雪がしんしんと降り続く季節になり、ライラは魔法薬の研究を思う存分、進めていた。
「うーん……」
「主様、やっぱり分身薬はもうちょっと味をどーにかしましょうよー」
分身薬の改良品を飲んだモーニャの尻尾がふたつになっている。
そのふたつをもふもふしながら、ライラは唸っていた。
「砂糖をいれると成分変わっちゃうでしゅ。むしろ、もっと苦くして効果時間を増やすのはどーでしゅ? 飲む回数を減らせましゅ!」
「ええー!? これ以上、苦くなるんですかぁ……」
渋るモーニャ。
ふたりが議論を戦わせている時にロイドが工房を訪れる。
「やってるね」
「ふぅ、各地を回って色々と情報を仕入れてきたよ」
「ありがとでしゅ!」
「……君の推理通りかもね」
ロイドもアシュレイやライラから様々な話を聞いていた。
なにせ魔物の暴走事件はロイドの紅竜王国にとっても大問題――むしろそれを探るためにロイドはここにいるくらいなのだから。
ロイドがメモ帳をテーブルの上に置き、ぱらぱらとめくる。
「ボルファヌ大公から売りに出されている魔法薬は冒険者ギルドにも入っているけど、用途不明の素材が確かにいくつもある。貴族側に売り出した魔法薬を消し込んで、余った素材を組み合わせると……」
ライラがメモ帳をぐーんと覗き込む。
「ある種の興奮剤になるかもでしゅ。本で読んだことがありましゅ」
「フェロモンみたいな作用だね。確かに一部の魔物は仲間を呼び集めたりするけど」
「でも、そういう魔法薬は伝説では?」
シェリーもそういう魔法薬は知っている。
しかし本物と確認されているモノはほとんどないはずだ。
「そうでしゅね、本に書いてあった素材を揃えて調合しても多分ダメでしゅ。色々とアレンジしないとでしゅけど……」
ロイドがそこで眉をひそめた。
「それでも破格の効果だ。S級魔物を百体近くも集め、さらに暴走させるなんて……」
「実在したらとんでもない魔法薬でしゅ。まー……推測でしゅけどね」
「そんな魔法薬があるかもなんて……」
ライラが手元にある古書の表紙をぽんぽんする。
「伝説によると古代にはそーゆー種類の魔法薬も結構あったみたいでしゅ。でも今はレシピしかありましぇんが」
「……対策はあるのかい?」
そこでライラが腕を組み、天井を見つめて考え始める。
「あの砂が残留物で、使っている素材がこれらなら……つまり、うーんと……魔物を呼び集める魔法薬は作れましぇんけど、打ち消すような魔法薬はできるかもでしゅ」
「それって暴走事件を止められるということですか!? 凄いじゃないですか!」
「よそーされる素材から効果を推測して、対処するだけでしゅ。でも多分、使われるときにぶつけないと意味ないでしゅよ」
「なるほど……使い方が難しいね、でもなんとかするよ」
ロイドが力強く頷く。
その瞳には決して揺らがない勇気があった。
「ここまでやってもらったんだ。最後の詰めは大人がやらないとね」
「そうですね……! ライラちゃんに何でも頼るわけにはいきません!」
シェリーも闘志を燃やしていた。
「無理はしないようにね。君が倒れたら大変だ」
「あい、それはぜぇーたいにしないでしゅ」
前世が過労死のライラからしてみたら、今回も過労死は馬鹿すぎる。
それは避けたい。
「魔力で強化されていても、身体は普通の子どもだからね」
ロイドの瞳がまっすぐライラを見つめている。
なぜだか、ライラは魂の奥底まで見られている気がした。
「……何か顔についてましゅか?」
「ううん、君という存在は本当に凄いなと思っただけさ」
バルダークが会合に姿を見せなくなると、ボルファヌ大公派は徐々に切り崩されていった。
さらに毛生え薬が少しずつ世に出てきてアシュレイを支持する声も増えていく。
わずか数か月でずいぶん政治状況が変わってしまった。
「禿山に森が戻れば、材木業も助かる」
「魔物に荒らされた荒野も復興が早まるだろう」
