そしてライラが王宮で暮らし始めて数日が経ち、生活へも徐々に慣れてきた。
これにはやはりシェリーの力が大きい。
公私ともに彼女の朗らかな人柄でライラは大いに助けられてた。
例えば、こんな時など――。
「今日は素材を買うでしゅ。遠出しなきゃでしゅよ」
「はいっ! ……はい?」
「素材をゲットしなきゃでしゅ。毛生え薬のこの項目なんでしゅけど」
ライラが分厚い本の一箇所を指し示す。
『魔力の同調性を鑑みるに満月蜘蛛の糸は非常に優秀であり――』
「聞いたことのない魔物ですね」
工房にいるロイドもその項目を読む。
「満月蜘蛛、D級魔物だね。山奥に住んでいて、とても珍しい魔物だ」
「ははぁ……なるほど」
一般的にC級以下の魔物は国の力なしでも簡単に対処できる。
D級なら村人でも無理なく討伐できる魔物だ。
それゆえシェリーの知識には入っていなかった。
「僕も満月蜘蛛は何年も見てない。この魔物は人と接触して害をなすこともほとんどないしね」
「だいじょーぶでしゅ。あたちは住処を知ってましゅから」
モーニャがふわふわと浮きながら、ライラのノートを持ってくる。
「南のグローデンですよねぇ。あそこの冒険者ギルドは結構レアな魔物を知ってますから」
「グローデン? かなり南のほうですね……」
王都からなら急ぎの馬で半月ほどかかる。寒冷な森林地帯で人口も少ない。
そんなところにまでライラの行動範囲は及んでいるのだろうか。
「コネがありましゅからね」
シェリーが聞くと、ライラは年に数回グローデンを訪れては素材を買い込むのだとか。
その代わり、ライラは依頼に応じて山や森の一部を爆破するらしい。
物騒な単語が出てきたのでシェリーは聞き返してしまう。
「爆破、ですか……?」
「アレはなんなんでしょうねー」
「鉱山の穴にするんでしゅよ」
「あー、主様の魔法薬で穴を開けて?」
「硬い岩盤を地道に掘るより楽でしゅ」
「まぁ、それはそうでしょうが……」
そんな風にあの爆裂薬を使うのはどうなのだろう、とシェリーは思ってしまう。
しかし結果としてグローデンの冒険者ギルドは素材の便宜をライラへ図っているという。
「それでしたら、私が代わりに行ってきましょうか? 買い出しだけなら、私にもできます!」
モーニャがテレポート薬をすっと掲げる。
「いいんじゃないですか、主様。買いに行くだけですし」
「それもそうでしゅね。行ってきてくれましゅか?」
ライラはさらさらと必要なモノのリストとサインを書き、モーニャがぺたりと判を押す。
テレポート薬の使用にはイメージ力が必要だったが、幸いにもシェリーは行く先であるグローデン冒険者ギルドを知っていた。
紹介状やらお金やら帰りのテレポート薬やらを持たせ、ライラはシェリーを送り出す。
「では、行ってまいります!」
「いってらでしゅー」
シェリーがテレポート薬を使い、虹色の光に包まれながらしゅーっと消える。
「こんな風に消えるんでしゅね」
「初めて見ましたねぇー」
「……他の人が使うのは初めてなのかい?」
ロイドが眉を寄せている。
「そうでしゅ。でも理論上は問題ないはずでしゅよ」
理論上、という言葉が引っかかるロイドではある。
しかしライラの魔法薬はこれまでも間違いなく効果を発揮してきていた。
数時間後、虹色の光とともにシェリーが工房に戻ってくる。
大荷物を背負いながら、シェリーがびしりと敬礼した。
「ただいま帰還いたしました!」
「おかえりでしゅ!」
どうやら無事に戻ってきたらしい。ロイドの目にはとりあえず、そう映る。
予想以上の大荷物にモーニャが首を傾げた。
「なんか荷物が多くありません?」
「ついでにグローデンの古書店から良さそうな本と素材を買ってまいりました」
「ほうほう、素晴らしいでしゅね!」
ライラが椅子からぴょんと飛び降り、シェリーの買ってきた荷物を広げ始める。
ライラがシェリーの買ってきた本のひとつをぱらぱらとめくる。
「ふむふむ……。おおっ、リンデの写本でしゅ!」
「魔法薬の大家、リンデ氏の古い写本です。多分、役に立つかと……」
「立ちまちしゅね」
本を覗き込んだロイドが唸る。
竜である彼にとって人の言葉の読み書きは不得意分野だった。
