あの日、大人になったるなを始めて目にした時のことを今でも忘れられない。
ベランダからいつものように庭を眺めていた。
プールがある庭を選んだのは、もしかしたら青の時の少女とどこかでばったり出会ってあの時のように一緒にプールで遊べるかもとそんな淡い期待を込めて選んだ物件だった。
もうここに住んで五年になる。
いつものようにドル隊を載せた黒塗りの車がやって来て、門の手前で止まった。
今日は少しワクワクしていた。写真で見て気になっていたドル隊の子だったからだ。
車の扉が開き、栗色の綺麗な髪をなびかせた女性が車からさっと降りた。
彼女を見た瞬間、自分の中で大きく心臓の鼓動が高鳴ったのが分かった。
辺りを見渡しながら、家へ向かってるる彼女を見て、疑いは確信に変わった。
やっぱりあの時の少女だ。
人の顔を忘れない才能がここで役に立つとは。
あの頃の少女の面影が残っている。昔から綺麗なのは変わらないんだなとぼんやりと眺めていた。
すると彼女はこちらに気付きはっとした顔を浮かべた。
内心俺のこと覚えてる!と叫びたい気持ちをぐっとこらえ、冷静を装い、ひらひらと手を振った。
話をしてみて、るながあの時のことを覚えていないのはショックだったが、それ以上にこうしてまた出会えたことの方が何倍も嬉しかった。
るなと出会ってからアイドルとして目指すべき目標みたいなものがぼやけ始めていた。
子供の頃オーストラリアで出会った少女にいつか自分を見つけてもらうことを目標に今までアイドルとして駆け抜けてきた。
たったそれだけの目標で自分でもここまでいけるとは思っていなかった。
ステージ上ではファンからの歓声を浴びて、ただ街を歩いているだけで興奮したように喜ぶ人たち。
共演した女性からは好意を持っているであろう視線や連絡が絶えなかった。
でもそんなものはどうでもよくて、ただただ昔の思い出に俺は固執していた。
そんな中、奇跡のような偶然で目の前にその少女が大人になって現れた。
成長してより綺麗になっていたその女性はあの頃と同じようなきらきらした瞳をしていた。
同じ空間にいるだけで緊張して息がしずらくなるくらい、ずっと会いたかった人だ。
平常心を装い話すことで精一杯だった。
もっと彼女を知りたい、もっと話してみたい。
なんでドル隊の仕事をしているんだろう。
異性に対してそんな感情を持つことも始めてだった。
大抵の女性は少し話しただけで自分に好感を持ってくれているのを感じるのに、るなの心は全く読めなかった。
でもそれも何故か特別な感じがして悪くはなかった。
そんなるなに、俺の勝手な憶測を暴くために危険を犯して貰うのは心苦しかった。
しかしダメ元で精子売買の証拠集めを協力して欲しいと伝えたら、割りとあっさりと了承してくれたのには驚いた。
お金だけで動くような人ではないと思ったから、何故ここまで協力してくれるのか不思議だった。
藤田と会うと決めた時、内心はなんとも言えない不安な感情が押し寄せた。
自分が頼んだことなのに、ここまでるなに身体を張って貰う必要があるのか。
自分はただここにいて、何もしていないのに。
犯されると分かって会いに行く人がどこにいるだろうか。
自分だったらどんなに好きな人の頼みでもそんなことはできない。
るなに本当にここまでして貰う必要があるのか、別の方法を探そうと何度も提案したが、一番手っ取り早いしここまで来たからには最後までやるの一点張りだった。
るなが藤田と会っているであろう間、気が気じゃなかった。
どうか無事でいてくれと心の中で何度も願った。
朝方家にやってきたるなは身体が小刻みに震えていて、今にも泣き出しそうな顔をしていた。
その顔を見た瞬間、俺はなんてことをしてしまったんだと今更になって心に大きな穴が空いた気がした。
るなが傷つくと分かっていたはずなのに、実際どうにかなるかもと言う浅はかな考えのせいで実行させてしまった。
お風呂に入りたいというるなをすぐに連れていった。
ごめん。ただその言葉しか出てこなかった。
風呂から出てきたるなは震えていて、どうしたらこの震えが留まるのか必死で考えて、抱き締めることしか出来なかった。
するとるなから抱いて欲しいとい言ってきた。
弱っている彼女に手を出していいのか。でも彼女が求めているのであれば応えるのが努めなのではないかと色んな感情が頭を過った。
このままの流れで俺はるなとして良いのだろうか?綺麗な思い出が崩れるんじゃないか。
でも今は俺の気持ちなんてどうでもいい。ここまで俺のために協力してくれた彼女の望むことをしよう。
そうして緊張しながら、細くて今にも壊れてしまいそうな彼女を優しく丁寧に抱いた。
るなは今まで見てきたどの女性よりも綺麗で、こんな状況なのにも関わらず見とれてしまった。
こんな綺麗な彼女を藤田に触れさせてしまったことを激しく後悔した。
朝日が差し込む少し明るい室内で、彼女の白い肌は輝いて見えた。
最後にゴムをつけようと取りに行こうとすると、ゴムはつけないで中に出して欲しいとるなは言った。
今までのアイドル人生で避妊は必ずするように徹底していた。
過去には女性に同じように避妊しなくても大丈夫と言われたこともあったが、その時は雰囲気に飲まれず何がなんでも避妊をしていた。
他の女性は俺との子供が出来たら嬉しいという思いで言っていたのだろうが、杏梨はそういう目的で言っていないのは明確だった。
私はピルを飲んでいるから大丈夫とだけ口にした。
俺は覚悟を決めてそのまま杏梨の言われた通りにした。
初めて女性の中に生で入れたからなのか、それとも相手がるなだからか、今までで一番気持ち良く何とも言えない快感を覚えた。
ドクドクとるなの中に俺の精子が流れていく。
るなは上書きしてくれてありがとうと微笑みかけた。
俺はこんな弱っている彼女を見ても、皮肉なことに何故だか心が満たされていた。
そのまま俺たちは抱き合いながらいつの間にか寝てしまった。
アイドル人生の中で一番心地よく深く熟睡出来た気がした。
ふと目を覚ますと、腕の中にるなが寝ていた。
すやすやと寝息を立てている彼女の頭を優しく撫でた。
するとるなも目を覚ました。
なんだか照れくさくなりおはようと呟いた。
るなも恥ずかしくなっているのかほんのり顔を赤らめて小さくおはようと口にした。
そのまますぐに服を着て、るなは何事もなかったかのようにタクシーに乗り込んだ。
去っていく彼女を見送りながらふと寂しさを感じた。
この感情はなんなのか。一瞬考えたがそんなことを悩んでる暇はなかった。
早く遺伝子検査をしに行かなければならない。
おじさんに連絡をし、これから向かうことを伝えた。
病院に着くとおじさんはすぐに迎え入れてくれた。
青空くん、忙しいのに良く来たね。
はい、何度もすみません。
これで親子鑑定をお願いします。
できれば急いでいただけると有り難いです。
うん、分かった。
ところで青空くん、何かに巻き込まれているのかい?
