ぺしぺし。ライラの頬をモーニャが軽く叩く。

「主様、そろそろ起きましょうよ〜」
「ふぁ……もうお昼でしゅか?」
「もう午後です。ギガントボアを売りにいくのでしょう?」

 さすがにお肉は美味しくてもモーニャ的には家の前に置きっぱなしは嫌なようだ。

「そうでしゅね。狼とか来ても嫌でしゅし」

 モーニャがびくびくっとなる。
  普通の狼には負けないだろうに、モーニャは犬系統が怖いらしかった。

 ということで顔を洗って着替えて、家からごそごそと売りに出すものを見繕う。
 そんな中、ひとつの品物を手に取ってライラは悩んでいた。

 さきほど使った爆裂薬――の失敗作である。

「……うーん」
「売っちゃっていいんじゃないですか。威力は成功品の数十分の一ですけれど、欲しい人はたくさんいるでしょうし」
「そうでしゅね。あたちの魔法薬は世界を変える危険がありましゅけれど……失敗作なら別にいいでしゅ」

 この魔法薬を作り始めて以来、ライラは自分にひとつの決まりを設けていた。

 それは攻撃系の魔法薬はむやみに売らないこと。
 というのも、ライラの魔法薬はこの世界で規格外の威力だからだ。

 初めは気が付かなかったのだが、どうも強すぎる魔力のおかげでそうなってしまったらしい。
 回復系のポーションはいいとしても、爆裂薬は悪用されればテロに使われてしまう。

(さすがにそれはマズいでしゅからね。あたちのせいでこの世界がめちゃくちゃになるのは望まないでしゅ)

 自分が好きなことをできる生活でライラは十分満足していた。
 そもそも4歳にこの世界のことがどうこうできるとも思えなかったが……しかしこのバランス感覚を無くしてはいけないとライラは考えていた。

「数十分の一の威力だから、倒せるのはすごーく弱い魔物でしゅね」

 人間なら致命傷にはならないだろう、多分。

「ギガントボアは倒せないでしゅ」
「そ、そうでした……」

 モーニャがぶるっと震える。そんな怖がりのモーニャをライラがふにふにと撫でる。

「モーニャはあたちが守るから大丈夫でしゅ」
「主様ーー!!」

 もふもふ。ライラは一通りモーニャを堪能すると、荷造りを再開した。

 どでかいバックパックに売る物を詰め込む。
 後ろから見るとライラの上半身が見えなくなるくらいのバックパックだ。

 身体を流れる魔力のおかげでこれだけ大荷物でも平気だった。
 戸締りを確認し、ライラとモーニャは庭に出る。

「じゃ、行きましゅよ!」
「はーいです!」

 ライラがテレポート薬を取り出し、空へと放つ。
 向かう先はこの地方でもっとも大きな冒険者ギルドのあるところだ。
 虹色の光がライラとモーニャ、そして焼け焦げたギガントボアを包み込んだ。




「到着でしゅ!」

 テレポートした先は数十キロ離れたグルーガの街、その冒険者ギルドであった。
 ホテルのように品格あるフロント、ピカピカの床。

 ここに所属する冒険者にむさくるしい野蛮な人間はいない。
 洗練された人材しか受け入れないのだ。

 ライラたちはそんな冒険者ギルドのロビーのど真ん中にどーんと到着した。
 いきなりの出現に冒険者たちが飛び上がらんばかりに驚く。

「おあああ!? なんだぁ!?」
「ギガントボアじゃねーか! びっくりしたぁ!」

 ビビリあがる冒険者にモーニャが頭を下げる。

「すいませんすいません、お世話になりますぅー」
「失礼しましゅた。どうぞ、お気になさらずにでしゅ」

 とはいえ、グルーガの冒険者はライラには慣れてしまっていた。

「あ、ああ……ライラちゃんか……」
「またデカい魔物をしとめてきたなぁ」

 これ以上の混乱はなく、受付嬢のお姉さんがぴゅーっと飛んでくる。

「ライラちゃん! もしかして売り出しでしょうか!?」
「あい! ウチの森で今朝、しとめましゅた。買ってくだしゃい!」
「喜んで! ふむ、これは間違いなくギガントボアですね。これほど立派な成体は珍しいです。しかも内部にはさほどの傷もなく……」
「あとこれも売るでしゅ!」

 モーニャがバックパックを開けて、買い取り希望品をぽいぽいと外に出す。
 金色の水連、純粋な光苔、清らかな川のサファイアなどなど。

「まぁ、貴重な素材ばっかりですね!」
「貯め込んできましたでしゅ」
「いつもありがとうございます。全部、買い取らせてもらいますね! どうぞ査定が終わるまでこちらでお待ちください」

