こうして祝宴は何時間も続いた。
その頃には氷河ヘラジカの解体もかなり進んでおり――もっとも立派な個体は素材へと変わっていた。
アシュレイとライラのいる場にロイドが素材を持ってやってくる。
ロイドが持ってきたのは、氷河ヘラジカのデカい角の先端部分。
ここに魔力が込められているのだ。
「……持ってきたよ」
角の先端部分だけを集めた袋を渡され、ライラが顔を綻ばせる。
「ロイドしゃん! ありがとうでしゅ!」
「他に欲しいのはあるかな」
「えーと、そうでしゅね……あとは蹄でいいのがあると嬉しいでしゅ」
「それならもうある」
「なんと! やりましゅね!」
ロイドがもう一つの大きな袋をライラのそばに置く。
中身を確認したライラが頷くと、ロイドがわずかに眉を動かした。
「……どうかしたんでしゅか」
「追い込みで少し不覚をね。大丈夫。あとでポーションを飲むから」
ロイドがライラたちに背を向ける。
氷河ヘラジカとの戦いで傷を負ったということか。
表情からは全然わからない。
でも体力回復の魔法薬であるポーションを飲むなら大丈夫かとライラは思うことにした。
「お大事に〜」
モーニャが声をかけると、ロイドは片手を上げて静かに去っていった。
アシュレイが残された袋を覗き込む。
「それをどうする気だ」
「売りましゅ」
「主様、そんなことをしなくたって……主様は王女なんですよ――もごっ!」
モーニャの口をライラが塞ぐ。幸い、近くに他の人はいなかったが。
「な、なにをするんですかっ」
「ぺらぺら喋ってはダメでしゅ、モーニャ」
「なぜだ。お前は俺の娘だ。俺がそう認めた」
はぁーっとライラが息を吐く。
「それはいいでしゅけど、他の人がそう簡単に認めるとは思えないでしゅ」
「むっ……」
さきほどからアシュレイとライラはこの親子の件について話し合っていた。
(この人が父親なのは……いいとして。問題はそれでどうするかでしゅけど)
「……王都にお前を王女として連れ帰る、それは嫌か」
「イヤじゃないでしゅ。でも、あたちは魔法薬作りはやめないでしゅよ」
魔法薬作りはもうライラのライフワークなのだ。
それがない生活は考えられない。
それくらいライラは魔法薬作りが好きなのだ。
もちろん、前世を若くして病死で終えた身として、備えておきたい面もあるが。
「今回の分け前もきちっと貰って換金するでしゅ」
「……ふむ。すぐに換金するのか」
「もちろんでしゅ。素材は放っておくと悪くなって、価値が下がりましゅからね」
「それなら俺も同行しよう」
「へっ?」
「おかしいか? 4歳の娘を一人で行かせるわけにもいくまい」
「……それはそうでしゅが」
「心配いらん。変装や気配変化の魔法やらを使えば、正体が露見することはない」
「…………」
外見的には落ち着いて見えるが、どうやっても同行するという決意に満ちている。
「どうしましょ、モーニャ」
「うーん……断っても追ってきそうですよね? それならもう、最初から居てもらったほうが」
「でしゅね。尾行されても困りましゅ」
そう決まるとアシュレイがシェリーを呼び、小声で色々と命令する。
「シェリー、ぎょっとしてましゅね」
「どこまで聞かせたのでしょう?」
「さすがにあたちのことは伏せてるはずでしゅ。この場で娘が見つかったなんて言ったら、とんでもないことになるでしゅよ」
数十分後、用意が整ったライラたちはシニエスタンの街へと向かう。
移動手段はアシュレイの飛行魔法なので、ライラは何もせずに楽ちんであった。
一面の雪原を見下しながら、郊外へと着地する。
ここからでも街の喧騒は伝わってきていた。
「相変わらず活気がありましゅねー」
「ここは北端の街だからな。魔物も討伐されたし、もっと発展していくだろう」
人混みをかき分けて、一行はシニエスタンの冒険者ギルドへ到着する。
新築の大ホールは大理石で、他の冒険者ギルドよりも遥かに巨大であった。
もう勝利の報は伝わっているらしく、慌ただしい活気で満ちている。
