群れの中央にライラたちが飛ぶ。
眼下は怒れるレッドバッファローで埋め尽くされていた。
どこが群れの中央なのか……ということだが、竜であるロイドの視力は的確に中心を探り当てていた。
数分後、見渡す限りのレッドバッファローの中でロイドが首を巡らす。
「ここが中心部だ」
「よし……背に乗るぞ」
空を飛んでいたアシュレイがホバリングするロイドの背に着地し、魔力を手に集める。
同時にアシュレイの静かなる詠唱が始まった。
「遥か遠き雲の精霊、天にあまねく大いなる恵みの業よ――」
手に集められた魔力が強烈な青色を発する。
それは純粋な水のようで。
「渇く者に無上の慈悲を。乾く大地に至上の慈愛を――」
雲ひとつない晴天に魔力の波動が伸びていく。
ピリピリとした凄まじい魔力を背に感じながら、ライラはバッグパックから瓶を取り出していた。
「我は請い、願う。いざ太陽を覆い、涙よ形となれ」
青の魔力がライラたちのいる高さに広がり続ける。
それは水面の波紋のようで。
輪のように連なるアシュレイの魔力に大気が反応し、湿っぽくなる。
「粒よ、降れ」
アシュレイの魔力がぱぁっと空へ弾けた。同時にあるはずのない雲が形成される。
雲ができて雨が降りそうになってもアシュレイは詠唱の態勢を解かない。
恐ろしいほどの魔力がアシュレイの身体から空へと拡散し続けている。
異常な量の魔力放出に、不安になったモーニャがライラに確認してきた。
「もしかして、ずっとこのままなんです?」
「雨を降らせてる限りは、多分そうでしゅね。 モーニャ、手早くやらないとダメでしゅよ!」
「ア、アイアイサー!!」
雲がより濃く、黒くなってくる。
雪原のレッドバッファローの何体が上空に目を向けるが――邪魔されることはない。
ロイドが空に角を向ける。
「くるよ」
ロイドの言葉とともに。黒雲から水滴がぽつりと落ちた。
雨が降り始めてくる。ロイドが高度を上げ、雲へと突っ込む。
「いきましゅよ、モーニャ!」
「はーい!」
ライラが両手に純緑の瓶を構える。
麻痺毒の瓶は二本。それらを受け取ったモーニャが空へと舞い上がった。
雨は降り続け、勢いが増していく。
雨粒が段々大きくなり、小雨から豪雨へと変わる。
「いっきますよー!!」
モーニャが上空で小瓶をすいすいっと放り投げ、爪を振るう。
ぱりんっ!
二本の瓶が割れ、緑の雲が広がった。
任務をこなしたモーニャがロイドの背にさっと戻ってくる。
「任務かんりょーですぅ!」
「ロイドしゃん! 離れてくだしゃい!」
ロイドが翼をはためかせ、毒から急速離脱した。
緑色の雲が黒天に溶け込み、雨へと移る。
麻痺毒が水に溶け込むのが魔力の具合からもわかった。
「成功でしゅ!」
自然にはありえない緑の雨が広がり、レッドバッファローを打つ。
雨は魔物の体皮を透過し、その内部を麻痺させていく。
もちろんレッドバッファローに緑の雨が毒だということは分からない。
脚に力が入らなくなり地面に崩れ、怒りも霧散するという事実だけが残る。
「グ、グモ……!?」
「グモォォ……!」
上手く麻痺毒が群れへと浸透していく。
群れの勢いが雨に降られた部分から削がれていった。
「やりました! 効果出てますぅ!」
「……良かったでしゅね」
しかし豪雨が広範囲で続かないと麻痺毒も機能しない。
アシュレイはまだロイドの背で精神を集中させ、魔力を放ち続けている。
(こんなに魔力を……だいじょーぶでしゅ?)
