その後、ボルファヌ大公の陰謀はすぐに明らかとなった。
彼の屋敷にたんまりと証拠が残されていたからだ。
誘魔の薬を製造してばら撒いていたのがボルファヌ大公だと確定し、ヴェネト王国は驚天動地の驚きに包まれる。
そしてアシュレイはこれらの流れを引き寄せ、門閥貴族との対立を優位に進めていった。
もちろんライラの魔法薬とバルダーク侯爵もその優位に一役買って。
門閥貴族の中核であったボルファヌ大公派は壊滅していった。
「……ということになったらしーでしゅね」
後日、ライラの工房にて。
ライラは聞いた話をそのままモーニャへ伝える。
モーニャはその話を聞きながら、ぽりぽりとビーフジャーキーをかじっていた。
「へぇー……もぐもぐ……」
「生返事でしゅねー」
「だって、聞いてもちんぷんかんぷんですもんー」
モーニャが自分のふわふわヘッドを両腕でもみもみする。
「まぁ、それはそうでしゅ。それよりも問題は……」
ライラがちらりと棚を見る。
この工房ができて、数か月経っただろうか。
工房は今や、かなりの過密状態になっていた。
本も素材も棚を圧迫し、パンク寸前になっている。
「前は適度に売ってましたけど、今は増える一方ですもんね」
「本もドカドカ増えちゃいましゅた」
ちまちまと悪戦苦闘しながら調合するシェリーがふむふむと頷く。
「陛下に嘆願なさっては?」
「うーん……まだ少しは入るでしゅ」
珍しく歯切れの悪いライラ。
モーニャがふわっと飛び上がり、シェリーのそばに着地する。
「とーさまは大変そうだから、さすがに言い出せないんですよ」
「はぁ……まぁ、ライラちゃんが頼むと最優先にしそうな気はしますけれど」
傍若無人なライラも政治闘争より自分の棚を優先しろとは言えない。
そもそもこの工房も政治闘争の一環であったはずで……それを優先してしまっては本末転倒だ。
さらにアシュレイが工房にいる時間も以前より明らかに減っていた。
今が大切な時期なので仕方ないが。
アシュレイの地位はすなわち、未来のライラの地位でもある。
それをアレコレ言うほどライラの精神年齢は幼くない。
「……困らせたくはないんでしゅよね。まー、時期を見計らいましゅ」
「うぅ、ライラちゃん……」
健気なライラの姿にシェリーが感涙している。
しかし話題をすればなんとやら。
アシュレイが突然、側近を引き連れて工房を訪れた。
「おはよーでしゅ、とーさま!」
「ああ、おはよう。……ふむ、元気か?」
「あたちは元気でしゅよ。とーさまは――疲れてましゅね」
普段通りを装っているが、ライラにはアシュレイの疲労度が分かった。
「疲労度70%って感じでしゅ」
「なんだその指標は……。だが、当たりだ」
アシュレイは本当にそこそこ疲れているらしい。
「ロイドしゃんは一緒じゃないでしゅね」
「彼は今、紅竜王国に戻って公務中だ。今週末には戻ってきて、しばらくここにいられるようだが」
「なるほどでしゅ」
ロイドの手を借りて集めたい素材があるのたが、そう待たなくても済みそうだ。
またあの竜の背に載せてくれれば、高山の頂にあるあんな素材も深い谷底にあるあんな素材も……簡単にゲットできそうな気がする。
「ふぅ……」
工房の所定位置にアシュレイが座り、息を吐く。
ライラがとことことそのそばに寄っていき――アシュレイの手をもみもみした。
「……何かあったのか」
「なんでもないでしゅ。お疲れのとーさまをちょっとだけ癒してましゅ」
モーニャがライラとは反対側の手の近くに飛び、アシュレイの手をもみもみする。
「じゃあ、反対側の手はあたしがやりますぅ」
「あ、ああ……」
珍しいこともあるものだ。
やや戸惑いながらもアシュレイはその好意を素直に受け取ることにした。
「ありがとう」
「あい、適度なろーどーは必要でしゅけど、無理はしないでくだしゃいね」
「4歳児の言葉とは思えん」
されるがままのアシュレイが工房を見渡す。
「落ち着いて見てみると、少々手狭になってきたな」
「まぁ、しょうがないでしゅ」
「この際だ、専用の離宮でも建てるか」
「いいんでしゅか!?」
ライラが猛烈に食いつく。
おねだりするのは気が引けるが、建ててくれるというのなら全力で乗る所存だった。
「この工房の生み出す利益を考えれば、安いものだ。国民も納得しよう」
「おおー! 太っ腹ですねぇ」