おじさんは心配そうに俺の顔色を伺っている。
ごめん、おじさん。まだ言えないんだ。
ケリがついたら全部話すよ。
協力して貰ってるのに本当ごめん。
深く頭を下げるとおじさんはそんなそんな頭を上げてと慌てた。
青空くんが大丈夫ならいいんだよ。
でも誰かに頼りたくなったらすぐに言っていいんだからね。
ひとりで抱え込まずに。とおじさんは俺の肩に手を置いた。
おじさんと別れてその足でレッスンに向かった。
その日はメンバー全員で曲振りを合わせる日だった。
現場に着くと、メンバーの律がひと足先に全身鏡の前で練習をしていた。
集合時間の1時間前なのに、すごいなと感心しながらお疲れと挨拶した。
おぉ、青空。珍しく早いな!
律はメンバーの中でも唯一何でも話せる仲で、一番信頼している人物でもある。
さすがに精子売買については話していないが、何かあると相談するのは律だった。
来てそうそうなんだけどさ、と今日一日もやもやしていることを律に打ち明けることにした。
何をしてても頭から離れない人がいるんだけど、それってどうしてだと思う?
律は突拍子もない質問にぶっと吹き出して笑った。
急にどうしたんだよ青空!え、もしかして女?
いや、まあその人は女性だけど‥
律はびっくりしたように目を見開き、俺の両肩に手をのせて興奮したように揺らした。
青空、遂に、遂に青空も恋したのか!!!
今までそんな話したこともなかったのに、どこで出会ったんだよ!と脇腹をこづかれた。
まあ、出会いは追々話すとして、それって恋なの?
律はふっと笑い、青空それが恋なんだよと誇らしげに言った。
何をしてても思い出しちゃうんだろ。
好きな人だから気になるんだよ!恋愛初心者か!と突っ込まれた。
早く会いたいとか思うでしょ?
会いたいか‥。どうなんだろう。無事か確認したいのはあるけどそれって会いたいなのかな。
生存確認ってこと?なんだそれ。
ちょっと待って。それは恋じゃないかも。
律は不思議そうに俺を見つめ、もっと詳しく話して貰わないと分からないよと呆れた顔を見せた。
すると部屋の扉が開き他のメンバーたちがやってきたので、話はそこまでになってしまった。
レッスン中もずっとるなのことを考えてしまう。
あの朝の光景が何度も頭をよぎる。そしてひとり恥ずかしさが込み上げてくるのだ。
寝不足だからか、そんなことを考えているからなのか珍しくミスを連発してしまいメンバーに今日の青空どうしたと心配される始末。
律は調子の悪い俺を見てしっかりしろと口パクし肩をすくめた。
レッスンが終わり、るなに連絡をすぐに入れた。
藤田から何か連絡はきてないか、動きはなかったか心配だったからだ。
すぐにるなから電話がかかって来た。
電話の名前が表示されるだけでドキッとしてしまう。
一体自分はどうしてしまったのだろうか。
電話越しのるなは朝よりも元気そうな声だった。
疲れすぎて六時くらいまで寝ちゃってたと意外にもあっけらかんとしている。
藤田から連絡来た?と恐る恐る聞いてみた。
鈴木秘書から夕方ごろ電話がかかってきて昨日は大丈夫だったかって聞かれたけど、藤田さんのホテルの一室で寝ちゃってたって伝えた。
朝起きて藤田さんの部屋だったからびっくりしてそのまま出てきてしまいましたって伝えたら、そうだったんですね!何事もなくてよかったですって感じで言われたよ。
藤田社長には何事もなかったかのように昨日はご馳走さまでしたって伝えたし、嘘はバレてないと思う。
そっか。良かった。
なんかごめんね。その、今朝のこと。覚悟はしてたはずなのに情緒不安定みたいになっちゃって。
いいよ、そんなこと。俺こそ変なことに巻き込んじゃって本当に申し訳ないと思ってる。
暫くの沈黙の後、るなは青空のせいじゃないよ。私がしたくてやったことなんだから。と静かに答えた。
そう言ったるなに自然と思っていた言葉が漏れた。
あのさ、どうしてここまで協力してくれたの?
