昔を思い出す。
 初めてここに来たのは確かあいつが転校してきたばかりの頃、友達数人でお邪魔したのだ。
 そのときも三鷹のお母さんは俺たちを歓迎してくれた。越してきてすぐに息子が友達を連れてきたことを喜んでいるように見えた。

「いらっしゃい。どうぞ」
「お邪魔します。突然すみません」

 そう言って部屋に上がらせてもらう。
 三鷹のお母さんはあいつによく似ていて綺麗で優しいお母さんという印象があったが、今もその印象は変わっていなかった。

「いいのよ。真央くんならいつでも大歓迎。でも本当に久しぶりね~。蓮の口から真央くんの話はよく出るんだけどね」

 そう言って三鷹の母親はふふと上品に笑った。
 どういう顔をしていいかわからず、とりあえず愛想笑いを浮かべる。

「この間も体育祭で大活躍だったんでしょ? 勉強も出来てスポーツも出来てほんと凄いわぁ」
「いえ、み……蓮くんだって大活躍でしたし」

(てか、あいつ親に喋りすぎだろ)

 祭りの話といい、これまでもずっとそうだったのだろうか。
 だとしたら、かなり恥ずかしい。

 ここで待っていてと広い居間に通されて、俺はソファの端っこに座った。

(やっぱ、すげぇ景色)

 この部屋から見える景色が絶景で、昔、友達皆で窓の前に集まり「すげー!」と騒いだことを思い出す。
 今は残念ながら曇り空で、絶景とは言い難いけれど。

「麦茶でいい?」
「あ、すみません」

 全力で走ってきて喉は乾いていたので有難くいただくことにした。

「この間、蓮と一緒に夏祭り行ったんでしょう?」

 キッチンからそんな声が聞こえてきてギクリとする。

「あ、はい」
「あの子真央くんと一緒に行くんだって本当に楽しみにしててね。ふふ、昔っからあの子ほんと真央くんが大好きなのよ」

 あははと愛想笑いを続けながら、内心顔が赤くなってしまわないよう必死だった。
 麦茶がテーブルに出され、お礼を言って早速一口飲んだときだ。
 急に、お母さんの顔が曇った。

「でもね、最近ちょっと元気がなくて。学校も休んじゃってね。まぁ、環境も変わるし色々と準備もあるから仕方ないんだけど、ちょっと心配でね」

 お母さんは俺が留学のことを三鷹から聞いていると思っているのだろう。
 なんと答えようか逡巡していると。

「でもこうしてまた真央くんが来てくれて良かったわ」
「え?」
「あの子のこと、よろしくね」
「あ、……はい」

 よろしくの意味はわかりかねたけれど、視線を落とし俺はしっかりと頷いた。
 そんなときだった。

 ガチャっと玄関でドアの開く音がして、「ただいま」とあいつの声が聞こえてきた。
 お母さんがそれを迎えに行って、嬉しそうに言う。

「おかえりなさい。お友達が来てるわよ」
「友達?」

 そして、居間に現れた三鷹は自宅のソファに座る俺を見て大きく目を見開いた。

「雀野……」
「お邪魔してます」

 そう言うと、三鷹は戸惑うように一度目を泳がせてから諦めたように俺と視線を合わせた。

「びっくりした。どうしたの、急に」

 そのぎこちない笑みをまっすぐに見返して、俺は答える。

「話があって」
「……そっか。僕の部屋今散らかってるし、外でもいい?」
「あぁ」

 俺は出してもらった麦茶を一気に飲み干して改めてお礼を言った。
 三鷹のお母さんは「いってらっしゃい」と俺たちを笑顔で送り出してくれた。



「……」
「……」

 黙って三鷹の後をついて行く。
 奴はこちらを見ようともしない。
 訊きたいことはたくさんあったが、その背中が俺を拒否しているように思えて話しかけられずにいた。

 しばらく無言で歩いて、その行き先に思い当たる。

(もしかして……)

