戻ってきたモーニャがライラの頭上にぽふっと着地した。

「ドライドウッドってそんなにヤバい魔物なんですか?」

 モーニャの問いにシェリーが答える。

「普通のドライドウッッドはそこまでではありませんが……炎が効きますからね。でもこの沼のドライドウッッドは弱点がなく、正面から戦うことはできません」
「その通りだ、シェリー。ここのドライドウッドはミスリルの刃さえ無効にする。基本的に沼から出てきそうな個体は慎重に誘い出し、落とし穴に落とすしかない」

 モーニャが砦を見渡す。

「この砦に落とし穴があるんですか?」
「この中央通路以外は落とし穴だらけだ。数百の落とし穴がある」
「ひぇっ! 危ない!」
「モーニャは飛べるじゃないでしゅか」
「……それもそうでした」
「そうやって落とし穴に誘って、力尽きるのを待つんでしゅよね?」
「ああ、それが唯一確実に沼の魔物を倒す手段だからな。しかし力尽きるまで何日もかかる……危険な戦いだ」
「それが……ほんの数分で終わってしまいましたね」
「記録上、こんな戦いをした者はいない。沼に生息する魔物は植物系しかいないが……まさか、全部にこの手が有効なのか?」
「そーでしゅ! 多分、このやり方ならけっこーいけるでしゅ!」

 ライラの断言にバルダークが問う。

「お嬢様、どうしてそう思われたのです?」
「うーん、なんか魔物図鑑を見てたら思い浮かんだんでしゅ!」

 ライラが元気良く答える。たったそれだけの情報で最適解に行き着くとは。
 バルダークもこの4歳児が想像以上の傑物だと認めざるを得なかった。

(陛下の親族、もしくは子なのではと噂があったが……これは、もしや……)

 公的にアシュレイはライラの存在を明らかにはしていない。
 真実を知るのはアシュレイの側近だけのはず。

(仮にもボルファヌ大公派の私の前で、彼女の力を示してくるとは……。陛下は私を試しておられるのか)

 兵士はたやすく沼の魔物を倒した一行に歓声を上げ続けていた。
 当然だ。沼の魔物が減れば砦の兵は助かる。国土も守れるのだから。

 上空からアシュレイが地上に声をかける。

「倒すのは1体だけでいいのか?」
「うーん、待ってくだしゃい!」

 とととーっとライラが倒れたドライドウッドに走り寄る。全く恐れていない。
 ライラは動かなくなったドライドウッドの腕を持ち上げようとしていた。

「い、意外と重いでしゅ……!」
「ちょっと無茶ですよ!」

 シェリーも続いて魔物の腕を持ち上げる。

「で、なぜ腕を……?」
「この付け根の部分が欲しいんでしゅ!」

 ライラがお目当ての部分に顎を向けると同時に、バルダークが前に進み出る。

「刀剣で斬っても?」
「だいじょーぶでしゅ!」

 スパッ! バルダークが長剣を抜き放ち、ドライドウッドを切り裂く。

 その斬撃は神速にして正確無比――ドライドウッドの腕と付け根の部分が上手く切断されていた。

「おーっ! こーしゃくさま、凄いでしゅ!」
「バルダークで結構ですよ。……ふむ、息絶えてからならはっきり分かりますが、両腕の付け根に魔力のコブがありますね」
「わかりましゅか! これが必要なんでしゅ!」

 ライラがバルダークによって切り離されたドライドウッドのコブを掲げる。
 白く乾いた木の皮だが、中には魔力が秘められていた。

「まだまだひつよーでしゅ! どんどんいくでしゅよ!」
「なるほどな、この沼に巣食う植物系の魔物のコブか……わかった!」

 一行は沼の魔物をさらに討伐すべく、行動に移る。
 それは砦の兵をも駆り立てた。

「こうしちゃいられねぇ! 将軍! 俺たちも手伝います!」
「囮や運搬なら、力になれるはずです!」
「……お前たち」

 バルダークが目を閉じる。
 この地の魔物に対して駐在兵はあまりにもか弱い。
 常日頃、力の不足を感じながら仕事に就いている。
 それを払拭する機会がまさに今日だった。