「封鎖令は解除だ! 各地からキャラバン呼べ!」
「氷河ヘラジカの素材が来るぞ! 近隣の鍛冶屋や薬師を確保しとけよ!」
ライラがちらりと見るとアシュレイはフードを被り、いくつもの魔法を使っていた。
気配消しの魔法や髪色を銀から青に変えたり……。
ライラの視線に気付いたアシュレイが前を向きながら咳払いする。
「……大丈夫なはずだが」
「あい、パッと見はだいじょーぶでしゅ。待っててくだしゃい」
ライラはそう言うと冒険者ギルドの買い取りカウンターへぽてぽて歩いていった。
ちょっとお腹が重いが……まずは素材を売らなければ。
「まぁ、ライラちゃん! 久し振りね。氷河ヘラジカ討伐の活躍は聞いてるわよ」
「話が早いでしゅね」
「冒険者も現場からちらほら戻ってきてるしね。で、何の用かしら」
「買い取りをお願いしましゅ!」
どんとライラがバックパックから氷河ヘラジカの素材袋を取りだす。
角の先端部分と蹄のいいところの詰め合わせだ。
「これはっ! まさかさきほど討伐されたばかりの……?」
「そうでしゅ、氷河ヘラジカのイイ部分だけでしゅよ!」
「承知しました! 査定が終わるまで、少々お待ち下さい!」
ライラがやり取りを終え、ベンチに座るアシュレイの元へ戻ろうとして。
ふよふよ浮かぶモーニャがこしょこしょとライラに囁いた。
「どこから見ても冒険者じゃないですよ」
「姿勢が良すぎでしゅもんね」
服も変えているが、高貴なオーラは隠せてない。
貴族の御曹司がお忍びで来ていると全身が主張していた。
そんなアシュレイに女性冒険者のパーティーが近寄っていく。
「……あ」
見目麗しい女性陣に囲まれ……アシュレイは困惑していた。
娘の引率で来ただけなのに。
当然、アシュレイも女性のかわし方は心得ている。
しかし娘のテリトリーたる冒険者ギルドでどうすれば良いのか?
まさか、こんなことになるとは……。
ライラは少し離れたところからアシュレイを観察していた。
「助けに行かないんですか?」
「ちょっと面白いかもでしゅ」
その頃には氷河ヘラジカの解体もかなり進んでおり――もっとも立派な個体は素材へと変わっていた。
アシュレイとライラのいる場にロイドが素材を持ってやってくる。
ロイドが持ってきたのは、氷河ヘラジカのデカい角の先端部分。
ここに魔力が込められているのだ。
「……持ってきたよ」
角の先端部分だけを集めた袋を渡され、ライラが顔を綻ばせる。
「ロイドしゃん! ありがとうでしゅ!」
「他に欲しいのはあるかな」
「えーと、そうでしゅね……あとは蹄でいいのがあると嬉しいでしゅ」
「それならもうある」
「なんと! やりましゅね!」
ロイドがもう一つの大きな袋をライラのそばに置く。
中身を確認したライラが頷くと、ロイドがわずかに眉を動かした。
「……どうかしたんでしゅか」
「追い込みで少し不覚をね。大丈夫。あとでポーションを飲むから」
ロイドがライラたちに背を向ける。
氷河ヘラジカとの戦いで傷を負ったということか。
表情からは全然わからない。
でも体力回復の魔法薬であるポーションを飲むなら大丈夫かとライラは思うことにした。
「お大事に〜」
モーニャが声をかけると、ロイドは片手を上げて静かに去っていった。
アシュレイが残された袋を覗き込む。
「それをどうする気だ」
「売りましゅ」
「主様、そんなことをしなくたって……主様は王女なんですよ――もごっ!」
モーニャの口をライラが塞ぐ。幸い、近くに他の人はいなかったが。
「な、なにをするんですかっ」
「ぺらぺら喋ってはダメでしゅ、モーニャ」
「なぜだ。お前は俺の娘だ。俺がそう認めた」
はぁーっとライラが息を吐く。
「それはいいでしゅけど、他の人がそう簡単に認めるとは思えないでしゅ」
「むっ……」
さきほどからアシュレイとライラはこの親子の件について話し合っていた。
(この人が父親なのは……いいとして。問題はそれでどうするかでしゅけど)
「……王都にお前を王女として連れ帰る、それは嫌か」