 そして思った通り、三鷹が足を踏み入れたのは数日前にも訪れたあの神社だった。
 あの時の賑やかさが嘘のように静謐な雰囲気を纏った神社の長い階段を上っていく。

「あのお祭りの日」
「え?」

 やっと口を開いた三鷹の背中を見上げる。

「本当は、あんな話するつもりなかったんだ」

 こちらを見ずに奴は続ける。

「本当はね、もっと違う話がしたかったんだよ」

 そうして漸く奴が足を止めたのは、あの思い出の遊具があった場所だった。

「ここでね、僕は君に背中を押してもらったんだ」
「え?」

 それでも奴は視線は合わさず、穏やかな口調で言った。

「僕が、君を好きになったのもこの場所なんだよ」

 一陣の風が吹いて、ざぁっと緑の天井がざわめいた。
 それを見上げながら三鷹は続ける。

「転校してきたばかりで緊張していた僕に、一番に話しかけてきてくれたのは雀野だった。仲間に入れてくれたのも、お祭りに誘ってくれたのも全部、全部雀野だった」
「……」
「明るくて、優しくて、一緒にいると楽しくて、あの頃の僕にとって君は太陽みたいに眩しい存在だったんだ」

 そんな恥ずかしい台詞にじわりと顔が熱を持つ。

「だから僕、ここで雀野に言ったんだよ。『僕、ちゅんのみたいになりたい』って」

 ――僕、ちゅんのみたいになりたい!

 そんな甲高い声が聞こえて、あのときのこの場所の風景が目の前に蘇った。



 引っ越してきたばかりの頃の三鷹は、今とはまるで別人のようだった。
 いつも下を向いていて、おどおどと自信無さげで、話しかけるとすぐに顔を真っ赤にしていた。
 そんな三鷹を俺は夏祭りに誘った。ほぼ無理やりだったと思う。
 そしてここで、この場所で、ブランコに座った三鷹は……蓮はボソッと言ったのだ。

「ちゅんのはいいなぁ」
「え?」

 隣でブランコを漕いでいた俺がそちらを振り向くと、蓮は思い切るように言った。

「僕、ちゅんのみたいになりたい」
「俺みたいに?」

 訊き返すと、蓮は顔を真っ赤にして「うん!」と勢いよく頷いた。

「ちゅんのみたいに、明るくてカッコ良くて皆に優しい人気者になりたい!」

 それを聞いてまんざらでもなかった俺は、ブランコを勢いよく漕ぎながら照れ隠しに言ったのだ。

「やめろよ。俺みたいにとか。蓮は蓮のままでいいじゃんか」
「え?」

 蓮が、呆けたように俺を見ていた。

「お前いつも下向いてるから分かりにくいけど普通にいい顔してるし、優しいし。だからさ、もっと笑えばいいんじゃないか?」
「笑う?」
「そ。こうやって笑っとけばさ、相手も笑ってくれるだろ?」

 そう言って、にーっと笑う。

「ほら、蓮もやってみ?」
「えっ……と、こう?」

 そのぎこちない笑顔を見て、俺は思いっきり変顔を作る。

「こうだよ、こう」
「ぷっ、あははっ! なにその顔、変だよちゅんの!」
「そうそれ! その顔!」
「え?」

 パチパチと目を瞬いた蓮に俺は言う。

「いつもその笑顔でいたらいいじゃん。そしたらお前、俺なんかよりすぐ人気者になれんじゃね?」
「……!」

 俺を見る蓮の目が、星空のようにキラキラと輝いて見えた。



「あのときから、僕は君に夢中になった」

 いつの間にか、その目があの時のようにまっすぐに俺を見ていた。

「君に言われた通りたくさん笑うように努力したら、本当に友達が増えて。すごく嬉しかったのに、なぜか君だけが僕から離れて行ってしまった」

 寂し気なその笑顔を見て、ズキリと胸が痛む。
 その頃俺は、こいつの人気にただ嫉妬していたのだ。
 偉そうに笑えと言っておいて、なんて自分勝手なのだろう。
 自分の性格の悪さも、全部こいつのせいにして……。

 なのに、こんな俺を見る目に責める色はなくて。

「悲しくて、鴨下さんに嫉妬して、僕は君に酷いことをしてしまった。そのことをずっとずっと後悔していて……でも君から向けられる視線が嬉しくて、見てもらいたくて、僕はもっともっと努力するようになった」
「……」
「だから、今の僕があるのは全部君のお蔭なんだ」