「うむ。そこそこ広い用地を取り、量産体制も整えたい。書架も増やすべきだろうな」
「いいでしゅね!」
ライラがにこっと笑う。
「設計図ができたら、ぜひ見せてくだしゃい!」
「もちろんだ。というより、設計段階から入ってもらったほうが良さそうだが……」
アシュレイの提案にモーニャがふもふもと自分の顔を揉む。
「じゃあ、あれですねぇー……ひろーいお風呂とか……」
「そうでしゅね、おっきい浄水施設があったら……素材もどひゃーってたっくさん洗えましゅでしゅ!」
「あとは新鮮な果物が食べられる果樹園とかー……」
「おおっ! 栽培もしたいでしゅね! 光苔とか、天然モノしかないなんて不便でしゅ!」
ふたりの言葉にシェリーがツッコむ。
「同じようで全然方向性が違うような……」
「ふっ、それもまたいいじゃないか。とりあえず離宮は早急に作らせよう」
ということでライラの新しい工房、もとい離宮を王都の中に建設することが決まった。
季節はそろそろ春になる。
窓の外の雪も溶けかけていた……新しいことを始めるにはぴったりだろう。
「で、それとは別件で隣のフェルスター王国からこんな依頼があってな」
ライラが調合の手を止めて、アシュレイの渡してきた紙を見やる。
『ヴェネト王国殿。フェルスター王国では現在、水質汚染に苦しんでいます。貴国の素晴らしい魔法薬の御力を借りて、この難題を解決してはもらえないでしょうか』
「フェルスター王国って海沿いにある国でしゅよね」
「ああ、ヴェネト王国とも長年友好関係にある国だ。どうだ、助けてもらえないか?」
アシュレイに問われ、ライラが腕を振り上げてどーんと胸を張る。
「あい! 魔法薬のことなら、あたちに任せてくださゃいな!」
こうしてライラのどたばたとした日常は、まだまだ続くのであった。
♢
ここまでお読みいただき、ありがとうございました!
これにて第1部完結となります!
また、本作に書き下ろしを加えた書籍版が本日より発売されます……!!
楽しいと思ってもらえました方は、ぜひともお買い上げ頂ければ幸いですーー!!
彼の屋敷にたんまりと証拠が残されていたからだ。
誘魔の薬を製造してばら撒いていたのがボルファヌ大公だと確定し、ヴェネト王国は驚天動地の驚きに包まれる。
そしてアシュレイはこれらの流れを引き寄せ、門閥貴族との対立を優位に進めていった。
もちろんライラの魔法薬とバルダーク侯爵もその優位に一役買って。
門閥貴族の中核であったボルファヌ大公派は壊滅していった。
「……ということになったらしーでしゅね」
後日、ライラの工房にて。
ライラは聞いた話をそのままモーニャへ伝える。
モーニャはその話を聞きながら、ぽりぽりとビーフジャーキーをかじっていた。
「へぇー……もぐもぐ……」
「生返事でしゅねー」
「だって、聞いてもちんぷんかんぷんですもんー」
モーニャが自分のふわふわヘッドを両腕でもみもみする。
「まぁ、それはそうでしゅ。それよりも問題は……」
ライラがちらりと棚を見る。
この工房ができて、数か月経っただろうか。
工房は今や、かなりの過密状態になっていた。
本も素材も棚を圧迫し、パンク寸前になっている。
「前は適度に売ってましたけど、今は増える一方ですもんね」
「本もドカドカ増えちゃいましゅた」
ちまちまと悪戦苦闘しながら調合するシェリーがふむふむと頷く。
「陛下に嘆願なさっては?」
「うーん……まだ少しは入るでしゅ」
珍しく歯切れの悪いライラ。
モーニャがふわっと飛び上がり、シェリーのそばに着地する。
「とーさまは大変そうだから、さすがに言い出せないんですよ」
「はぁ……まぁ、ライラちゃんが頼むと最優先にしそうな気はしますけれど」
傍若無人なライラも政治闘争より自分の棚を優先しろとは言えない。
そもそもこの工房も政治闘争の一環であったはずで……それを優先してしまっては本末転倒だ。
さらにアシュレイが工房にいる時間も以前より明らかに減っていた。
今が大切な時期なので仕方ないが。
アシュレイの地位はすなわち、未来のライラの地位でもある。
それをアレコレ言うほどライラの精神年齢は幼くない。
「……困らせたくはないんでしゅよね。まー、時期を見計らいましゅ」
「うぅ、ライラちゃん……」
健気なライラの姿にシェリーが感涙している。