雨はさらに強く、毒を孕んで降り続ける。
レッドバッファローの群れの足元が濡れ、緑色の水が雪原を染めていく。
魔物の勢いが中央で鈍ると、視覚のよく効くロイドが言った。
「ヴェネトの兵が反撃を始めたね」
ライラがアシュレイから壁に目を移すと、ヴェネト軍の攻勢がよく見えた。
一斉に火炎や竜巻の魔術が放たれ、群れの先頭を攻めている。
「あたちもやるでしゅ……! 群れの前をぐっーと横一直線に横切ってくだしゃい!」
ライラとモーニャが爆裂薬を構える。
ロイドがライラの指示通り飛ぶ、その瞬間。
「えーい!」
「ほいほーい!」
ふたりはどんどん爆裂薬を下へと投げていく。
狙いは壁に近いレッドバッファローだ。
ぽんぽんぽんと爆裂薬が落下し、派手に爆裂する。
「グモーー!?」
高速で空を飛ぶロイドからの魔法薬攻撃は、さながら爆撃のようであった。
赤き爆発がロイドの飛んだ跡に連続して巻き起こり、レッドバッファローを吹き飛ばす。
「僕も……!」
飛ぶことに専念していたロイドも大口を開け、猛火を群れへと叩きつける。
ドラゴンっぽい攻撃にモーニャが驚く。
「そんなのできたんですかっ!?」
「……さすがにそんなには吹けないよ」
ロイドのブレス攻撃に合わせて、ふたりはどんどん魔法薬を投下していく。
「くっ……」
雨はまだ群れの中央で降っている。
視界の奥でレッドバッファローが倒れ、緑の毒が広範囲にまで広がっているのが見えた。
「とりあえず! 魔物の固まっているところに投げるでしゅよ!」
「はーい!」
数々の爆風と爆発。
ライラの手持ちの魔法薬が尽きてきた1時間後、群れの勢いは見る影もなく弱まった。
雪原には大量のレッドバッファローの死体と数え切れないほどのクレーター。
そしてヴェネト軍の作った何重もの壁が構築されている。
群れは壁を突破しようとするが、次の壁に阻まれて進めない。
さらには北から冒険者の一団もやってきていた。
「ここからは俺たちに任せろぉ!」
「王都は俺たちの街だー!」
どうやら知らせを受けた義勇兵も混じっているらしい。
魔物も減って、援軍を得て。明らかに兵の士気が上がっていた。
ヴェネト軍のほうが遥かに優勢だ。
その様子は空からでもしっかり見える。
「危機は脱したようだね」
「ふぃー……なんとかでしゅ」
回復薬の類もほとんど地上へ回し、ライラのバッグパックはほぼ空になっていた。
こんなにバッグパックが軽くなるのは初めてだ。
でもやりきった。
問題は――。
「だいじょーぶでしゅか」
「……ああ」
すでに雨は止んで、黒雲が風に散らされようとしている。
アシュレイの魔術も終わり、彼自身はぐったりとロイドの背で息を整えていた。
顔は青白く、手先が震えている。魔力が急激に失われた時に起こるショック症状だった。
「無茶しちゃダメでしゅよ!」
「エリクサーの類を持っているんだろう?」
「もちろんありましゅけど、魔力の補充には限界がありましゅ! 効くまでに死んじゃったら意味ないでしゅ!」
「ふっ、そうだな……」
アシュレイが生気のない顔で頷く。
こんなアシュレイをライラは見たことがなかった。
「お前がいるから、無茶をしても大丈夫だと思った」
「……もう! とーさまったら!」
ライラもなぜこんなに言うのか、自分でもわからない。
もしかしたら、こんな遠慮のない言葉の関係が家族なのかも……絆なのかもしれない。
「まぁまぁ……とりあえず体調を整えたら下に降りません? まだ戦いは終わってないですし」