「よし! 討伐の邪魔にならないよう、連携して作業に当たれ!」

 こうして砦の人も動員して大規模な討伐作戦が始まった。

 アシュレイが攻撃魔法で上手く魔物を引き寄せ、モーニャが薬を散布する。
 そうして弱ったところを再度、アシュレイが仕留める――というものだ。

 もちろん全てが簡単に済むわけではない。

「主様、こいつ薬を振りかけても動きますよー!?」
「むぅ! そいつは背中、背中にたっぷりかけてやるでしゅ!」

 たまに瘤が変わった場所に生えている個体もいる。
 そうした個体に対処するのがライラの役目だった。

 また、解体作業の指示も基本はライラだ。
 彼女以上に魔物に詳しい人間はいないのだから。

「あっ! そいつは目の部分もいけそーでしゅ! とっておいてくだしゃい!」
「承知した……!」
「あわわ! 素材は私が回収、保管していきますのでー!」

 ライラの使う大切な素材はシェリーがきちんとメモを取りながら取り分けていく。

 あっという間に数時間が経過し、陽がやや傾いてきた頃。
 砦の前には魔物の残骸が大量に積まれていた。

「ふぅ……こんなもんでしゅかね」
「ああ、そうだな。凄まじい戦果だ」
「はひぇー、終わりましたかぁー」

 ずっと空を飛んでいたモーニャがライラの懐に飛び込む。
 それをよしよしと撫でるライラ。

「お疲れ様でしゅた」
「んぁー」

 全身を脱力させたモーニャを抱えながら、ライラはシェリーの元に向かう。

「かなり集まりましたよ、ご確認ください!」
「はいでしゅー。おおー……想像以上でしゅね」

 シェリーがメモとバッグに集めた素材を披露する。
 素材自体は乾いた木の皮や炭化した木材だが、ライラには黄金に光って見えた。

「ふふふっ、これだけあれば、でしゅ……!!」

 ライラがバッグパックから包丁や鍋、即席コンロ、すり鉢やすりこぎ棒を取り出す。
 近くに着地して戻ってきたアシュレイが首を傾げた。

「……何をしようとしてるんだ?」
「もちろん、ここで調合するでしゅ! あの分身薬を即、作りたいでしゅからね!」
「現地でやるつもりだったか……」

 ライラの活躍を目にしていた兵が即座に反応する。

「この場で魔法薬を作るってよ!」
「そりゃあいい! ぜひとも見せてくれないかな……!」

 しかも兵だけでなくバルダークさえも乗り気だった。

「陛下、何を作るかの仔細は存じませんが……砦を使われるなら、ぜひとも」
「ありがとーでしゅ!」

 アシュレイが答える前にライラが身を乗り出す。

 やれやれと思いながら、止めないほうがいいだろうとアシュレイは判断した。
 なんだかんだ言ってもアシュレイはライラに甘いのである。

 砦の一角を借り、ライラとモーニャが荷物を並べていく。
 即席コンロやら鍋やら……あっという間に調合場が完成していた。シェリーが手伝う隙もないほどだ。

「とても慣れておられますね……」
「お外でのまほーやく作りこそ、楽しいんでしゅ!」
「古の時代には工房もなく、野外での魔法薬作りこそ本命とはあったが……」

 アシュレイが古書の一節を思い出している間に、ライラは調合をスタートさせていく。

「ふんふんふーん♪」

 鼻歌をしながら木の皮を物凄いスピードで削り、あるいは刻んでいく。
 まな板に止まることなく音が鳴り、近くにいる見学者の誰もがそれに注目していた。

「なぁ……この沼の魔物の素材ってあんな簡単に切り分けできたか?」
「いや、将軍ならまだしも……信じられねぇ」

 素材のカットが終わるとライラは鍋に逐次放り込んでいく。
 ここからが腕の見せどころだ。

「モーニャ、風が欲しいでしゅ」
「はーい」

 モーニャ、そしてライラ当人の魔力を織り込めながらじっくりと煮込む。
 もくもくもく……と物凄い量の煙が鍋から出始めた。

「なんだか煙が恐ろしい勢いで出てないか?」
「吸い込んでも無害でしゅ!」
「……これだと野外でやるしかないな」

 全部で2時間ほど作業をしただろうか。
 鍋をぐるぐるぐる回していたライラがお玉を止める。

「よし、できましたでしゅ!」
「おー! これがもしかして……!」
「分身薬でしゅ!」