午後2時頃。
 ライラがもにょもにょとお昼寝ベッドから起き上がる。

「ふぁ……体力回復でしゅ」
「……ふにゅ」

 モーニャは枕に頭を埋めていた。
 その背中を優しくライラが揺する。

「んあ、ふぁー……主様、おはようです」
「あい。顔を洗って仕事するでしゅ」

 と、そこでライラが工房にいるアシュレイに気付いた。

「あれ、とーさま?」
「邪魔してるぞ。俺のほうは気にしないでくれ」

 ベッドから出たライラがトコトコとアシュレイのそばに駆け寄る。
 アシュレイの処理している書類には様々な修辞と長ったらしい文句が並んでいた。

「……むずかしそーな内容でしゅ」
「ふふっ、お前が読んでいたという文献も中々だったがな」
「アレは式がわかればどーってことないでしゅよ。ふぁっ……」

 あくびを噛み殺しながらライラが身体を伸ばす。
 そのままモーニャを抱き寄せ、吸う。
 ほわほわの暖かく、細長い毛の感触を目一杯味わい――ぱっちりと目が覚めてきた。

「そういえば、ロイドしゃんはどうしましたでしゅ?」
「紅竜王国への報告を交信魔術でするそうだ。だが、そろそろこっちへ戻るはず……」

 その言葉通り、扉の外にロイドの魔力が感じられた。

 意識すると彼の魔力はかなり目立つ。
 工房に入ってきた彼は朗らかに言った。

「やぁ、ようやく色々と終わったよ。僕に手伝えることはあるかな?」
「ありましゅよ!」

 こうして工房にアシュレイがいながら、ロイドとシェリーに手伝ってもらってライラの魔法薬作りが再開された。
 まずライラが棚から色々な素材を取り出し、机に載せる。

「魔法薬には素材が必要でしゅが、これはまだ使えませんでしゅからね」
「えーと、この机の上の素材ではダメなんでしょうか?」
「さっきの爆裂薬の素材も市販から精製したり、ちょーこーひんしつのモノを自分で探したりしたやつでしゅよ。市販の素材だけで作ると問題でましゅ」

 何気なくロイドが質問する。

「例えばどんな?」
「安定性が足りなくなるんでしゅ! アレな品質の素材でお昼前の作り方をしてたら、ドカーンでしゅよ!」

 両手を広げ、危険性をアピールするライラ。

「そ、そんなに危なかったんですか!?」
 とシェリーが驚いて顔をひきつらせる。

「だからあたちのレシピをうっかり再現しようとしたら、大変でしゅ。マネするなら素材からマネしてくだしゃい」
「い、いえ……他ではやりません。決して、絶対に!」

 シェリーが固い決心を見せる中、アシュレイが得心したように頷く。

「普通の爆裂薬でも高難度の魔法薬だが、さらに素材を工夫しているのか。そのほうが好都合ではあるな……」
「主様の魔法薬は他では簡単に作れないですからねぇー」
「とーさまもあたちの魔法薬には気を付けてくだしゃいね。うっかり流出したら、ヤバでしゅ」
「わかっているとも。この区画には信頼できる人間以外は立ち入りできない」

 ライラはそれから数時間、魔法薬の調合に取り組んだ。
 使った魔法薬の補充、素材の精錬など……。

 パチパチと弾ける魔力の閃光を見ると、ほっと心が落ち着く。
 楽しい時間はあっという間に過ぎ去り、夕日が傾いてくる。
 ライラの一日の稼働時間は大人ほど長くない。この時間になると体力が尽きてくる。

「今日はこの辺にするでしゅ」
「ではお片付けを……」
「道具はきれーにして、机もピカピカにするでしゅよ。前の素材が残っていると、これも激ヤバでしゅ!」
「は、はいっ!」

 ライラたちが片付けを始める中、ちょうどアシュレイも一段落していた。

「そういえば……この大量の文献は魔法薬のモノだが、何を調べたかったんだ?」
「あれ? 言ってなかったでしゅか?」
「詳しくは聞いていない」
「伝説の毛生え薬を作るんでしゅ!」

 そうライラが言い放つと、アシュレイがびくりと動きを止めた。
 工房内の空気が凍った気がする。

「……あれ?」

 なんだかアシュレイがショックを受けている。

「俺の毛はまだ大丈夫なはずだが……」
「はっ……! そーいう意味じゃないでしゅよ!」
「そ、そうか。仮にそうでも、言いづらいことだからな……受け止めて生きていかないと」
「こーいうときに深読みしないでくだしゃい!」

 こうしてライラの王宮暮らし、その初日が終わりを迎えたのだった。