もちろんアシュレイは慎重に魔法薬を使ってはいたが、他国からも問い合わせが数多くやってきている。
いわく、塩害には使えるのか。本当に緑が戻るなら、これだけの大金をすぐに用意する――などなど。
ライラはそうした声をアシュレイから通して聞いて、魔法薬にして返していく。
実際、ライラの魔法薬製造能力は他の誰をも圧倒していた。
ヴェネト王国全体が好景気に沸くと、門閥貴族も動きを控えざるを得なくなる。
さらに分身薬は兵の間でアシュレイ支持を決定的に高めることに繋がっていく。
バルダークは分身薬を『戦傷者への福音』として紹介し、自身も服用を続けた。
この効果は絶大であり、いよいよボルファヌ大公派は身動きができなくなっていった。
屋敷の大広間でボルファヌ大公が机を叩く。
「くそっ、退役兵協会も支持を鞍替えだと……!? これまでの恩を忘れおって!」
これまで治療薬でコントロールしてきた層が離れだし、ボルファヌ大公は焦りを隠せない。
執事が主への恐怖に震えながら報告をする。
「隣国の商人どもも、自然増強薬(毛生え薬の別名)や分身薬がこちらから手に入らないのなら取引を縮小すると通告してきております……」
「ぐっぅぅ……っ!」
ボルファヌ大公も試みたが、彼の技量では毛生え薬も分身薬も作れなかった。
その敗北感がさらに彼を怒らせていた。
「こんな高度な魔法薬をすぐに模倣などできるか! 素人どもめが……!」
悔しさと喪失への恐怖。
このままでは危惧していた通り、全てがアシュレイの思うがままになってしまう。
「させてなるものか、あんな若造に……!」
「し、しかし……手はありますので?」
「……誘魔の薬を使う」
「っ!? も、もうあの魔法薬を使うのはおやめください!」
諫言する執事に向かい、ボルファヌ大公が腕を振る。
「うるさい! 散布場所はこの王都だ!」
「そんな……! どれほどの犠牲者が出ることか!!」
「ふんっ、知ったことか。アシュレイとそれを支持する愚民どもを片付けてくれるわっ!」
「うーん……」
「主様、やっぱり分身薬はもうちょっと味をどーにかしましょうよー」
分身薬の改良品を飲んだモーニャの尻尾がふたつになっている。
そのふたつをもふもふしながら、ライラは唸っていた。
「砂糖をいれると成分変わっちゃうでしゅ。むしろ、もっと苦くして効果時間を増やすのはどーでしゅ? 飲む回数を減らせましゅ!」
「ええー!? これ以上、苦くなるんですかぁ……」
渋るモーニャ。
ふたりが議論を戦わせている時にロイドが工房を訪れる。
「やってるね」
「ふぅ、各地を回って色々と情報を仕入れてきたよ」
「ありがとでしゅ!」
「……君の推理通りかもね」
ロイドもアシュレイやライラから様々な話を聞いていた。
なにせ魔物の暴走事件はロイドの紅竜王国にとっても大問題――むしろそれを探るためにロイドはここにいるくらいなのだから。
ロイドがメモ帳をテーブルの上に置き、ぱらぱらとめくる。
「ボルファヌ大公から売りに出されている魔法薬は冒険者ギルドにも入っているけど、用途不明の素材が確かにいくつもある。貴族側に売り出した魔法薬を消し込んで、余った素材を組み合わせると……」
ライラがメモ帳をぐーんと覗き込む。
「ある種の興奮剤になるかもでしゅ。本で読んだことがありましゅ」
「フェロモンみたいな作用だね。確かに一部の魔物は仲間を呼び集めたりするけど」
「でも、そういう魔法薬は伝説では?」
シェリーもそういう魔法薬は知っている。
しかし本物と確認されているモノはほとんどないはずだ。
「そうでしゅね、本に書いてあった素材を揃えて調合しても多分ダメでしゅ。色々とアレンジしないとでしゅけど……」
ロイドがそこで眉をひそめた。
「それでも破格の効果だ。S級魔物を百体近くも集め、さらに暴走させるなんて……」
「実在したらとんでもない魔法薬でしゅ。まー……推測でしゅけどね」
「そんな魔法薬があるかもなんて……」