「古文字だけど読めるの?」
「読めましゅよ。回りくどい書き方でしゅけど」
その他にもシェリーの買ってきた本をライラは嬉しそうに物色していく。
「凄いね……」
「ええ、大学専門レベルなのに……」
「本当に四歳児なのかな?」
ロイドがふと漏らすとシェリーが頷く。
「そう思う気持ちもよくわかります。たまに私よりも年上のように感じますから。物事を落ち着いてみているというか……」
「……ふむ、そうだね。見た目以外は子どもとは思えないくらいだよ」
こうしてライラは日々、パワフルに働いていた。
毛生え薬についても資料面、素材面で様々な準備が整ってくる。
ライラが王宮にやってきて半月ほど経過し、季節は秋から冬になろうとしていた。
緑の葉が赤へと色変わり、あるいはぽろぽろと路面に散る。
いよいよ毛生え薬を調合するその日、アシュレイも朝から工房を訪れていた。
多忙なアシュレイが朝からずっと工房にいるのは初めてのことだ。
「そろそろ、ここの暮らしも慣れてきたか?」
「はいでしゅ」
「快適に暮らしてますよ〜」
ライラの手元には紅茶セットが置かれていた。
いつの間にか持ち込んで、紅茶を楽しむようになったらしい。
慣れるどころか満喫している。
「とーさま、今日は本当にずっといるんでしゅか?」
「娘が伝説の魔法薬の調合に挑むんだ。当然だろう」
アシュレイが頷くと、後ろの文官も首を縦に振る。
この半月、ライラの凄さを文官たちも見てきた。規格外との言葉でも到底足りない。
ヴェネト王国始まって以来の魔法薬の天才――アシュレイの側はそう噂していた。
「……親馬鹿でしゅ」
「何か言ったか?」
「何も言ってないでしゅ」
ライラはむず痒くなりながら、調合の用意を始める。
今回の調合は並みではない。素材ひとつ精製するにも手間がかかり、調合そのものにも膨大な魔力が要求される。
「道具の配置はこれでいいかな」
「素材のチェックも完了です!」
「ありがとうでしゅ!」
この半月でシェリーとロイドはすっかりライラの助手になっていた。
「オール準備オッケーですよ、主様!」
「よしでしゅ……じゃあ、そろそろ開始でしゅ!」
これにはやはりシェリーの力が大きい。
公私ともに彼女の朗らかな人柄でライラは大いに助けられてた。
例えば、こんな時など――。
「今日は素材を買うでしゅ。遠出しなきゃでしゅよ」
「はいっ! ……はい?」
「素材をゲットしなきゃでしゅ。毛生え薬のこの項目なんでしゅけど」
ライラが分厚い本の一箇所を指し示す。
『魔力の同調性を鑑みるに満月蜘蛛の糸は非常に優秀であり――』
「聞いたことのない魔物ですね」
工房にいるロイドもその項目を読む。
「満月蜘蛛、D級魔物だね。山奥に住んでいて、とても珍しい魔物だ」
「ははぁ……なるほど」
一般的にC級以下の魔物は国の力なしでも簡単に対処できる。
D級なら村人でも無理なく討伐できる魔物だ。
それゆえシェリーの知識には入っていなかった。
「僕も満月蜘蛛は何年も見てない。この魔物は人と接触して害をなすこともほとんどないしね」
「だいじょーぶでしゅ。あたちは住処を知ってましゅから」
モーニャがふわふわと浮きながら、ライラのノートを持ってくる。
「南のグローデンですよねぇ。あそこの冒険者ギルドは結構レアな魔物を知ってますから」
「グローデン? かなり南のほうですね……」
王都からなら急ぎの馬で半月ほどかかる。寒冷な森林地帯で人口も少ない。
そんなところにまでライラの行動範囲は及んでいるのだろうか。
「コネがありましゅからね」
シェリーが聞くと、ライラは年に数回グローデンを訪れては素材を買い込むのだとか。
その代わり、ライラは依頼に応じて山や森の一部を爆破するらしい。
物騒な単語が出てきたのでシェリーは聞き返してしまう。
「爆破、ですか……?」
「アレはなんなんでしょうねー」
「鉱山の穴にするんでしゅよ」
「あー、主様の魔法薬で穴を開けて?」
「硬い岩盤を地道に掘るより楽でしゅ」
「まぁ、それはそうでしょうが……」
そんな風にあの爆裂薬を使うのはどうなのだろう、とシェリーは思ってしまう。
しかし結果としてグローデンの冒険者ギルドは素材の便宜をライラへ図っているという。