ずっと心に引っかかっていたことだった。
この件で協力してくれたのは感謝しているが、るなにとってはメリットがないからだ。
今まで了承してくれたことが嬉しくて深く聞けていなかったが、不思議でしょうがなかった。
るなは考えているのか暫くの沈黙の後、青空ともっと関わりたいって純粋に思ったからかなと呟いた。
ドル隊とアイドルの関係じゃなくて、協力したらもっと青空のこと知れるんじゃないかなって思ったの。
それは、青空がトップアイドルだからとかそういうことじゃなくて‥、ごめん少しはそういう気持ちもあったかもだけど、純粋に人として興味があったと言うか。
空気感と言うか、雰囲気が私と似てる気がして。
なんかふわっとした回答で申し訳ないけど。と困ったように答えた。
いやいや、全然。そんな風に思ってたんだ。
るなの表情からはそんなことを考えていたなんて思わなかったので内心驚いた。
でも本当にるなのおかげで証拠も取れたし、言葉で伝えきれないほど感謝してる。ありがとう。
電話を切って、ソファに寝転びるなから受け取ったHDの音声を聞いてみた。
それは聴くに耐えられないくらい気分の悪いものだった。
るなが無理やり藤田に犯されていると考えるだけで胸が引き裂かれそうなくらい辛かった。
一体どれほどの傷を負わせてしまったのだろう。
その日は何故かずっと胸騒ぎがしてしまい寝付けなかった。
数日後叔父さんから電話がかかってきた。
この間の遺伝子検査の結果が出たとのことだった。
ちょうど良いことにこの日はオフだったためすぐに病院に向かった。
診察室に入るとちょうどお昼休憩にしようと思ってたんだと立ち上がりせっかくだから出前を頼もうと中華を頼んでくれた。
届いた麻婆豆腐を頬張りながら、叔父さんは封筒を差し出した。
これが結果だよ。
ありがとう。叔父さん。
その場ですぐに封筒を開ける。
そこには今回の遺伝子検査で調べた二人は99%の確率で親子関係にあると記されいた。
叔父さんは顔色を変えずに一致していたみたいだね。と呟いた。
この結果は青空にとってよかったこと?それとも悪かったこと?と叔父さんは心配そうに俺の顔を覗き込んだ。
えっと、ひとまずは俺にとってよかったことです。
と応えた。
藤田と工藤さんの息子の空くんの遺伝子が一致した。
俺との子ではないということだ。
となると工藤さんが俺の精子として買ったものは実際は藤田の精子だったということだ。
証拠は揃った。後はどう動くかだ。
まずは工藤さんに話さないと。叔父さんに別れを告げすぐに工藤さんに電話をした。
そして取り急ぎまたリモートで打ち合わせをしたいことを伝え、その日の夜早速話をすることができた。
これから話すことはショックかも知れないと前置きをしつつ、あなたの息子が俺との子ではなく藤田との子だったと正直に打ち明けた。
彼女は相当なショックを受けたようで暫く頭をかかえ微動だにしなかった。
そして藤田を許せないとすごい剣幕で怒り出した。
私が一体いくら藤田に渡して、どんな気持ちで人口受精して大変な思いで出産したか。絶対に許せない。社会的に抹殺してやると怒りに震えている。
一度落ち着きましょう。
相手は芸能界の中でも権力のある人物です。手順を間違えればこちらが消される可能性もあります。
裁判に持っていくのか、警察に被害届を出すのか、それとも週刊誌にこのネタを売るのか、何が一番良いのか考えましょう。
すると、工藤がふと口にした。
週刊誌なら知り合いの編集長がいるの。その人にこのネタを売り込めば高く買ってくれると思う。
ほら、前週刊誌に出た大物MCが裏組織の人と繋がってた記事、その記事を出した出版社の人なの。
あの人だってかなり芸能界では力を持ってた人だったけど、今は干されてテレビにも一切出てこないでしょ?
それほど週刊誌は相手の人生をも左右させる力があるってことよね。
なるほど。確かに週刊誌に売るのが一番手っ取り早く藤田を陥れることが出来そうだ。
ちなみにその週刊誌と藤田は繋がってる可能性はないですかね?
もしも裏で繋がっていたとしたら、そのネタ自体潰されかねませんし。
もしくは多額のお金を払って揉み消される可能性だってありますからね。慎重にいかないと。
工藤は少し考え込み確かに、そうね。
でもその編集長とは大学からの付き合いだから信頼は出来る人なの。
一度会って話してみます。念のため青空さんのお名前は伏せておきます。
金銭的なこともありますし、一度話してみて信頼できそうでしたら青空さんにも同席していただければと。
念のため、やり取りは録音しておきますね
何から何までありがとうございます。
よろしくお願いします!
とんでもない。私の方こそここまで証拠を揃えていただいて感謝しかありません。
また日程決まったら連絡しますね!
とんとん拍子に話が進んだが、本当に上手くいくのか、気が気ではない。
相手は藤田だ。
どんな手を使ってでも目的のためなら何でもする人だ。
どうか何事もなく話が進みますように。と神頼みするしかなかった。
数日後スマホが鳴った。相手は工藤からだった。
青空さん、今少しだけお時間大丈夫ですか。
もちろんです。
昨日週刊紙の編集長と会ってきて、話しました。
簡潔に言うと記事にしたいそうです。
なるほど。そうですか。
藤田社長は別の週刊紙と繋がりがあるみたいですが、今回私が話を持ちかけた週刊紙とは一切の繋がりはないみたいですよ!
