少し仮眠を取ったライラがむくりと起きる。
日は傾き始めており、寒い風が吹いていた。
「むにゃ……」
「うーん、もっと溺れるくらいのジュース……」
ライラの抱き枕になっているモーニャが口をぷるぷるさせている。
そのモーニャを撫でていると、ライラの頭が少しずつ再稼働してきた。
視界の端でシェリーが書類仕事をしている。
「おはようでしゅ。どのくらい寝てまひしたか?」
「おはようございますっ。えーと、で2時間くらいですね」
「寝たりないよーな、お昼寝としてはじゅーぶんなような」
ライラの元にアシュレイもやってきた。
当然、彼はしっかりと起きていたらしい。
「起きたか」
「あい」
「起きてないような……」
「だいじょーぶでしゅ。んん?」
アシュレイがライラの膝下に紙を広げる。
そこにはバルダークから知らされた様々な情報が書き込まれていた。
「なんでしゅか、これは」
「とある人物の部下が、定期的に魔物の討伐をしている。その場所と獲得した魔物の素材だ」
「……ふむふむでしゅ」
ライラはそのとある人物を知らないが、わずかな口調の変化からそれがアシュレイの政敵だと理解した。
「ここまでの情報が掴めたのは初めてだが、これを見てわかることはあるか?」
「うーん、魔物の素材も色々と使い道がありましゅからねぇ」
「魔法薬の分野だけでいい。多分、その人物が素材を得るのは目的は魔法薬のためだからな」
「んむ……だとすると、ずいぶんと高度な魔法薬を作ってそうな感じでしゅね」
グローデンの満月蜘蛛の糸などなど。
これらの素材は市販されるような魔法薬で使うには希少すぎる。
にしても頭の中で考えるだけでは考えがまとまらない。
ライラはモーニャに並んでうつ伏せになった。
「えーと、紙とペンを持ってきてもらえましゅか」
「どうぞこちらをお使いください!」
シェリーから紙とペンを渡されたライラはそのままの姿勢でぐりぐりと素材を書き連ねる。
「うーんと、この素材とこの素材は……」
魔法薬にはレシピがある。
ライラもアレンジはするが、それでも使う素材の大半は変わらない。
そして特定の素材は決まった魔法薬でしか使わない……こともある。
「えりくちゃーなら、これを……」
「ど、どれだけライラ様には魔法薬の知識が入っているんでしょうね」
「恐ろしいほどだな」
「うんん? んん……」
ライラが小首を傾げて止まり、また再開する。
書き始めて15分後。書き終えた紙はぐちゃぐちゃに文字が書き込まれていた。
「……悪いがさすがに読めない」
「じゅーよーなのは紙の下のほうだけでしゅ」
上よりはマシな字で紙の下のほうに書き込みがされていた。
「ロイドが見つけてくれた、あの砂を覚えてましゅか」
「ああ、もちろん。魔物の暴走事件の現場に残されていた砂だな……」
「あたちもあたちであの砂が何かなー、とは思ってまひた。でもこーほが多すぎて、確信はなかったでしゅ」
「……ふむ、それで?」
「このリストには高難度だけど、よく知られている魔法薬の素材もたくさんあるでしゅ。で、それらを取り除くと……いくつも素材が余るんでしゅ」
「……余った素材から何ができる?」
「試してみないとわからないでしゅが、あの砂に近いせーぶんになるかもでしゅ」
「――!!」
アシュレイが目を見開く。
早々にここまでの成果が出るとは思っていなかったが、これは大きな進展だった。
「本来ならすーかげつかけて、ちまちま調べようと思ってたんでしゅが……バルダークしゃんのおかげで早くできまひた」
ライラの言葉を聞きながら、アシュレイはその意味を考えていた。
ヴェネト王国で多発する魔物の暴走事件。
誰かの手引きであれば、それは近隣諸国だろう。
あるいは国内も十二分にあるとは思っていたが……。
「とーさま、なにを考えてるんでしゅ?」
「国内に黒幕がいれば、そんな力を持つ存在は多くない。バルダークはこのリストの素材を集めているのがボルファヌ大公の手の者だと言った」