「それでしたら、私が代わりに行ってきましょうか? 買い出しだけなら、私にもできます!」
モーニャがテレポート薬をすっと掲げる。
「いいんじゃないですか、主様。買いに行くだけですし」
「それもそうでしゅね。行ってきてくれましゅか?」
ライラはさらさらと必要なモノのリストとサインを書き、モーニャがぺたりと判を押す。
テレポート薬の使用にはイメージ力が必要だったが、幸いにもシェリーは行く先であるグローデン冒険者ギルドを知っていた。
紹介状やらお金やら帰りのテレポート薬やらを持たせ、ライラはシェリーを送り出す。
「では、行ってまいります!」
「いってらでしゅー」
シェリーがテレポート薬を使い、虹色の光に包まれながらしゅーっと消える。
「こんな風に消えるんでしゅね」
「初めて見ましたねぇー」
「……他の人が使うのは初めてなのかい?」
ロイドが眉を寄せている。
「そうでしゅ。でも理論上は問題ないはずでしゅよ」
理論上、という言葉が引っかかるロイドではある。
しかしライラの魔法薬はこれまでも間違いなく効果を発揮してきていた。
数時間後、虹色の光とともにシェリーが工房に戻ってくる。
大荷物を背負いながら、シェリーがびしりと敬礼した。
「ただいま帰還いたしました!」
「おかえりでしゅ!」
どうやら無事に戻ってきたらしい。ロイドの目にはとりあえず、そう映る。
予想以上の大荷物にモーニャが首を傾げた。
「なんか荷物が多くありません?」
「ついでにグローデンの古書店から良さそうな本と素材を買ってまいりました」
「ほうほう、素晴らしいでしゅね!」
ライラが椅子からぴょんと飛び降り、シェリーの買ってきた荷物を広げ始める。
ライラがシェリーの買ってきた本のひとつをぱらぱらとめくる。
「ふむふむ……。おおっ、リンデの写本でしゅ!」
「魔法薬の大家、リンデ氏の古い写本です。多分、役に立つかと……」
「立ちまちしゅね」
本を覗き込んだロイドが唸る。
竜である彼にとって人の言葉の読み書きは不得意分野だった。
「古文字だけど読めるの?」
「読めましゅよ。回りくどい書き方でしゅけど」
その他にもシェリーの買ってきた本をライラは嬉しそうに物色していく。
「凄いね……」
「ええ、大学専門レベルなのに……」
「本当に四歳児なのかな?」
ロイドがふと漏らすとシェリーが頷く。
「そう思う気持ちもよくわかります。たまに私よりも年上のように感じますから。物事を落ち着いてみているというか……」
「……ふむ、そうだね。見た目以外は子どもとは思えないくらいだよ」
こうしてライラは日々、パワフルに働いていた。
毛生え薬についても資料面、素材面で様々な準備が整ってくる。
ライラが王宮にやってきて半月ほど経過し、季節は秋から冬になろうとしていた。
緑の葉が赤へと色変わり、あるいはぽろぽろと路面に散る。
いよいよ毛生え薬を調合するその日、アシュレイも朝から工房を訪れていた。
多忙なアシュレイが朝からずっと工房にいるのは初めてのことだ。
「そろそろ、ここの暮らしも慣れてきたか?」
「はいでしゅ」
「快適に暮らしてますよ〜」
ライラの手元には紅茶セットが置かれていた。
いつの間にか持ち込んで、紅茶を楽しむようになったらしい。
慣れるどころか満喫している。
「とーさま、今日は本当にずっといるんでしゅか?」
「娘が伝説の魔法薬の調合に挑むんだ。当然だろう」
アシュレイが頷くと、後ろの文官も首を縦に振る。
この半月、ライラの凄さを文官たちも見てきた。規格外との言葉でも到底足りない。
ヴェネト王国始まって以来の魔法薬の天才――アシュレイの側はそう噂していた。
「……親馬鹿でしゅ」
「何か言ったか?」
「何も言ってないでしゅ」
ライラはむず痒くなりながら、調合の用意を始める。
今回の調合は並みではない。素材ひとつ精製するにも手間がかかり、調合そのものにも膨大な魔力が要求される。
「道具の配置はこれでいいかな」
「素材のチェックも完了です!」
「ありがとうでしゅ!」
この半月でシェリーとロイドはすっかりライラの助手になっていた。
「オール準備オッケーですよ、主様!」
「よしでしゅ……じゃあ、そろそろ開始でしゅ!」