なので記事自体が潰されることはほぼ無いそうです。
それは良かった。
ですが、いくつか問題があって。まず一つが記事を出すとなると青空さんのご家族が別の週刊誌記者に張られることもあること。
そして藤田を追放することで青空さんのアイドル活動に制限がかかる可能性があること、ドル隊が世間にバレればファン離れやアイドルの概念が変わりかねないこと。
かなりこちらが非になることも背負わなければならないということも編集長が話してくれました。
どのように選択するかはこちらに任せると。
記事を出すのであれば全力でサポートしてくれるとも言ってました。
もちろん、それ相応のペイもしてくれるみたいです。
一度僕もその方にお会いしてみたいですね。
そうね。その方がいいかと思います。連絡先をお伝えしてもよろしいですか。
勿論です。よろしくお願いします。
段々と道筋が見えてきたことを嬉しく思う反面、何だか心がずっとモヤモヤとしていた。
自分は勿論、メンバーや家族にも迷惑がかかるかも知れない。そして今ドル隊として働いている子たちも被害を受けてしまうかも知れない。
この記事が世に出れば、影響を受けてしまう人が山ほどいると言うことだ。
もしかしたら、るなのこともバレてしまうかも知れない...。
その日の夜、編集長から早速電話がかかってきて、すぐに打ち合わせをしようとなった。
翌日少し緊張しながら都内のホテルへと向かった。
ホテルの一室をおさえてくれているらしい。
指定された部屋のインターホンを鳴らすと扉を開けて出てきたのは、感じの良いイケおじの雰囲気を纏う男性だった。
青空さん初めまして。東京ダイアリーと言う出版社の編集長をしています橋本といいます。お会いできて光栄です。と名刺を渡された。
こちらこそ、お時間作っていただきありがとうございます。
では早速本題に入りましょう。どうぞおかけください。
ソファに向かい合って座ると、橋本は話始めた。
大体のことは彼女から伺っています。
彼女が青空さんの精子を藤田社長から購入し、体外受精で子供を授かったこと、それが実は藤田社長の精子であったこと。
そしてその事実を青空さんは知らなかったこと。ざっくり言うとこんな感じですよね。
はい、その通りです。
後は会社の女性を狙って睡眠薬を飲ませて性行為を行い、妊娠させている方も何人かいるみたいです。
その証拠は抑えられていませんが。
なるほど。かなりその藤田社長は悪質な方ですね。
僕も勿論この業界にいるので、彼のことは知っていましたが、あまりいい噂を聞かないのも事実で。
裏社会の繋がりもあるとかないとか。
何かあればその人たちに依頼して問題を解決してきたのでしょうね。
私もこの会社に勤めて十年以上経ちますが、弊社の社長奥田は権力でやりたい放題にしている人を許せない堅気な人で。かなり真面目なんですよ。だから権力のある人にも屈しないと言いますか。
綺麗事に聞こえるかも知れませんが、僕は週刊誌で嘘偽りのない真実を発信したいと言う思いで働いてきました。
今回のお話を聞いた時、工藤と青空さん、そして被害に遭われた方達を救いたいと僕自身心の底から思いました。なので、全面的にご協力できたらと思っています。
しかしセンシティブな問題でもあるので、どこまで情報を掲載するかは細かく打ち合わせさせていただきたいなと。
後は情報提供していただいた際の報酬は、後ほど彼女もきますので、お話させていただければと思います。
記事で出して、裁判に持っていくのが一番スムーズかと思っています。
ちなみに青空さんも裁判は希望されているのですか。
僕は裁判は望んでいなくて。藤田社長に制裁を下すためにここまで色々と情報を集めてきました。
実際に僕の精子を無断で販売していて自分の知らないところで血の繋がった子供ができていたら話は別ですが。
恐らく彼の目的は優秀な相手と自分の子孫を残すことでしょう。
他にも僕以外のアイドルの名前を使って無断で精子売買してるかもしれませんが、結局はすべて藤田社長の精子だろうなと僕は読んでいます。
そうですか。確かに、自分の知らないところで血の繋がった子供が沢山いると考えたら気味が悪いですよね。と編集長はなんとも苦い顔を浮かべた。
そんな話をしているとオーナーがやってきた。
青空さん、実際にお会いするのは二回目ですよね。またお会いでして光栄です。と嬉しそうに頭を下げる。
お久しぶりです。今日は編集長の橋本さんとお引き合わせいただきありがとうございます。
お陰で有意義な話を進めることができました。
いえ、とんでもないです。
工藤と編集長は一度話をしているからか、話がスムーズに進んだ。
情報提供料として青空さん、工藤にそれぞれ二千万円お渡ししたいと考えています。
金額面ではいかがでしょうか。
まさか二千万も貰えるとは思わなかったが、オーナーは至って冷静だった。
まあ妥当ですねと真顔で答えた。これから記事作成に入らせていただきます。
完成後は必ずお二人に目を通していただき、承諾をいただいてから世に出します。
タイミングも可能な限り青空さんの仕事に影響が出ないよう、様子を見ながら進めましょう。
その他疑問点や追加の情報があればお気軽にお電話いただければと思います。
記事の完成後、お集まりいただき、承諾同意書に記入いただいてから情報提供料をお振り込みします。 振り込みは記事販売日の前日に口座へお振り込みいたします。
今の時点で何か聞いておきたいことはございますか。
どのくらいで、記事は出来上がるんですか?