その意味を察したシェリーが青い顔をする。
「陛下、ということはあの砂とボルファヌ大公が繋がっていると?」
「そういうことになるな」
「ボルファヌしゃんはそんなに怪しいんでしゅか」
「父の弟、俺の叔父殿だ。魔力もあるし勢力としては極めて大きい。俺のことが嫌いな門閥貴族の代表格だな」
「じゃあ、動機もあるんでしゅね」
ライラも門閥貴族とアシュレイの対立は知っている。
アシュレイはそれをなるべくライラには見せないようにしていることも。
「動機で考えれば俺の敵は100人を下るまい。それだけでボルファヌ大公をどうこうはできん」
シェリーがごくりと息を呑む。
「……内戦になりますものね」
「そうだ、下手に突けば門閥貴族に口実を与え、周辺国も巻き込んで戦争になる」
「せーじの話しはむつかしーでしゅ」
「そうだな、ライラにはまだ難しいか」
アシュレイが苦笑いする。魔法薬の知識と腕はずば抜けていても、まだ4歳。
国内事情でさえ理解してもらうには早すぎる。
「だが、足掛かりは得た。俺も動こう」
「あたちにできることはありましゅか?」
うつ伏せのまま聞くライラの髪をそっとアシュレイが撫でる。
心配をさせないように。
「こっちのことは俺の専門だ。ライラは魔法薬のことをしてくれればいい」
その場の他の誰も気付いてはいなかった。
アシュレイの瞳に静かに燃えるような闘志が宿っているのを……。
それからライラたちは石化の沼を後にし、王宮へと戻った。
帰還したアシュレイは早速、手の者を動かし始める。狙いはボルファヌ大公とその一派。
(これまでは内戦を恐れて間接的な動きに終始せざるを得なかったが……)
もし魔物の暴走事件に黒幕がいるなら、死刑は免れられない。
それゆえに嫌疑でさえ大きな波紋を呼ぶ。
しかし、アシュレイはライラの言葉を信じて動こうと決意した。
それが妻への弔いなのだから。
(……もし黒幕が本当にボルファヌ大公であるならば、容赦はしない)
日は傾き始めており、寒い風が吹いていた。
「むにゃ……」
「うーん、もっと溺れるくらいのジュース……」
ライラの抱き枕になっているモーニャが口をぷるぷるさせている。
そのモーニャを撫でていると、ライラの頭が少しずつ再稼働してきた。
視界の端でシェリーが書類仕事をしている。
「おはようでしゅ。どのくらい寝てまひしたか?」
「おはようございますっ。えーと、で2時間くらいですね」
「寝たりないよーな、お昼寝としてはじゅーぶんなような」
ライラの元にアシュレイもやってきた。
当然、彼はしっかりと起きていたらしい。
「起きたか」
「あい」
「起きてないような……」
「だいじょーぶでしゅ。んん?」
アシュレイがライラの膝下に紙を広げる。
そこにはバルダークから知らされた様々な情報が書き込まれていた。
「なんでしゅか、これは」
「とある人物の部下が、定期的に魔物の討伐をしている。その場所と獲得した魔物の素材だ」
「……ふむふむでしゅ」
ライラはそのとある人物を知らないが、わずかな口調の変化からそれがアシュレイの政敵だと理解した。
「ここまでの情報が掴めたのは初めてだが、これを見てわかることはあるか?」
「うーん、魔物の素材も色々と使い道がありましゅからねぇ」
「魔法薬の分野だけでいい。多分、その人物が素材を得るのは目的は魔法薬のためだからな」
「んむ……だとすると、ずいぶんと高度な魔法薬を作ってそうな感じでしゅね」
グローデンの満月蜘蛛の糸などなど。
これらの素材は市販されるような魔法薬で使うには希少すぎる。
にしても頭の中で考えるだけでは考えがまとまらない。
ライラはモーニャに並んでうつ伏せになった。
「えーと、紙とペンを持ってきてもらえましゅか」
「どうぞこちらをお使いください!」
シェリーから紙とペンを渡されたライラはそのままの姿勢でぐりぐりと素材を書き連ねる。
「うーんと、この素材とこの素材は……」