「イヤじゃないでしゅ。でも、あたちは魔法薬作りはやめないでしゅよ」
魔法薬作りはもうライラのライフワークなのだ。
それがない生活は考えられない。
それくらいライラは魔法薬作りが好きなのだ。
もちろん、前世を若くして病死で終えた身として、備えておきたい面もあるが。
「今回の分け前もきちっと貰って換金するでしゅ」
「……ふむ。すぐに換金するのか」
「もちろんでしゅ。素材は放っておくと悪くなって、価値が下がりましゅからね」
「それなら俺も同行しよう」
「へっ?」
「おかしいか? 4歳の娘を一人で行かせるわけにもいくまい」
「……それはそうでしゅが」
「心配いらん。変装や気配変化の魔法やらを使えば、正体が露見することはない」
「…………」
外見的には落ち着いて見えるが、どうやっても同行するという決意に満ちている。
「どうしましょ、モーニャ」
「うーん……断っても追ってきそうですよね? それならもう、最初から居てもらったほうが」
「でしゅね。尾行されても困りましゅ」
そう決まるとアシュレイがシェリーを呼び、小声で色々と命令する。
「シェリー、ぎょっとしてましゅね」
「どこまで聞かせたのでしょう?」
「さすがにあたちのことは伏せてるはずでしゅ。この場で娘が見つかったなんて言ったら、とんでもないことになるでしゅよ」
数十分後、用意が整ったライラたちはシニエスタンの街へと向かう。
移動手段はアシュレイの飛行魔法なので、ライラは何もせずに楽ちんであった。
一面の雪原を見下しながら、郊外へと着地する。
ここからでも街の喧騒は伝わってきていた。
「相変わらず活気がありましゅねー」
「ここは北端の街だからな。魔物も討伐されたし、もっと発展していくだろう」
人混みをかき分けて、一行はシニエスタンの冒険者ギルドへ到着する。
新築の大ホールは大理石で、他の冒険者ギルドよりも遥かに巨大であった。
もう勝利の報は伝わっているらしく、慌ただしい活気で満ちている。
「封鎖令は解除だ! 各地からキャラバン呼べ!」
「氷河ヘラジカの素材が来るぞ! 近隣の鍛冶屋や薬師を確保しとけよ!」
ライラがちらりと見るとアシュレイはフードを被り、いくつもの魔法を使っていた。
気配消しの魔法や髪色を銀から青に変えたり……。
ライラの視線に気付いたアシュレイが前を向きながら咳払いする。
「……大丈夫なはずだが」
「あい、パッと見はだいじょーぶでしゅ。待っててくだしゃい」
ライラはそう言うと冒険者ギルドの買い取りカウンターへぽてぽて歩いていった。
ちょっとお腹が重いが……まずは素材を売らなければ。
「まぁ、ライラちゃん! 久し振りね。氷河ヘラジカ討伐の活躍は聞いてるわよ」
「話が早いでしゅね」
「冒険者も現場からちらほら戻ってきてるしね。で、何の用かしら」
「買い取りをお願いしましゅ!」
どんとライラがバックパックから氷河ヘラジカの素材袋を取りだす。
角の先端部分と蹄のいいところの詰め合わせだ。
「これはっ! まさかさきほど討伐されたばかりの……?」
「そうでしゅ、氷河ヘラジカのイイ部分だけでしゅよ!」
「承知しました! 査定が終わるまで、少々お待ち下さい!」
ライラがやり取りを終え、ベンチに座るアシュレイの元へ戻ろうとして。
ふよふよ浮かぶモーニャがこしょこしょとライラに囁いた。
「どこから見ても冒険者じゃないですよ」
「姿勢が良すぎでしゅもんね」
服も変えているが、高貴なオーラは隠せてない。
貴族の御曹司がお忍びで来ていると全身が主張していた。
そんなアシュレイに女性冒険者のパーティーが近寄っていく。
「……あ」
見目麗しい女性陣に囲まれ……アシュレイは困惑していた。
娘の引率で来ただけなのに。
当然、アシュレイも女性のかわし方は心得ている。
しかし娘のテリトリーたる冒険者ギルドでどうすれば良いのか?
まさか、こんなことになるとは……。
ライラは少し離れたところからアシュレイを観察していた。
「助けに行かないんですか?」
「ちょっと面白いかもでしゅ」