しかし話題をすればなんとやら。
アシュレイが突然、側近を引き連れて工房を訪れた。
「おはよーでしゅ、とーさま!」
「ああ、おはよう。……ふむ、元気か?」
「あたちは元気でしゅよ。とーさまは――疲れてましゅね」
普段通りを装っているが、ライラにはアシュレイの疲労度が分かった。
「疲労度70%って感じでしゅ」
「なんだその指標は……。だが、当たりだ」
アシュレイは本当にそこそこ疲れているらしい。
「ロイドしゃんは一緒じゃないでしゅね」
「彼は今、紅竜王国に戻って公務中だ。今週末には戻ってきて、しばらくここにいられるようだが」
「なるほどでしゅ」
ロイドの手を借りて集めたい素材があるのたが、そう待たなくても済みそうだ。
またあの竜の背に載せてくれれば、高山の頂にあるあんな素材も深い谷底にあるあんな素材も……簡単にゲットできそうな気がする。
「ふぅ……」
工房の所定位置にアシュレイが座り、息を吐く。
ライラがとことことそのそばに寄っていき――アシュレイの手をもみもみした。
「……何かあったのか」
「なんでもないでしゅ。お疲れのとーさまをちょっとだけ癒してましゅ」
モーニャがライラとは反対側の手の近くに飛び、アシュレイの手をもみもみする。
「じゃあ、反対側の手はあたしがやりますぅ」
「あ、ああ……」
珍しいこともあるものだ。
やや戸惑いながらもアシュレイはその好意を素直に受け取ることにした。
「ありがとう」
「あい、適度なろーどーは必要でしゅけど、無理はしないでくだしゃいね」
「4歳児の言葉とは思えん」
されるがままのアシュレイが工房を見渡す。
「落ち着いて見てみると、少々手狭になってきたな」
「まぁ、しょうがないでしゅ」
「この際だ、専用の離宮でも建てるか」
「いいんでしゅか!?」
ライラが猛烈に食いつく。
おねだりするのは気が引けるが、建ててくれるというのなら全力で乗る所存だった。
「この工房の生み出す利益を考えれば、安いものだ。国民も納得しよう」
「おおー! 太っ腹ですねぇ」
「うむ。そこそこ広い用地を取り、量産体制も整えたい。書架も増やすべきだろうな」
「いいでしゅね!」
ライラがにこっと笑う。
「設計図ができたら、ぜひ見せてくだしゃい!」
「もちろんだ。というより、設計段階から入ってもらったほうが良さそうだが……」
アシュレイの提案にモーニャがふもふもと自分の顔を揉む。
「じゃあ、あれですねぇー……ひろーいお風呂とか……」
「そうでしゅね、おっきい浄水施設があったら……素材もどひゃーってたっくさん洗えましゅでしゅ!」
「あとは新鮮な果物が食べられる果樹園とかー……」
「おおっ! 栽培もしたいでしゅね! 光苔とか、天然モノしかないなんて不便でしゅ!」
ふたりの言葉にシェリーがツッコむ。
「同じようで全然方向性が違うような……」
「ふっ、それもまたいいじゃないか。とりあえず離宮は早急に作らせよう」
ということでライラの新しい工房、もとい離宮を王都の中に建設することが決まった。
季節はそろそろ春になる。
窓の外の雪も溶けかけていた……新しいことを始めるにはぴったりだろう。
「で、それとは別件で隣のフェルスター王国からこんな依頼があってな」
ライラが調合の手を止めて、アシュレイの渡してきた紙を見やる。
『ヴェネト王国殿。フェルスター王国では現在、水質汚染に苦しんでいます。貴国の素晴らしい魔法薬の御力を借りて、この難題を解決してはもらえないでしょうか』
「フェルスター王国って海沿いにある国でしゅよね」
「ああ、ヴェネト王国とも長年友好関係にある国だ。どうだ、助けてもらえないか?」
アシュレイに問われ、ライラが腕を振り上げてどーんと胸を張る。
「あい! 魔法薬のことなら、あたちに任せてくださゃいな!」
こうしてライラのどたばたとした日常は、まだまだ続くのであった。
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ここまでお読みいただき、ありがとうございました!
これにて第1部完結となります!
また、本作に書き下ろしを加えた書籍版が本日より発売されます……!!
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