「そうでしゅよね!」
「陛下、大丈夫なので……?」
「まず絶品といっていい。驚いた。宮廷料理に勝るとも劣らない」

 アシュレイの評価に触発され、兵と冒険者がおそるおそるナイフを動かす。
 次に食べたのはロイドとシェリーだった。

「……うまいな」
「わぁ、思っていた以上の味ですねっ! とってもジューシー!」
「ふっふーん、どうでしゅか」
「恐れ入った。しかしよく、魔物の肉を食べようと思ったな」
「むしろ食べようとしないのが不思議でしゅ」
「……やはり変わった子だ」

 話しながらもアシュレイは止まることなく食べ続けている。
 他の人も段々と食べ始め――。

「う、うめぇ! 魔物の肉ってこんなにうまかったのか!?」
「こんな上等の肉、食べたことない!」

 味に魅了された人達がガツガツとステーキを食べまくる。
 お腹を膨らませたモーニャが風魔法を振るい、さらにステーキを切り分けた。

「はいはーい。おかわりはありますよー。欲しいひとー?」
「こっちにくれー!」
「俺も俺も! これならまだまだ食べられる!」
「大好評でしゅねー」

 どこからか酒やおつまみも出てきて、歌い出す人まで現れる。
 ステーキ食事会は宴会に変わっていった。

 戦いが終わり、肉があればどこでもそうなるだろう……これが祝宴だ。

 ライラはとりあえずアシュレイの隣で肉を食べまくっていた。
 もちろん秘伝の自作焼き肉タレをかけながら。すーっと身体に味が入ってくる。

「よく食べるな」
「育ち盛りでしゅので」
「ふむ……何歳だったか?」
「よんしゃいです!」
「4歳は育ち盛りというのか……?」

 首を傾げたアシュレイがじぃっとライラを見つめる。
 その瞳の奥はライラには読めなかった。

 しかし不思議と不快感はない。なぜだろうか、隣で食事をしていても負担に感じなかった。

 一介の冒険者と国王。身分は隔絶しているのに、居心地がいい。
 これはモーニャ以外には感じたことのないことだ。

(……どうしてでしゅかね)

 アシュレイがフォークを置く。

「立ち入ったことかもしれんが、親はどうしているんだ?」
「いましぇん。記憶もないでしゅ」
「……そうか。気を悪くしてしまったな」
「いいんでしゅ」

 その点について、ライラは本当に気にしていなかった。

 転生者でもある自分は、生まれた時から人とは違う。
 親がいないのは前世から慣れているし。

「だとしたら、そのライラという名前は――自分で名付けたのか? いい名前だな」
「違いましゅよ。これだけがあったんでしゅ」

 ライラはモーニャに目配せした。
 モーニャが雪原の上のバックパックから、一枚の布切れを取り出す。

 森に置き去りにされたライラ。
 唯一、そうなった経緯の手掛かりが名前の刺繍された布切れだ。
 これだけはいつどこでも持ち歩くようにしていた。

「……これは」
「あたし、生まれた時から森にいたんでしゅ。なぜだかは知らないでしゅけど。で、これだけが身体に巻き付いてて……へ?」

 アシュレイが布を凝視している。普通でないほどに。

「ど、どうしたんでしゅか?」

 布を見つめていたアシュレイがささやく。
 雪に溶けそうなほど、小さな声で。

「俺にも娘がいた」
「はい?」
「魔物の群れが妻と産まれたばかりの子の療養所を襲い、ふたりとも死んだ」

 ライラは戸惑った。何の話をしているか、さっぱりわからない。
 声の調子は変わらず、恐るべきクールさだった。

「……この布は妻の刺繍だ。間違いない」
「ええ〜〜っ!?」
「そ、それってどういうことですかぁ!?」

 ライラとモーニャがひっくり返らんばかりに大声を出した。

「この布と共にあった、ということは……お前は俺の娘だ」
「ひぇぇー!! ど、どーしましょう!! どーしましょったら、どーしましょう!」

 モーニャが慌てふためきながら右往左往する。

「……落ち着きなしゃい」

 ぺしっとライラがモーニャにチョップをかます。

「あたちより騒いでどーするんでしゅか」
「主様、冷静ですね!?」
「驚いてましゅよ。でも考えてなかったわけじゃないでしゅ」

 冒険者をしていれば、いつか家族に会えるかもとは思っていた。
 両親でなくとも祖父母や叔父叔母とか。

 自分がここにいるということは、どこかで自分を産んだ相手がいるということ。
 その痕跡が全く消えてしまうとは思ってなかった。

「4年でしゅからね。そんなに昔のことじゃないでしゅ」
「むむっ、さすが主様! クールでクレバー!」
「……ああ、そうだな」
「でもホントなんでしゅか? うっかり間違いじゃすまないでしゅよ」
「俺の妻、サーシャはこのヴェネト王国で珍しい黒髪だった。それに魔力の素質は遺伝する。俺とサーシャの子ならば、この桁違いの魔力も頷ける」

 黒髪、確かに珍しいとは思っていた。
 少なくともヴェネト王国では自分の他に見たことがない。

 妻の刺繍と黒髪。それに魔力。
 ライラにも他に親の心当たりがあるわけではなかった。

「へぇー、じゃあ決まりですねぇ!」
「そうでしゅね……」

 ごくりと息を呑む。状況証拠は揃っていた。
 今日はなんという日だろうか。

 軽い気持ちで魔物退治に来たはずなのに、まさか父親と再会するなんて。
 しかもその父親は、この国の王様だったのだ。

(で、どうしまひょう)

 アシュレイもライラも、感動の親子の再会という感じではない。
 身体は幼くてもライラの心は大人で、アシュレイもこーいう人間なのだ。

 会話が途切れ、なんとはなく気まずい沈黙が流れる。
 ライラも次に何を言ったら良いか、わからなかった。その流れを変えたのはアシュレイからだ。

「ところで、その黒いソースだが気になってしょうがない」
「……あい?」
「とてもいい匂いだ。分けてくれないか」

 不器用にもほどがある。これが親子の対話だろうか。でも仕方ない。

「いいでしゅよ」
「食べたら飛んじゃいますよぉ!」
「ほう、楽しみだ」

 アシュレイのステーキに、お手製焼き肉タレをかけるライラ。
 やれやれ、もっと違う会話の切り出し方があるだろうに――と思いながらも悪い気はしないライラであった。