 くしゃりとその笑顔が泣きそうに歪む。

「本当にありがとう。雀野」

 言いたかった言葉があるはずなのに、喉に何かつかえてしまったように声が出なかった。
 その間に視線はまた逸らされて、それを寂しく思った。

「それをね、言いたかったんだ。……でも、もう本当に終わりにするから。諦めるから。これまで気色悪い思いをさせて、本当にごめん」
「そんなふうに思ってねーよ」

 やっと声が出た。随分と掠れてしまっていたけれど。
 そこはしっかりと否定したかったから。

 その目がもう一度俺を見て、それを嬉しく思った。

「そんなふうに思ってたら会いになんて来ねーし。こんなとこまでついて来ねぇだろうよ」
「え……?」
「なんだよ、先に謝りやがって、謝りたかったのはこっちだっつーの」

 戸惑っている様子の奴を前に、俺は思い切って頭を下げる。

「これまで酷いことをたくさん言って悪かった。ガキの頃からお前をたくさん傷つけて、本当にごめん」
「……雀野?」
「許して欲しいとは言わない。でも、言わせてくれ」

 顔を上げて、もう一度その瞳を見つめる。

「俺、お前が好きみたいなんだ」



 告白なんて絶対に出来ないと思っていた。
 なのに、するりと抵抗なくそんな言葉が口から出ていて自分でも驚く。

 でも言ったあとでドっと緊張が押し寄せた。

(い、言っちまった……!)

 なのに奴は驚いているのか目を見開いたまま、なかなか口を開かない。
 その沈黙がやたら長く感じられた。

 と、その瞳が一度大きく揺れて、奴はゆっくりと首を横に振った。

「……嘘だ」
「は?」

 小さく聞こえたその声に俺は眉を寄せる。

「雀野が、そんなこと言うわけない」
「はぁ?」

 思わずムっとする。
 俺が精一杯告ったというのに、嘘ってなんだ。嘘って。

「だって、雀野は僕のことが嫌いで、いつも僕のことを睨んでて」
「だから、それは悪かったって言ってるだろ!」

 改めて言われると無性に恥ずかしかった。
 しかし、事実は事実。これまで、ちょっと前まで、そうしてこいつを傷つけてきたのだ。
 俺に怒る資格なんかない。

「俺だってまだ信じられねぇけど、そう気付いちまったんだから仕方ないだろ」

 視線を外し、ブツブツとぼやくように言う。

「それとも、こんな俺はもう嫌かよ」
「嫌なわけないだろう!」

 大きな声が返ってきて、見れば怒ったような真剣な瞳とかち合った。

「わかってる? 僕がどれだけ君のことを好きか」

 言いながら、奴がこちらに近づいてくる。
 俺がいつでも逃げられるように、ゆっくりと。
 俺は逃げずにそんな奴をじっと見返していた。

 手を伸ばせば触れられる距離まで近づいて、奴は言った。

「あとで冗談だって言っても、離してあげられないよ?」
「こっわ。なんでそんな脅すような言い方すんだよ」
「だって、僕すごく重いと思うし」
「それは、多分俺だって同じだろ。何年お前のことライバル視してきたと思ってんだよ」
「本当にわかってる? 雀野」

 このとき、目の前で期待と不安に揺れる瞳がなんだかやたらと愛おしく思えて。

「――!」

 俺は一歩踏み出して、奴の唇に自分のそれを合わせていた。

 こいつとの、2度目のキスだった。

 すぐに離れて見れば、その目が、そのまま落ちてしまうんじゃないかと思うほど大きく見開かれていて、俺はにっと笑う。

「この間のお返しな、蓮」
「~~っ!?」
「ハハっ、真っ赤になってやんの」

 出会ったばかりの頃のように真っ赤に染まったその顔を見て満足感に浸っていると、ガシっと両肩を掴まれた。
 そのまま引き寄せられて、もう一度唇が重なる。

 3度目のキスは、それほど驚かなかった。
 俺はゆっくりと目を閉じて、身を任せる。

 幸福感、というのだろうか。
 どうしても恥ずかしさは拭えないけれど、好きな相手と触れ合えて心が満たされていく気がした。

 ――ああ、俺って本当にこいつのことが、蓮のことが好きだったんだ。

 そう再認識できた。



「……?」

 しかし、この間よりも異様に長いそれに、だんだんと焦りを覚えてくる。

(キスって、こんなに長いもんだっけ?)