魔法薬にはレシピがある。
ライラもアレンジはするが、それでも使う素材の大半は変わらない。
そして特定の素材は決まった魔法薬でしか使わない……こともある。
「えりくちゃーなら、これを……」
「ど、どれだけライラ様には魔法薬の知識が入っているんでしょうね」
「恐ろしいほどだな」
「うんん? んん……」
ライラが小首を傾げて止まり、また再開する。
書き始めて15分後。書き終えた紙はぐちゃぐちゃに文字が書き込まれていた。
「……悪いがさすがに読めない」
「じゅーよーなのは紙の下のほうだけでしゅ」
上よりはマシな字で紙の下のほうに書き込みがされていた。
「ロイドが見つけてくれた、あの砂を覚えてましゅか」
「ああ、もちろん。魔物の暴走事件の現場に残されていた砂だな……」
「あたちもあたちであの砂が何かなー、とは思ってまひた。でもこーほが多すぎて、確信はなかったでしゅ」
「……ふむ、それで?」
「このリストには高難度だけど、よく知られている魔法薬の素材もたくさんあるでしゅ。で、それらを取り除くと……いくつも素材が余るんでしゅ」
「……余った素材から何ができる?」
「試してみないとわからないでしゅが、あの砂に近いせーぶんになるかもでしゅ」
「――!!」
アシュレイが目を見開く。
早々にここまでの成果が出るとは思っていなかったが、これは大きな進展だった。
「本来ならすーかげつかけて、ちまちま調べようと思ってたんでしゅが……バルダークしゃんのおかげで早くできまひた」
ライラの言葉を聞きながら、アシュレイはその意味を考えていた。
ヴェネト王国で多発する魔物の暴走事件。
誰かの手引きであれば、それは近隣諸国だろう。
あるいは国内も十二分にあるとは思っていたが……。
「とーさま、なにを考えてるんでしゅ?」
「国内に黒幕がいれば、そんな力を持つ存在は多くない。バルダークはこのリストの素材を集めているのがボルファヌ大公の手の者だと言った」
その意味を察したシェリーが青い顔をする。
「陛下、ということはあの砂とボルファヌ大公が繋がっていると?」
「そういうことになるな」
「ボルファヌしゃんはそんなに怪しいんでしゅか」
「父の弟、俺の叔父殿だ。魔力もあるし勢力としては極めて大きい。俺のことが嫌いな門閥貴族の代表格だな」
「じゃあ、動機もあるんでしゅね」
ライラも門閥貴族とアシュレイの対立は知っている。
アシュレイはそれをなるべくライラには見せないようにしていることも。
「動機で考えれば俺の敵は100人を下るまい。それだけでボルファヌ大公をどうこうはできん」
シェリーがごくりと息を呑む。
「……内戦になりますものね」
「そうだ、下手に突けば門閥貴族に口実を与え、周辺国も巻き込んで戦争になる」
「せーじの話しはむつかしーでしゅ」
「そうだな、ライラにはまだ難しいか」
アシュレイが苦笑いする。魔法薬の知識と腕はずば抜けていても、まだ4歳。
国内事情でさえ理解してもらうには早すぎる。
「だが、足掛かりは得た。俺も動こう」
「あたちにできることはありましゅか?」
うつ伏せのまま聞くライラの髪をそっとアシュレイが撫でる。
心配をさせないように。
「こっちのことは俺の専門だ。ライラは魔法薬のことをしてくれればいい」
その場の他の誰も気付いてはいなかった。
アシュレイの瞳に静かに燃えるような闘志が宿っているのを……。
それからライラたちは石化の沼を後にし、王宮へと戻った。
帰還したアシュレイは早速、手の者を動かし始める。狙いはボルファヌ大公とその一派。
(これまでは内戦を恐れて間接的な動きに終始せざるを得なかったが……)
もし魔物の暴走事件に黒幕がいるなら、死刑は免れられない。
それゆえに嫌疑でさえ大きな波紋を呼ぶ。
しかし、アシュレイはライラの言葉を信じて動こうと決意した。
それが妻への弔いなのだから。
(……もし黒幕が本当にボルファヌ大公であるならば、容赦はしない)