ライラが手元にある古書の表紙をぽんぽんする。
「伝説によると古代にはそーゆー種類の魔法薬も結構あったみたいでしゅ。でも今はレシピしかありましぇんが」
「……対策はあるのかい?」
そこでライラが腕を組み、天井を見つめて考え始める。
「あの砂が残留物で、使っている素材がこれらなら……つまり、うーんと……魔物を呼び集める魔法薬は作れましぇんけど、打ち消すような魔法薬はできるかもでしゅ」
「それって暴走事件を止められるということですか!? 凄いじゃないですか!」
「よそーされる素材から効果を推測して、対処するだけでしゅ。でも多分、使われるときにぶつけないと意味ないでしゅよ」
「なるほど……使い方が難しいね、でもなんとかするよ」
ロイドが力強く頷く。
その瞳には決して揺らがない勇気があった。
「ここまでやってもらったんだ。最後の詰めは大人がやらないとね」
「そうですね……! ライラちゃんに何でも頼るわけにはいきません!」
シェリーも闘志を燃やしていた。
「無理はしないようにね。君が倒れたら大変だ」
「あい、それはぜぇーたいにしないでしゅ」
前世が過労死のライラからしてみたら、今回も過労死は馬鹿すぎる。
それは避けたい。
「魔力で強化されていても、身体は普通の子どもだからね」
ロイドの瞳がまっすぐライラを見つめている。
なぜだか、ライラは魂の奥底まで見られている気がした。
「……何か顔についてましゅか?」
「ううん、君という存在は本当に凄いなと思っただけさ」
バルダークが会合に姿を見せなくなると、ボルファヌ大公派は徐々に切り崩されていった。
さらに毛生え薬が少しずつ世に出てきてアシュレイを支持する声も増えていく。
わずか数か月でずいぶん政治状況が変わってしまった。
「禿山に森が戻れば、材木業も助かる」
「魔物に荒らされた荒野も復興が早まるだろう」
もちろんアシュレイは慎重に魔法薬を使ってはいたが、他国からも問い合わせが数多くやってきている。
いわく、塩害には使えるのか。本当に緑が戻るなら、これだけの大金をすぐに用意する――などなど。
ライラはそうした声をアシュレイから通して聞いて、魔法薬にして返していく。
実際、ライラの魔法薬製造能力は他の誰をも圧倒していた。
ヴェネト王国全体が好景気に沸くと、門閥貴族も動きを控えざるを得なくなる。
さらに分身薬は兵の間でアシュレイ支持を決定的に高めることに繋がっていく。
バルダークは分身薬を『戦傷者への福音』として紹介し、自身も服用を続けた。
この効果は絶大であり、いよいよボルファヌ大公派は身動きができなくなっていった。
屋敷の大広間でボルファヌ大公が机を叩く。
「くそっ、退役兵協会も支持を鞍替えだと……!? これまでの恩を忘れおって!」
これまで治療薬でコントロールしてきた層が離れだし、ボルファヌ大公は焦りを隠せない。
執事が主への恐怖に震えながら報告をする。
「隣国の商人どもも、自然増強薬(毛生え薬の別名)や分身薬がこちらから手に入らないのなら取引を縮小すると通告してきております……」
「ぐっぅぅ……っ!」
ボルファヌ大公も試みたが、彼の技量では毛生え薬も分身薬も作れなかった。
その敗北感がさらに彼を怒らせていた。
「こんな高度な魔法薬をすぐに模倣などできるか! 素人どもめが……!」
悔しさと喪失への恐怖。
このままでは危惧していた通り、全てがアシュレイの思うがままになってしまう。
「させてなるものか、あんな若造に……!」
「し、しかし……手はありますので?」
「……誘魔の薬を使う」
「っ!? も、もうあの魔法薬を使うのはおやめください!」
諫言する執事に向かい、ボルファヌ大公が腕を振る。
「うるさい! 散布場所はこの王都だ!」
「そんな……! どれほどの犠牲者が出ることか!!」
「ふんっ、知ったことか。アシュレイとそれを支持する愚民どもを片付けてくれるわっ!」