そうですね。大体目安としては1ヶ月くらいですね。
この記事だけで週刊紙を出せるくらいのボリューム感ある内容なので、執筆のしがいがありそうですね。と編集長はほくそ笑みを浮かべた。
打ち合わせが終わり家に帰るとどっと疲れが襲ってきた。
わたあめがソファに横たわった自分の顔を思いっきり舐めてくる。
よしよしと撫でながら、いつの間にか寝落ちしてしまった。
ベランダからいつものように庭を眺めていた。
プールがある庭を選んだのは、もしかしたら青の時の少女とどこかでばったり出会ってあの時のように一緒にプールで遊べるかもとそんな淡い期待を込めて選んだ物件だった。
もうここに住んで五年になる。
いつものようにドル隊を載せた黒塗りの車がやって来て、門の手前で止まった。
今日は少しワクワクしていた。写真で見て気になっていたドル隊の子だったからだ。
車の扉が開き、栗色の綺麗な髪をなびかせた女性が車からさっと降りた。
彼女を見た瞬間、自分の中で大きく心臓の鼓動が高鳴ったのが分かった。
辺りを見渡しながら、家へ向かってるる彼女を見て、疑いは確信に変わった。
やっぱりあの時の少女だ。
人の顔を忘れない才能がここで役に立つとは。
あの頃の少女の面影が残っている。昔から綺麗なのは変わらないんだなとぼんやりと眺めていた。
すると彼女はこちらに気付きはっとした顔を浮かべた。
内心俺のこと覚えてる!と叫びたい気持ちをぐっとこらえ、冷静を装い、ひらひらと手を振った。
話をしてみて、るながあの時のことを覚えていないのはショックだったが、それ以上にこうしてまた出会えたことの方が何倍も嬉しかった。
るなと出会ってからアイドルとして目指すべき目標みたいなものがぼやけ始めていた。
子供の頃オーストラリアで出会った少女にいつか自分を見つけてもらうことを目標に今までアイドルとして駆け抜けてきた。
たったそれだけの目標で自分でもここまでいけるとは思っていなかった。
ステージ上ではファンからの歓声を浴びて、ただ街を歩いているだけで興奮したように喜ぶ人たち。
共演した女性からは好意を持っているであろう視線や連絡が絶えなかった。
でもそんなものはどうでもよくて、ただただ昔の思い出に俺は固執していた。
そんな中、奇跡のような偶然で目の前にその少女が大人になって現れた。
成長してより綺麗になっていたその女性はあの頃と同じようなきらきらした瞳をしていた。
同じ空間にいるだけで緊張して息がしずらくなるくらい、ずっと会いたかった人だ。
平常心を装い話すことで精一杯だった。
もっと彼女を知りたい、もっと話してみたい。
なんでドル隊の仕事をしているんだろう。
異性に対してそんな感情を持つことも始めてだった。
大抵の女性は少し話しただけで自分に好感を持ってくれているのを感じるのに、るなの心は全く読めなかった。
でもそれも何故か特別な感じがして悪くはなかった。
そんなるなに、俺の勝手な憶測を暴くために危険を犯して貰うのは心苦しかった。
しかしダメ元で精子売買の証拠集めを協力して欲しいと伝えたら、割りとあっさりと了承してくれたのには驚いた。
お金だけで動くような人ではないと思ったから、何故ここまで協力してくれるのか不思議だった。
藤田と会うと決めた時、内心はなんとも言えない不安な感情が押し寄せた。
自分が頼んだことなのに、ここまでるなに身体を張って貰う必要があるのか。
自分はただここにいて、何もしていないのに。
犯されると分かって会いに行く人がどこにいるだろうか。
自分だったらどんなに好きな人の頼みでもそんなことはできない。
るなに本当にここまでして貰う必要があるのか、別の方法を探そうと何度も提案したが、一番手っ取り早いしここまで来たからには最後までやるの一点張りだった。
るなが藤田と会っているであろう間、気が気じゃなかった。
どうか無事でいてくれと心の中で何度も願った。
朝方家にやってきたるなは身体が小刻みに震えていて、今にも泣き出しそうな顔をしていた。
その顔を見た瞬間、俺はなんてことをしてしまったんだと今更になって心に大きな穴が空いた気がした。
るなが傷つくと分かっていたはずなのに、実際どうにかなるかもと言う浅はかな考えのせいで実行させてしまった。
お風呂に入りたいというるなをすぐに連れていった。
ごめん。ただその言葉しか出てこなかった。
風呂から出てきたるなは震えていて、どうしたらこの震えが留まるのか必死で考えて、抱き締めることしか出来なかった。
するとるなから抱いて欲しいとい言ってきた。
弱っている彼女に手を出していいのか。でも彼女が求めているのであれば応えるのが努めなのではないかと色んな感情が頭を過った。
このままの流れで俺はるなとして良いのだろうか?綺麗な思い出が崩れるんじゃないか。
でも今は俺の気持ちなんてどうでもいい。ここまで俺のために協力してくれた彼女の望むことをしよう。
そうして緊張しながら、細くて今にも壊れてしまいそうな彼女を優しく丁寧に抱いた。
るなは今まで見てきたどの女性よりも綺麗で、こんな状況なのにも関わらず見とれてしまった。
こんな綺麗な彼女を藤田に触れさせてしまったことを激しく後悔した。
朝日が差し込む少し明るい室内で、彼女の白い肌は輝いて見えた。
最後にゴムをつけようと取りに行こうとすると、ゴムはつけないで中に出して欲しいとるなは言った。
今までのアイドル人生で避妊は必ずするように徹底していた。
過去には女性に同じように避妊しなくても大丈夫と言われたこともあったが、その時は雰囲気に飲まれず何がなんでも避妊をしていた。
他の女性は俺との子供が出来たら嬉しいという思いで言っていたのだろうが、杏梨はそういう目的で言っていないのは明確だった。
私はピルを飲んでいるから大丈夫とだけ口にした。
俺は覚悟を決めてそのまま杏梨の言われた通りにした。
初めて女性の中に生で入れたからなのか、それとも相手がるなだからか、今までで一番気持ち良く何とも言えない快感を覚えた。
ドクドクとるなの中に俺の精子が流れていく。
るなは上書きしてくれてありがとうと微笑みかけた。
俺はこんな弱っている彼女を見ても、皮肉なことに何故だか心が満たされていた。
そのまま俺たちは抱き合いながらいつの間にか寝てしまった。
アイドル人生の中で一番心地よく深く熟睡出来た気がした。
ふと目を覚ますと、腕の中にるなが寝ていた。
すやすやと寝息を立てている彼女の頭を優しく撫でた。
するとるなも目を覚ました。
なんだか照れくさくなりおはようと呟いた。
るなも恥ずかしくなっているのかほんのり顔を赤らめて小さくおはようと口にした。
そのまますぐに服を着て、るなは何事もなかったかのようにタクシーに乗り込んだ。
去っていく彼女を見送りながらふと寂しさを感じた。
この感情はなんなのか。一瞬考えたがそんなことを悩んでる暇はなかった。
早く遺伝子検査をしに行かなければならない。
おじさんに連絡をし、これから向かうことを伝えた。
病院に着くとおじさんはすぐに迎え入れてくれた。
青空くん、忙しいのに良く来たね。
はい、何度もすみません。
これで親子鑑定をお願いします。
できれば急いでいただけると有り難いです。
うん、分かった。
ところで青空くん、何かに巻き込まれているのかい?