ふよふよ浮かぶモーニャにアシュレイが微笑む。
「そのことなんだが――俺の策もまだ終わっていない」
眼下は怒れるレッドバッファローで埋め尽くされていた。
どこが群れの中央なのか……ということだが、竜であるロイドの視力は的確に中心を探り当てていた。
数分後、見渡す限りのレッドバッファローの中でロイドが首を巡らす。
「ここが中心部だ」
「よし……背に乗るぞ」
空を飛んでいたアシュレイがホバリングするロイドの背に着地し、魔力を手に集める。
同時にアシュレイの静かなる詠唱が始まった。
「遥か遠き雲の精霊、天にあまねく大いなる恵みの業よ――」
手に集められた魔力が強烈な青色を発する。
それは純粋な水のようで。
「渇く者に無上の慈悲を。乾く大地に至上の慈愛を――」
雲ひとつない晴天に魔力の波動が伸びていく。
ピリピリとした凄まじい魔力を背に感じながら、ライラはバッグパックから瓶を取り出していた。
「我は請い、願う。いざ太陽を覆い、涙よ形となれ」
青の魔力がライラたちのいる高さに広がり続ける。
それは水面の波紋のようで。
輪のように連なるアシュレイの魔力に大気が反応し、湿っぽくなる。
「粒よ、降れ」
アシュレイの魔力がぱぁっと空へ弾けた。同時にあるはずのない雲が形成される。
雲ができて雨が降りそうになってもアシュレイは詠唱の態勢を解かない。
恐ろしいほどの魔力がアシュレイの身体から空へと拡散し続けている。
異常な量の魔力放出に、不安になったモーニャがライラに確認してきた。
「もしかして、ずっとこのままなんです?」
「雨を降らせてる限りは、多分そうでしゅね。 モーニャ、手早くやらないとダメでしゅよ!」
「ア、アイアイサー!!」
雲がより濃く、黒くなってくる。
雪原のレッドバッファローの何体が上空に目を向けるが――邪魔されることはない。
ロイドが空に角を向ける。
「くるよ」
ロイドの言葉とともに。黒雲から水滴がぽつりと落ちた。
雨が降り始めてくる。ロイドが高度を上げ、雲へと突っ込む。
「いきましゅよ、モーニャ!」
「はーい!」
ライラが両手に純緑の瓶を構える。
麻痺毒の瓶は二本。それらを受け取ったモーニャが空へと舞い上がった。
雨は降り続け、勢いが増していく。
雨粒が段々大きくなり、小雨から豪雨へと変わる。
「いっきますよー!!」
モーニャが上空で小瓶をすいすいっと放り投げ、爪を振るう。
ぱりんっ!
二本の瓶が割れ、緑の雲が広がった。
任務をこなしたモーニャがロイドの背にさっと戻ってくる。
「任務かんりょーですぅ!」
「ロイドしゃん! 離れてくだしゃい!」
ロイドが翼をはためかせ、毒から急速離脱した。
緑色の雲が黒天に溶け込み、雨へと移る。
麻痺毒が水に溶け込むのが魔力の具合からもわかった。
「成功でしゅ!」
自然にはありえない緑の雨が広がり、レッドバッファローを打つ。
雨は魔物の体皮を透過し、その内部を麻痺させていく。
もちろんレッドバッファローに緑の雨が毒だということは分からない。
脚に力が入らなくなり地面に崩れ、怒りも霧散するという事実だけが残る。
「グ、グモ……!?」
「グモォォ……!」
上手く麻痺毒が群れへと浸透していく。
群れの勢いが雨に降られた部分から削がれていった。
「やりました! 効果出てますぅ!」
「……良かったでしゅね」
しかし豪雨が広範囲で続かないと麻痺毒も機能しない。
アシュレイはまだロイドの背で精神を集中させ、魔力を放ち続けている。
(こんなに魔力を……だいじょーぶでしゅ?)