 案内されたのは冒険者ギルドの休憩所。

 上客であるライラ用の小さなベンチが置いてある。
 甘いジュースを渡されたライラは脚をぷらぷらさせながら、査定を待っていた。

 ヴェネト王国は冒険者が多く、簡単な魔法であれば誰でも使える魔法先進国だ。
 なので渡される飲み物も美味しくて安全で、休憩所も整って居心地がいい。

(他の国はけっこーヒドいでしゅからね)
 
 ヴェネト王国は総合して国は大きくないが、豊かだ。ライラの性には合っている。
 休憩所では大勢の冒険者が寛いでいた。食事中の者、うたた寝している者、武具の手入れをしている者……そしてお喋りをしている者。

「なぁ、聞いたか? 北のシニエスタンでまたS級魔物が出たらしい」
「最近多くないか?」

 シニエスタンはこのヴェネト王国の北端に位置する採掘都市だ。
 一年中ちょっと寒いヴェネト王国の中でも吹雪が多い。

「明らかに異常だな。噂ではバルダーク侯爵だけじゃなくて、国王陛下も出陣されたとか」
「魔術王様か……。それほどの事態とはなぁ」

 ごくごく。ライラはジュースを飲みながら聞き耳を立てていた。

 ヴェネト王国は元冒険者が建てた国だからか、冒険者の待遇も良い。
 そのために生きた情報がそこかしこに転がっている。

 シニエスタンは北の国境の街だ。
 付近からは良質の鉱石や素材が手に入れられるため王国としても放棄できない。
 さらには北に竜の国もある。閉鎖的で人族にはめったに関わってこないが……。

 ライラもシニエスタンには数回、行ったことがある。川魚と鹿肉が美味しかった。

(……これだから冒険者ギルドにはたまに来なくちゃ。いい情報を聞きました)

 国王アシュレイ、流麗な銀髪で絶大な魔力を誇る若き王だ。

 氷の魔術王と呼ばれたりしている。遠くから見たことはあるが、まさに天の使いかと思うほどの偉丈夫だ。
 しかし国民から熱狂的な支持がある反面、門閥貴族とは折り合いが良くないらしい。
 まぁ、才能も見た目も良い若者なんてご老人からしたら邪魔なだけだろう。

(こーいうのはどこも同じだもんなぁ……)

 モーニャがちょんちゃんとライラの肩を叩く。

「主様、まさかシニエスタンに行くんです?」
「もちろんでしゅ」

 S級魔物は危険度も桁違いな反面、賞金も大きい。
 討伐できる冒険者にとっては稼ぎ時ともいえる。

「しかも国王様もいるんでしゅからね」
「貴族に仕えるのは嫌って言ってませんでした?」
「今のあたちを雇う貴族がいたら、それはそれでヤバいと思いましゅけど……でもコネは欲しいでしゅ。理想は金は出してくれて口は出さないスポンサーがいればベストでしゅよ」
「コ、コネ……」

 モーニャが白いもふもふ手をこねこねする。

「ここらで王様に顔を売るのも悪くないでしゅ。魔物も倒して地域社会にも貢献でしゅし!」
「まぁ……主様がきちんとお考えなら」
「奥歯に物が挟まった言い方でしゅね」
「あそこは寒いから行きたくないのです」
「……」

 モーニャは寒がりであった。




 冒険者ギルドで買い取りをしてもらい、金貨50枚をゲットした。
 金貨一枚が地球換算で10万円くらいの価値なので、これで500万円ほど。
 この世界の田舎なら余裕で1年以上生きていける。

「ふっふーん♪」

 ライラはそのお金で素材を買う。
 今、力を入れているのは身体改造系の魔法薬の研究だ。

 大人になったとき、自分が苦しまずに済むように……である。
 もちろん大量生産ができれば荒稼ぎもできるだろう。

 ついでに寒いシニエスタンのため、もこもこのガウンやらの防寒用具も買って、と。
 金貨があっという間に半分以下になり――ライラは意気揚々と買い物コーナーを後にした。

 フード付きの厚着にモーニャも挟まり、準備完了。ライラは再びテレポート薬を手に取る。

「シニエスタンにレッツゴーでしゅ!」
「はふ、吹雪でないといいですねぇ」
「じゃあ皆様、またでしゅ!」

 冒険者ギルドの知り合いに手を振り、ライラは北へとテレポートしていった。