おじさんは心配そうに俺の顔色を伺っている。
ごめん、おじさん。まだ言えないんだ。
ケリがついたら全部話すよ。
協力して貰ってるのに本当ごめん。
深く頭を下げるとおじさんはそんなそんな頭を上げてと慌てた。
青空くんが大丈夫ならいいんだよ。
でも誰かに頼りたくなったらすぐに言っていいんだからね。
ひとりで抱え込まずに。とおじさんは俺の肩に手を置いた。
おじさんと別れてその足でレッスンに向かった。
その日はメンバー全員で曲振りを合わせる日だった。
現場に着くと、メンバーの律がひと足先に全身鏡の前で練習をしていた。
集合時間の1時間前なのに、すごいなと感心しながらお疲れと挨拶した。
おぉ、青空。珍しく早いな!
律はメンバーの中でも唯一何でも話せる仲で、一番信頼している人物でもある。
さすがに精子売買については話していないが、何かあると相談するのは律だった。
来てそうそうなんだけどさ、と今日一日もやもやしていることを律に打ち明けることにした。
何をしてても頭から離れない人がいるんだけど、それってどうしてだと思う?
律は突拍子もない質問にぶっと吹き出して笑った。
急にどうしたんだよ青空!え、もしかして女?
いや、まあその人は女性だけど‥
律はびっくりしたように目を見開き、俺の両肩に手をのせて興奮したように揺らした。
青空、遂に、遂に青空も恋したのか!!!
今までそんな話したこともなかったのに、どこで出会ったんだよ!と脇腹をこづかれた。
まあ、出会いは追々話すとして、それって恋なの?
律はふっと笑い、青空それが恋なんだよと誇らしげに言った。
何をしてても思い出しちゃうんだろ。
好きな人だから気になるんだよ!恋愛初心者か!と突っ込まれた。
早く会いたいとか思うでしょ?
会いたいか‥。どうなんだろう。無事か確認したいのはあるけどそれって会いたいなのかな。
生存確認ってこと?なんだそれ。
ちょっと待って。それは恋じゃないかも。
律は不思議そうに俺を見つめ、もっと詳しく話して貰わないと分からないよと呆れた顔を見せた。
すると部屋の扉が開き他のメンバーたちがやってきたので、話はそこまでになってしまった。
レッスン中もずっとるなのことを考えてしまう。
あの朝の光景が何度も頭をよぎる。そしてひとり恥ずかしさが込み上げてくるのだ。
寝不足だからか、そんなことを考えているからなのか珍しくミスを連発してしまいメンバーに今日の青空どうしたと心配される始末。
律は調子の悪い俺を見てしっかりしろと口パクし肩をすくめた。
レッスンが終わり、るなに連絡をすぐに入れた。
藤田から何か連絡はきてないか、動きはなかったか心配だったからだ。
すぐにるなから電話がかかって来た。
電話の名前が表示されるだけでドキッとしてしまう。
一体自分はどうしてしまったのだろうか。
電話越しのるなは朝よりも元気そうな声だった。
疲れすぎて六時くらいまで寝ちゃってたと意外にもあっけらかんとしている。
藤田から連絡来た?と恐る恐る聞いてみた。
鈴木秘書から夕方ごろ電話がかかってきて昨日は大丈夫だったかって聞かれたけど、藤田さんのホテルの一室で寝ちゃってたって伝えた。
朝起きて藤田さんの部屋だったからびっくりしてそのまま出てきてしまいましたって伝えたら、そうだったんですね!何事もなくてよかったですって感じで言われたよ。
藤田社長には何事もなかったかのように昨日はご馳走さまでしたって伝えたし、嘘はバレてないと思う。
そっか。良かった。
なんかごめんね。その、今朝のこと。覚悟はしてたはずなのに情緒不安定みたいになっちゃって。
いいよ、そんなこと。俺こそ変なことに巻き込んじゃって本当に申し訳ないと思ってる。
暫くの沈黙の後、るなは青空のせいじゃないよ。私がしたくてやったことなんだから。と静かに答えた。
そう言ったるなに自然と思っていた言葉が漏れた。
あのさ、どうしてここまで協力してくれたの?