雨はさらに強く、毒を孕んで降り続ける。
レッドバッファローの群れの足元が濡れ、緑色の水が雪原を染めていく。
魔物の勢いが中央で鈍ると、視覚のよく効くロイドが言った。
「ヴェネトの兵が反撃を始めたね」
ライラがアシュレイから壁に目を移すと、ヴェネト軍の攻勢がよく見えた。
一斉に火炎や竜巻の魔術が放たれ、群れの先頭を攻めている。
「あたちもやるでしゅ……! 群れの前をぐっーと横一直線に横切ってくだしゃい!」
ライラとモーニャが爆裂薬を構える。
ロイドがライラの指示通り飛ぶ、その瞬間。
「えーい!」
「ほいほーい!」
ふたりはどんどん爆裂薬を下へと投げていく。
狙いは壁に近いレッドバッファローだ。
ぽんぽんぽんと爆裂薬が落下し、派手に爆裂する。
「グモーー!?」
高速で空を飛ぶロイドからの魔法薬攻撃は、さながら爆撃のようであった。
赤き爆発がロイドの飛んだ跡に連続して巻き起こり、レッドバッファローを吹き飛ばす。
「僕も……!」
飛ぶことに専念していたロイドも大口を開け、猛火を群れへと叩きつける。
ドラゴンっぽい攻撃にモーニャが驚く。
「そんなのできたんですかっ!?」
「……さすがにそんなには吹けないよ」
ロイドのブレス攻撃に合わせて、ふたりはどんどん魔法薬を投下していく。
「くっ……」
雨はまだ群れの中央で降っている。
視界の奥でレッドバッファローが倒れ、緑の毒が広範囲にまで広がっているのが見えた。
「とりあえず! 魔物の固まっているところに投げるでしゅよ!」
「はーい!」
数々の爆風と爆発。
ライラの手持ちの魔法薬が尽きてきた1時間後、群れの勢いは見る影もなく弱まった。
雪原には大量のレッドバッファローの死体と数え切れないほどのクレーター。
そしてヴェネト軍の作った何重もの壁が構築されている。
群れは壁を突破しようとするが、次の壁に阻まれて進めない。
さらには北から冒険者の一団もやってきていた。
「ここからは俺たちに任せろぉ!」
「王都は俺たちの街だー!」
どうやら知らせを受けた義勇兵も混じっているらしい。
魔物も減って、援軍を得て。明らかに兵の士気が上がっていた。
ヴェネト軍のほうが遥かに優勢だ。
その様子は空からでもしっかり見える。
「危機は脱したようだね」
「ふぃー……なんとかでしゅ」
回復薬の類もほとんど地上へ回し、ライラのバッグパックはほぼ空になっていた。
こんなにバッグパックが軽くなるのは初めてだ。
でもやりきった。
問題は――。
「だいじょーぶでしゅか」
「……ああ」
すでに雨は止んで、黒雲が風に散らされようとしている。
アシュレイの魔術も終わり、彼自身はぐったりとロイドの背で息を整えていた。
顔は青白く、手先が震えている。魔力が急激に失われた時に起こるショック症状だった。
「無茶しちゃダメでしゅよ!」
「エリクサーの類を持っているんだろう?」
「もちろんありましゅけど、魔力の補充には限界がありましゅ! 効くまでに死んじゃったら意味ないでしゅ!」
「ふっ、そうだな……」
アシュレイが生気のない顔で頷く。
こんなアシュレイをライラは見たことがなかった。
「お前がいるから、無茶をしても大丈夫だと思った」
「……もう! とーさまったら!」
ライラもなぜこんなに言うのか、自分でもわからない。
もしかしたら、こんな遠慮のない言葉の関係が家族なのかも……絆なのかもしれない。
「まぁまぁ……とりあえず体調を整えたら下に降りません? まだ戦いは終わってないですし」
ふよふよ浮かぶモーニャにアシュレイが微笑む。
「そのことなんだが――俺の策もまだ終わっていない」
