こうして毛生え薬を調合し終えて、ライラの作る他の魔法薬の供給も段々と増えてきた。
 それに従い、ライラの功績もゆっくりとヴェネト王国に浸透していく。

 名前は出なくてもこれほどの魔法薬なら当然、噂も広がる。
 ほどなくボルファヌ大公にも噂が届き、彼の派閥の貴族が集まって会合を開いた。
 口火を切ったのは内務省に関わる門閥貴族のひとりであった。

「王宮の奥にいる【例の御方】はよほど魔法薬に通じておられるようだな」

 謎の魔法薬の作り手。
 それを門閥貴族は【例の御方】と呼んでいた。

「陛下の側近も忙しそうにしておる。品物も良いようだ」

 続いて発言したのは商務省に所属する貴族だった。

「商人どもの話だと最高品質の魔法薬らしい。こぞって陛下になびこうとしておる」
「……あの利に聡い商人どももか」

 会合がざわざわとどよめく。ヴェネト王国は魔術の先進国だ。

 国土は広くなく、気候は寒冷。農業も漁業も鉱業も突出したものはない。
 しかし周辺国を恐れさせているのは、ひとえに魔術とそれを利用した品物の輸出にある。

 そして輸出にあたって商人の影響は非常に大きい。
 いかに強力な魔力が込められた品物も、商人なしには輸出は成り立たない。

「冒険者ギルドも誰でも使える魔法薬は歓迎する。あいつらもさらに陛下へ接近しよう」

 そして国際団体である冒険者ギルドも同様だった。彼らは魔物の討伐と監視のために組織されている。
 魔法の品物を作るには冒険者の狩る素材が必須であり、ヴェネト王国での存在も極めて大きい。

「冒険者ギルドは政治中立が信条。しかし魔法薬などの実用品を融通されれば……」
「ううむ……困りましたな」
「すでにこの会合にもいくつか空席が……」

 貴族らがちらちらと視線を交わす。

 すでにボルファヌ大公の呼びかけにも応じない貴族が出ているのだ。
 ボルファヌ大公が不愉快そうに鼻を鳴らす。

「ふん、陛下もあがくものよ。黙って我ら、門閥貴族に実権を譲ればいいものを」
「しかし陛下の魔力は本物。魔法薬を作った者の魔力も侮れない。我らの中で太刀打ちできるのは大公様くらい……」

 出席者のひとりが不安そうに周囲を見渡す。

 先王の弟であるボルファヌ大公は血筋においても魔力においてもアシュレイに次ぐ。
 だがその狭量で偏執的なところを嫌われ、後継から外されたのだ。

 門閥貴族のほとんどは大した魔力もなく、既得権益ゆえにボルファヌ大公派に属しているだけだった。
 正直、アシュレイとの対立が激化するのを望む者はほとんどいない。

「貴公らも魔法薬の恩恵を得ようとしているのか?」 

 ボルファヌ大公が出席者を睨みつける。
 図星を突かれた何人かが気まずそうに身体を揺すらせた。

「仕方あるまい。我が作るエリクサー……完成品の一本を蔵から出そう」
「おおっ! 大公様が丹精を込められた、あの品を!?」
「ついに出されるのですか!」
「うむ、諸君らも知っていよう。我でさえエリクサーを作るのに10年はかかる。今回、陛下の力を削ぐのに一番働いた者へ、この貴重な品を手渡そうではないか」

 ボルファヌ大公が何人かに視線を向ける。

「卿はどうだ?」

 隻腕の貴族、バルダーク侯爵に注目が集まる。

 バルダークはボルファヌ大公派の中でも一番アシュレイに近いと目される貴族だ。
 だが先王への忠義が強く、そのためにボルファヌ大公の派閥に籍を置いていた。 

 軍事的功績により、軍や中立派の貴族にも大変人気がある貴族である。
 バルダークは目を細め、ボルファヌ大公へと答えた。

「私の忠誠は国に捧げられております。これより参謀会議がありますゆえ、先に失礼」

 バルダークは何も言質を与えず席から立った。
 大公は苦々しく思いながらも、彼はこうやって取り回す他にない。

「……うむ、期待しておるぞ。他の者はどうか?」

 その言葉を聞いた出席者が押し黙る。万病に効くエリクサーは誰でも欲しい。
 だが、誰もアシュレイとの矢面には立ちたくはなかった。

「……どうした! 返事は!」
「は、はい……」
「必ずや……」

 ぽつぽつとした返事が続き、大公は一応満足する。
 同時に彼の胸の中には、暗い想いが去来していた。

(あの若造に勝つには、やはり我の切り札を使うしかないか……)