それから1週間、ライラはまた本漬けの日々を送っていた。
調べているのは分身薬と赤紫色の砂の分析方法である。
シェリーはライラの助手として存分に働いていた。
「隣国より取り寄せた本はこちらに!」
「あーい」
「書写した冊子は向こうに!」
「あいあーい」
分身薬も高難度の魔法薬だ。文献調査が欠かせない。
色々と取り寄せて読み進めたことで、でなんとなく構想が浮かんできた。
この瞬間がライラにとってはたまらなく楽しい。
ライラが工房で両腕を振り上げる。向け先は工房で仕事をしているアシュレイだった。
「とーさま!」
「なんだ?」
「お出かけしたいでしゅ!」
アシュレイが窓の外を見る。
ヴェネト王国はすでに冬。さらに今日は吹雪であった。
「冬だが……」
「研究のためでしゅ」
「あの砂の件か?」
「関係なくもないようなところでしゅけど、本題はそれじゃないでしゅ」
ごにょごにょ。歯切れが良くない。
アシュレイが窓の外を見る。
叩きつけるような雪のせいで外が白ということしか分からないほどだった。
「この月には珍しいほどの吹雪だが……」
ライラがじーっとアシュレイを見つめている。
今までもライラがテレポート薬でひょいと買い物に出かけたことは何度もあった。
出かける先にアシュレイが不要なら、声をかけることはないはず……。
つまり今回はアシュレイの力が必要ということだ。
そう考えると悪い気分ではない。
「……どこに行きたいんだ?」
ころっと態度の変わったアシュレイにモーニャが少し呆れる。
「主様に甘いですねぇー」
「まぁ、頼られて陛下も嬉しいのでしょう……」
ライラが新しい地図をとことこと持ってくる。
それが冒険者ギルドの発行した最新地図帳であることにアシュレイは気付いた。
「ここでしゅ」
ライラがずびしっと指したページにアシュレイは眉を寄せる。
「ヴェネト王国、最高危険度の魔物群生地――石化の沼じゃないか!」
「あの石化の沼ですか!?」
「おおっ、ふたりとも知っているんでしゅね!」
ライラが瞳をきらきらさせる。
だがアシュレイは苦虫を噛みつぶしたような顔だった。
「知っているし行ったこともあるが、観光地じゃないぞ。この国でも有数の危険地帯だ」
「みたいでしゅね」
「ただの危険地帯ではありません! ここは周囲を軍が封鎖して何とか……毒も年中無休で大気を覆っている激ヤバな土地ですよ!」
「そんなことも書いてあるでしゅ」
アシュレイとシェリーが顔を見合わせる。
ライラはすでにこの土地からゲットできる素材に心奪われていた。
このモードになるともう危険性などどこ吹く風だ。
「……わかった。俺も同行する」
「おや、珍しいでしゅね。素材集めにこれまでついてきたりしなかったのにでしゅ」
「それだけ危険なんだ。それにあそこはバルダーク侯爵の管轄でもある……俺が行ったほうがいいだろう」
「バルダーク……シニエスタンでも聞いた気がするお名前でしゅね」
「彼の軍はシニエスタンの時にも活躍していた。俺らが群れを討つ際、街を守っていたのは彼の軍だ」
「陛下の率いる近衛軍が鋭い矢なら、バルダーク侯爵の軍は盾と言えるでしょうね」
「ほえー、そんな人が石化の沼の防衛を担当してるんですねぇ」
「ああ、バルダーク侯爵の担当は飛び石のように散らばっている。それに……」
そこでアシュレイは言葉を切った。このように途切れるのは珍しい。
「どうしたんでしゅか?」
「彼は根っからの武人だからな。正直、お前にどう反応するかわからん」
モーニャがふよふよしながら能天気に答える。
「意外とお菓子をくれたりするかもですよ?」
「……ならいいがな。で、石化の沼にはいつ行きたいんだ?」
「うーん、準備を済ませて……明日でしゅ!」
「もうちょっと猶予をくれ」
「じゃあ明後日でしゅ!」
「もう一声欲しい」
「3日後じゃどーでしゅか!」
「よし、3日後に向かうとしよう」
ということでライラのお出かけは3日後に決まった。
出発までの間、ライラは猛スピードで調合を済ませる。
すでに大量の希少素材が工房にはあるので、用意できるものは用意しておこうという形だ。
「ふんふんふーん♪」
小さなフライパンや鍋もしっかりコーティングしておく。
素材と魔力をあらかじめ馴染ませておくと調合にもプラスなのだ。
こうして準備を終えたライラは意気込んで当日の朝を迎えた。
大きなバックパックの荷物を2回も点検し、モーニャの毛並みの先までブラシして整える入念さである。
最近は若干ラフな服装で工房を訪れることも多いアシュレイも、その日の服装は気合いが入っていた。
石化の沼に行くのはシニエスタンの戦いに挑むのと同じくらいらしい。
「……気は変わってないようだな」
「もちろんでしゅ!」
ちなみにシェリーも軍装で準備していた。
「わ、私も頑張ります!」
戦力というよりは、どちらかというと荷物持ちとして。
ということで一行は石化の沼へとアシュレイのテレポート魔術で向かったのであった。