ずっと心に引っかかっていたことだった。
この件で協力してくれたのは感謝しているが、るなにとってはメリットがないからだ。
今まで了承してくれたことが嬉しくて深く聞けていなかったが、不思議でしょうがなかった。
るなは考えているのか暫くの沈黙の後、青空ともっと関わりたいって純粋に思ったからかなと呟いた。
ドル隊とアイドルの関係じゃなくて、協力したらもっと青空のこと知れるんじゃないかなって思ったの。
それは、青空がトップアイドルだからとかそういうことじゃなくて‥、ごめん少しはそういう気持ちもあったかもだけど、純粋に人として興味があったと言うか。
空気感と言うか、雰囲気が私と似てる気がして。
なんかふわっとした回答で申し訳ないけど。と困ったように答えた。
いやいや、全然。そんな風に思ってたんだ。
るなの表情からはそんなことを考えていたなんて思わなかったので内心驚いた。
でも本当にるなのおかげで証拠も取れたし、言葉で伝えきれないほど感謝してる。ありがとう。
電話を切って、ソファに寝転びるなから受け取ったHDの音声を聞いてみた。
それは聴くに耐えられないくらい気分の悪いものだった。
るなが無理やり藤田に犯されていると考えるだけで胸が引き裂かれそうなくらい辛かった。
一体どれほどの傷を負わせてしまったのだろう。
その日は何故かずっと胸騒ぎがしてしまい寝付けなかった。
数日後叔父さんから電話がかかってきた。
この間の遺伝子検査の結果が出たとのことだった。
ちょうど良いことにこの日はオフだったためすぐに病院に向かった。
診察室に入るとちょうどお昼休憩にしようと思ってたんだと立ち上がりせっかくだから出前を頼もうと中華を頼んでくれた。
届いた麻婆豆腐を頬張りながら、叔父さんは封筒を差し出した。
これが結果だよ。
ありがとう。叔父さん。
その場ですぐに封筒を開ける。
そこには今回の遺伝子検査で調べた二人は99%の確率で親子関係にあると記されいた。
叔父さんは顔色を変えずに一致していたみたいだね。と呟いた。
この結果は青空にとってよかったこと?それとも悪かったこと?と叔父さんは心配そうに俺の顔を覗き込んだ。
えっと、ひとまずは俺にとってよかったことです。
と応えた。
藤田と工藤さんの息子の空くんの遺伝子が一致した。
俺との子ではないということだ。
となると工藤さんが俺の精子として買ったものは実際は藤田の精子だったということだ。
証拠は揃った。後はどう動くかだ。
まずは工藤さんに話さないと。叔父さんに別れを告げすぐに工藤さんに電話をした。
そして取り急ぎまたリモートで打ち合わせをしたいことを伝え、その日の夜早速話をすることができた。
これから話すことはショックかも知れないと前置きをしつつ、あなたの息子が俺との子ではなく藤田との子だったと正直に打ち明けた。
彼女は相当なショックを受けたようで暫く頭をかかえ微動だにしなかった。
そして藤田を許せないとすごい剣幕で怒り出した。
私が一体いくら藤田に渡して、どんな気持ちで人口受精して大変な思いで出産したか。絶対に許せない。社会的に抹殺してやると怒りに震えている。
一度落ち着きましょう。
相手は芸能界の中でも権力のある人物です。手順を間違えればこちらが消される可能性もあります。
裁判に持っていくのか、警察に被害届を出すのか、それとも週刊誌にこのネタを売るのか、何が一番良いのか考えましょう。
すると、工藤がふと口にした。
週刊誌なら知り合いの編集長がいるの。その人にこのネタを売り込めば高く買ってくれると思う。
ほら、前週刊誌に出た大物MCが裏組織の人と繋がってた記事、その記事を出した出版社の人なの。
あの人だってかなり芸能界では力を持ってた人だったけど、今は干されてテレビにも一切出てこないでしょ?
それほど週刊誌は相手の人生をも左右させる力があるってことよね。
なるほど。確かに週刊誌に売るのが一番手っ取り早く藤田を陥れることが出来そうだ。
ちなみにその週刊誌と藤田は繋がってる可能性はないですかね?
もしも裏で繋がっていたとしたら、そのネタ自体潰されかねませんし。
もしくは多額のお金を払って揉み消される可能性だってありますからね。慎重にいかないと。
工藤は少し考え込み確かに、そうね。
でもその編集長とは大学からの付き合いだから信頼は出来る人なの。
一度会って話してみます。念のため青空さんのお名前は伏せておきます。
金銭的なこともありますし、一度話してみて信頼できそうでしたら青空さんにも同席していただければと。
念のため、やり取りは録音しておきますね
何から何までありがとうございます。
よろしくお願いします!
とんでもない。私の方こそここまで証拠を揃えていただいて感謝しかありません。
また日程決まったら連絡しますね!
とんとん拍子に話が進んだが、本当に上手くいくのか、気が気ではない。
相手は藤田だ。
どんな手を使ってでも目的のためなら何でもする人だ。
どうか何事もなく話が進みますように。と神頼みするしかなかった。
数日後スマホが鳴った。相手は工藤からだった。
青空さん、今少しだけお時間大丈夫ですか。
もちろんです。
昨日週刊紙の編集長と会ってきて、話しました。
簡潔に言うと記事にしたいそうです。
なるほど。そうですか。
藤田社長は別の週刊紙と繋がりがあるみたいですが、今回私が話を持ちかけた週刊紙とは一切の繋がりはないみたいですよ!