 気になってうっすらと目を開いたときだった。

「んぅ……っ!?」

 ぬるりと唇を割って生温かいものが口内に入ってきて驚く。
 それが蓮の舌だと気づいて咄嗟に離れようとして、しかしいつの間にか後頭部に回っていた手でがっちりと押さえられて逃げられなかった。
 角度を変えながら好き勝手に口の中を貪られて、恥ずかしさと怒りとよくわからない初めての感覚と息苦しさで目が回りそうだった。

「――はっ」

 解放されたときにはもう全身の力が抜けていて、情けないことに俺は蓮に支えられてなんとか立っていられる状態だった。

「おま、ほんっと、ふざけんな……っ」

 その肩口で息も絶え絶えに文句を言う。
 そんな俺を優しく抱きしめて、蓮は笑った。

「だから僕は重いって言っただろう? それに、ちゅんのが余裕でなんかムカついたから」

 呼吸を整えながらぐううと低く唸っていると蓮は俺の耳元で囁くように続けた。

「そんなんで、これから大丈夫?」
「あ?」
「僕はちゅんのと、これ以上のことがしたいと思ってるんだけど」
「これ以上って……っ!?」

 俺の背中に回っていた手がゆっくりと腰の方に下りてきて、ぞくぞくっと鳥肌が立つ。
 その意味に気付いてしまって、俺はまだうまく力の入らない足で慌てて距離を取った。

「な、何考えてんだよお前!」
「何って、だって好きなんだからしょうがなくない?」

 そして蓮は楽しそうに続けた。

「そうだ。帰って来たらご褒美もらおっかな。それまでちゃんと勉強しておいてね。勉強得意だろう?」
「何をだよ!」

 真っ赤になって怒鳴ってから、ハっと思い出す。

「帰って、来たらって……」

 ――そうだ。
 こいつはもうすぐ海外に行ってしまうのだった。
 折角、こうして気持ちが通じ合えたのに、もうすぐお別れなのだ。
 そう思ったら急に寂しさが込み上げてきて、胸がきゅうと苦しくなった。
 あげく馬鹿みたいに涙まで出そうになって咄嗟に俯く。

「夏休み後半には帰ってくるからさ」
「……は?」

 一拍開けて、俺は間抜け面を晒していた。

「カナダで一ヶ月頑張ってくるから、いいだろ? ご褒美」
「……一ヶ月?」

 呆けたように繰り返す。

「そうだよ。短期留学だからね。あれ? 母さんから聞いたんだろう?」
「――き、聞いてねぇし!」

 思わず俺はデカい声で叫んでいた。

 留学は留学でも、短期留学!?
 てっきり何年も帰ってこないものだと考えていた俺は、なんでそう考えてしまったのかと時間を遡り。
 
(母さんが、お別れ会とか言うからだ……!)

 おそらく母も留学と聞いて勝手に長期のものだと勘違いしたのだろう。
 一気に脱力して俺はその場にしゃがみ込む。

「んだよ、焦って損した!」
「焦った?」
「留学っていうから、ずっと帰ってこないのかと思ったんだよ! 『最後の我儘』とか紛らわしい言い方しやがって!」
「へぇ。それで焦って会いに来てくれたんだ? 嬉しいなぁ」

 俺の前に同じようにしゃがみ込んだ蓮が、嬉しそうににっこにこ笑っていて無性に腹が立った。

「別に焦ってなんかねーし!」
「えー、今ちゅんの焦ったって言ったよ?」
「うるせー! 言ってねー!!」

 俺の怒鳴り声が、静かな神社に大きく響き渡った。





  *エピローグ*


「――で、めでたくお付き合いが始まったわけか」
「ま、まぁな……」

 朝のHR前の時間、前の席の鳶田に言われ俺は恥ずかしながら頷く。
 その日、ようやく梅雨明けが発表され、朝から酷い暑さだった。

「そっか、そっか。そりゃおめでとう……と、言ってやりたいとこなんだがな」

 鳶田が俺の横を指差した。

「これはいいのか?」

 指差されたのは、俺の席の横に自分の席をぴったりとくっつけて座る蓮だ。
 留学の出発は夏休みに入ってかららしく、それまではちゃんと登校することにしたらしい。
 そんな蓮が満面の笑みで答える。