調べているのは分身薬と赤紫色の砂の分析方法である。
シェリーはライラの助手として存分に働いていた。
「隣国より取り寄せた本はこちらに!」
「あーい」
「書写した冊子は向こうに!」
「あいあーい」
分身薬も高難度の魔法薬だ。文献調査が欠かせない。
色々と取り寄せて読み進めたことで、でなんとなく構想が浮かんできた。
この瞬間がライラにとってはたまらなく楽しい。
ライラが工房で両腕を振り上げる。向け先は工房で仕事をしているアシュレイだった。
「とーさま!」
「なんだ?」
「お出かけしたいでしゅ!」
アシュレイが窓の外を見る。
ヴェネト王国はすでに冬。さらに今日は吹雪であった。
「冬だが……」
「研究のためでしゅ」
「あの砂の件か?」
「関係なくもないようなところでしゅけど、本題はそれじゃないでしゅ」
ごにょごにょ。歯切れが良くない。
アシュレイが窓の外を見る。
叩きつけるような雪のせいで外が白ということしか分からないほどだった。
「この月には珍しいほどの吹雪だが……」
ライラがじーっとアシュレイを見つめている。
今までもライラがテレポート薬でひょいと買い物に出かけたことは何度もあった。
出かける先にアシュレイが不要なら、声をかけることはないはず……。
つまり今回はアシュレイの力が必要ということだ。
そう考えると悪い気分ではない。
「……どこに行きたいんだ?」
ころっと態度の変わったアシュレイにモーニャが少し呆れる。
「主様に甘いですねぇー」
「まぁ、頼られて陛下も嬉しいのでしょう……」
ライラが新しい地図をとことこと持ってくる。
それが冒険者ギルドの発行した最新地図帳であることにアシュレイは気付いた。
「ここでしゅ」
ライラがずびしっと指したページにアシュレイは眉を寄せる。
「ヴェネト王国、最高危険度の魔物群生地――石化の沼じゃないか!」
「あの石化の沼ですか!?」
「おおっ、ふたりとも知っているんでしゅね!」
ライラが瞳をきらきらさせる。
だがアシュレイは苦虫を噛みつぶしたような顔だった。
「知っているし行ったこともあるが、観光地じゃないぞ。この国でも有数の危険地帯だ」
「みたいでしゅね」
「ただの危険地帯ではありません! ここは周囲を軍が封鎖して何とか……毒も年中無休で大気を覆っている激ヤバな土地ですよ!」
「そんなことも書いてあるでしゅ」
アシュレイとシェリーが顔を見合わせる。
ライラはすでにこの土地からゲットできる素材に心奪われていた。
このモードになるともう危険性などどこ吹く風だ。
「……わかった。俺も同行する」
「おや、珍しいでしゅね。素材集めにこれまでついてきたりしなかったのにでしゅ」
「それだけ危険なんだ。それにあそこはバルダーク侯爵の管轄でもある……俺が行ったほうがいいだろう」
「バルダーク……シニエスタンでも聞いた気がするお名前でしゅね」
「彼の軍はシニエスタンの時にも活躍していた。俺らが群れを討つ際、街を守っていたのは彼の軍だ」
「陛下の率いる近衛軍が鋭い矢なら、バルダーク侯爵の軍は盾と言えるでしょうね」
「ほえー、そんな人が石化の沼の防衛を担当してるんですねぇ」
「ああ、バルダーク侯爵の担当は飛び石のように散らばっている。それに……」
そこでアシュレイは言葉を切った。このように途切れるのは珍しい。
「どうしたんでしゅか?」
「彼は根っからの武人だからな。正直、お前にどう反応するかわからん」
モーニャがふよふよしながら能天気に答える。
「意外とお菓子をくれたりするかもですよ?」
「……ならいいがな。で、石化の沼にはいつ行きたいんだ?」
「うーん、準備を済ませて……明日でしゅ!」
「もうちょっと猶予をくれ」
「じゃあ明後日でしゅ!」
「もう一声欲しい」
「3日後じゃどーでしゅか!」
「よし、3日後に向かうとしよう」
ということでライラのお出かけは3日後に決まった。
出発までの間、ライラは猛スピードで調合を済ませる。
すでに大量の希少素材が工房にはあるので、用意できるものは用意しておこうという形だ。
「ふんふんふーん♪」
小さなフライパンや鍋もしっかりコーティングしておく。
素材と魔力をあらかじめ馴染ませておくと調合にもプラスなのだ。
こうして準備を終えたライラは意気込んで当日の朝を迎えた。
大きなバックパックの荷物を2回も点検し、モーニャの毛並みの先までブラシして整える入念さである。
最近は若干ラフな服装で工房を訪れることも多いアシュレイも、その日の服装は気合いが入っていた。
石化の沼に行くのはシニエスタンの戦いに挑むのと同じくらいらしい。
「……気は変わってないようだな」
「もちろんでしゅ!」
ちなみにシェリーも軍装で準備していた。
「わ、私も頑張ります!」
戦力というよりは、どちらかというと荷物持ちとして。
ということで一行は石化の沼へとアシュレイのテレポート魔術で向かったのであった。