なので記事自体が潰されることはほぼ無いそうです。
それは良かった。
ですが、いくつか問題があって。まず一つが記事を出すとなると青空さんのご家族が別の週刊誌記者に張られることもあること。
そして藤田を追放することで青空さんのアイドル活動に制限がかかる可能性があること、ドル隊が世間にバレればファン離れやアイドルの概念が変わりかねないこと。
かなりこちらが非になることも背負わなければならないということも編集長が話してくれました。
どのように選択するかはこちらに任せると。
記事を出すのであれば全力でサポートしてくれるとも言ってました。
もちろん、それ相応のペイもしてくれるみたいです。
一度僕もその方にお会いしてみたいですね。
そうね。その方がいいかと思います。連絡先をお伝えしてもよろしいですか。
勿論です。よろしくお願いします。
段々と道筋が見えてきたことを嬉しく思う反面、何だか心がずっとモヤモヤとしていた。
自分は勿論、メンバーや家族にも迷惑がかかるかも知れない。そして今ドル隊として働いている子たちも被害を受けてしまうかも知れない。
この記事が世に出れば、影響を受けてしまう人が山ほどいると言うことだ。
もしかしたら、るなのこともバレてしまうかも知れない...。
その日の夜、編集長から早速電話がかかってきて、すぐに打ち合わせをしようとなった。
翌日少し緊張しながら都内のホテルへと向かった。
ホテルの一室をおさえてくれているらしい。
指定された部屋のインターホンを鳴らすと扉を開けて出てきたのは、感じの良いイケおじの雰囲気を纏う男性だった。
青空さん初めまして。東京ダイアリーと言う出版社の編集長をしています橋本といいます。お会いできて光栄です。と名刺を渡された。
こちらこそ、お時間作っていただきありがとうございます。
では早速本題に入りましょう。どうぞおかけください。
ソファに向かい合って座ると、橋本は話始めた。
大体のことは彼女から伺っています。
彼女が青空さんの精子を藤田社長から購入し、体外受精で子供を授かったこと、それが実は藤田社長の精子であったこと。
そしてその事実を青空さんは知らなかったこと。ざっくり言うとこんな感じですよね。
はい、その通りです。
後は会社の女性を狙って睡眠薬を飲ませて性行為を行い、妊娠させている方も何人かいるみたいです。
その証拠は抑えられていませんが。
なるほど。かなりその藤田社長は悪質な方ですね。
僕も勿論この業界にいるので、彼のことは知っていましたが、あまりいい噂を聞かないのも事実で。
裏社会の繋がりもあるとかないとか。
何かあればその人たちに依頼して問題を解決してきたのでしょうね。
私もこの会社に勤めて十年以上経ちますが、弊社の社長奥田は権力でやりたい放題にしている人を許せない堅気な人で。かなり真面目なんですよ。だから権力のある人にも屈しないと言いますか。
綺麗事に聞こえるかも知れませんが、僕は週刊誌で嘘偽りのない真実を発信したいと言う思いで働いてきました。
今回のお話を聞いた時、工藤と青空さん、そして被害に遭われた方達を救いたいと僕自身心の底から思いました。なので、全面的にご協力できたらと思っています。
しかしセンシティブな問題でもあるので、どこまで情報を掲載するかは細かく打ち合わせさせていただきたいなと。
後は情報提供していただいた際の報酬は、後ほど彼女もきますので、お話させていただければと思います。
記事で出して、裁判に持っていくのが一番スムーズかと思っています。
ちなみに青空さんも裁判は希望されているのですか。
僕は裁判は望んでいなくて。藤田社長に制裁を下すためにここまで色々と情報を集めてきました。
実際に僕の精子を無断で販売していて自分の知らないところで血の繋がった子供ができていたら話は別ですが。
恐らく彼の目的は優秀な相手と自分の子孫を残すことでしょう。
他にも僕以外のアイドルの名前を使って無断で精子売買してるかもしれませんが、結局はすべて藤田社長の精子だろうなと僕は読んでいます。
そうですか。確かに、自分の知らないところで血の繋がった子供が沢山いると考えたら気味が悪いですよね。と編集長はなんとも苦い顔を浮かべた。
そんな話をしているとオーナーがやってきた。
青空さん、実際にお会いするのは二回目ですよね。またお会いでして光栄です。と嬉しそうに頭を下げる。
お久しぶりです。今日は編集長の橋本さんとお引き合わせいただきありがとうございます。
お陰で有意義な話を進めることができました。
いえ、とんでもないです。
工藤と編集長は一度話をしているからか、話がスムーズに進んだ。
情報提供料として青空さん、工藤にそれぞれ二千万円お渡ししたいと考えています。
金額面ではいかがでしょうか。
まさか二千万も貰えるとは思わなかったが、オーナーは至って冷静だった。
まあ妥当ですねと真顔で答えた。これから記事作成に入らせていただきます。
完成後は必ずお二人に目を通していただき、承諾をいただいてから世に出します。
タイミングも可能な限り青空さんの仕事に影響が出ないよう、様子を見ながら進めましょう。
その他疑問点や追加の情報があればお気軽にお電話いただければと思います。
記事の完成後、お集まりいただき、承諾同意書に記入いただいてから情報提供料をお振り込みします。 振り込みは記事販売日の前日に口座へお振り込みいたします。
今の時点で何か聞いておきたいことはございますか。
どのくらいで、記事は出来上がるんですか?
そうですね。大体目安としては1ヶ月くらいですね。
この記事だけで週刊紙を出せるくらいのボリューム感ある内容なので、執筆のしがいがありそうですね。と編集長はほくそ笑みを浮かべた。
打ち合わせが終わり家に帰るとどっと疲れが襲ってきた。
わたあめがソファに横たわった自分の顔を思いっきり舐めてくる。
よしよしと撫でながら、いつの間にか寝落ちしてしまった。