「いいに決まってるだろう? 付き合ってるんだから。ねぇ、ちゅんの」
「よくねぇっ! 暑ぃから離れろバカ!」

 ぐーっとその肩を押しやり怒鳴るが全然効いていない様子で腹が立つ。
 何が最悪って、クラス中の視線がこちらに釘付けになっていることだ。
 気温もバカ高いというのに恥ずかしさで全身熱くてまた熱中症でぶっ倒れそうだった。

「えぇ~。だってもうすぐお別れなんだよ?」
「一ヶ月だけだろうがよ!」
「一ヶ月だって僕はちゅんのと離れたくないのになぁ」
「そういう恥ずかしいことを言うんじゃねー!」

 そんな俺たちを友人が半眼で眺めていて。

「俺は一体何を見せられてんだ?」
「鳶田頼む! 引かないでくれ!」

 慌てて友人の腕を掴むと、蓮が俺のその手をやんわりと取って自分の元へと引き寄せた。

「そうそう、僕、鳶田にずっと言いたいことがあったんだ」
「あ?」

 目を瞬く友人に、蓮がお得意の爽やかイケメンスマイルで続ける。

「ちゅんのの友人枠は譲るけど、恋人枠は絶対に譲らないからね」
「わー、なんか俺牽制されてる?」
「何言ってんだよ蓮!」

 どさくさ紛れに握られた手を振り払って叫ぶ。
 本当に勘弁して欲しい。
 鳶田は俺の貴重な友人なのだ。鳶田に引かれたらガチで辛い。

「というかさっきから気になってんだけど、ちゅんのって何? 雀野のこと?」
「そ、それは」
「小学生の頃のあだ名だよ。可愛いでしょ? でも今呼んでいいのは僕だけだから」
「あ、左様ですか」
「お前は~~っ」

 辛抱たまらなくなって蓮の首を締めに掛かっていると、ふっと横に影が出来た。

「三鷹くん、良かったね!」
「本当におめでとう!」

 そう祝福の言葉を掛けてきたのはこの間のギャル連中だった。
 何やら涙目になっている子までいてビビる。

「幸せになってね!」
「うん、ありがとう皆!」

 嬉しそうにお礼を言う蓮を最早呆れ顔で見ていると。

「雀野」
「え?」

 ギャルたちが一斉に俺を睨んでいてギクリとする。

「三鷹くんを泣かせたら、あたしらが許さないから」
「覚えといて」

 そう怖い顔で言い残し、彼女たちは颯爽と去っていった。

「……なんなんだよアレ」
「有難いよねぇ」
「どこが」
「でもさ、泣くのは僕じゃなくてちゅんのの方だよね」
「は?」
「昨日も涙目になってたし、すご~く可愛かったよ」
「――!?」

 その意味を理解して、昨日のあのキスを思い出してぶわっと顔の熱が上がる。

「え、お前ら、もうそういうことしちゃってんの?」
「し、してねーし! だから引くな鳶田ァ!」
「ご褒美、楽しみだなぁ~」
「お前はほんと少し黙ってろ!」

 やっぱり、俺は選択を誤っただろうか……?
 でもこの賑やかさが、なんだか少しあの楽しかった頃を彷彿とさせて、懐かしさと共に妙な愛おしさを覚えていた。

 しかし。

「ちゅんの」
「え?」

 隣を見ると、蓮が愛おし気に目を細めていて。

「好きだよ」
「ふわーお、友人の前で大胆!」
「~~っ、お、俺は、やっぱお前なんか好きじゃねーー!」

 やっぱり「好き」はまだうまく言えそうになかった。



 ――これまでとは少し違う、本格的な夏が始まろうとしていた。




 おわり