数時間、話をしても話題は尽きなかった。
夕日が傾いて窓からオレンジ色の光が差し込む。
「そろそろ時間だな。では、行くか」
アシュレイに導かれ、ライラたちは王宮を歩いた。
向かうのは王宮墓地にある、サーシャの墓だった。
それは王宮裏手の聖堂にある。
王族とそれに連なる配偶者は皆、ここに葬られるのだそうだ。
初代国王ラルダリアからアシュレイの妻サーシャまで、全ての王族がここに眠る。
聖堂は白の大理石によって建てられ、赤と青の水晶が壁を飾る。
入口には微笑む天使の彫像、壁の彫刻は天上の楽園を模していた。
モーニャが空を飛びながら首を回す。
「全体的に明るいですね」
「ああ、ラルダリア王がこう設計されたらしい。自分の眠る場所は春の寝床のように、白に飾られた陽気な場所にしたい――と」
何百年も経ているはずなのに、壁にはその様子は全くない。
「魔力が張り巡らされてましゅ」
「ラルダリア王は潔癖なようで、王宮にもこの聖堂にも汚れ避けの魔術を入念にかけたからな」
聖堂の奥には神官が並んでいた。
奥の壁には葡萄の蔦と雲を彫刻された石の額縁がかけられており、そこに様々な名前があった。
これが墓石代わりだろう。神官が生花を持ち寄ってくる。
「さぁ、祈りを捧げよう」
花を壁に向かって並べ、祈りを捧げる。
頭を少し下げて……沈黙。香炉から薔薇の香りが漂ってきていた。
(……私の母)
実際、顔も声も覚えていない。名前さえも昨日知ったくらいだ。
それくらいの関係でしかないのに、胸が締め付けられるのはなぜだろう?
「主様……」
モーニャが温かい頬を寄せてくれる。胸が苦しい理由は分かっていた。
ライラがこの世界にいるということは、やはり誰かがライラを産んだからだ。
そして、今のライラは父であるアシュレイと母の兄であるニコルとその実家を知った。
異世界に突如として生まれ、今までは想像するしかなかった自分のルーツ。
それがはっきりと認識できたから、ライラの胸に新しい想いが訪れているのだ。
数分ほど黙祷し、頭を上げる。これがヴェネト王国の葬礼だった。
ニコルが改めてアシュレイに感謝を捧げる。
「陛下、この度ライラを伴っての追悼の儀――誠にありがたく思います。サーシャも天上できっと喜んでおりますでしょう」
ニコルの言葉にアシュレイが目を伏せる。
「かしこまらないでくれ。これは当然のことだ」
厳粛な雰囲気でライラたちは聖堂を後にした。
(私の生き方……)
ライラはぼんやりと上の空だった。
自分のこれまでとこれから。どうすべきは分かっている。
このヴェネト王国の王女として、生きていくのだ。
王宮に戻ると、ニコルが口を開いた。
「それで陛下、ライラのことはどうするおつもりで?」
アシュレイの目がライラに注がれた。
温かさはあるが、何を考えているかは読み取れない。
「……ライラ、お前はどうしたい?」
「あたちがでしゅか?」
「ああ、いくつもの道がある」
アシュレイは指折り数えた。
「まずひとつ、ファーラ家の令嬢として生きていく。名目的にも王女とはならずに」
「それもひとつの道だと思います」
ニコルははっきりと言った。アシュレイが深く息を吐く。
「王族は楽なものではない。どれほど苦しくても投げ出せはしない」
それはきっとアシュレイ自身のことだとライラは思った。
妻子が死んでも止まることは許されない。それが王というものだ。
「ファーラ家の貴族というなら、いくらかは安心して生きられる。暗殺の心配もなかろう」
自嘲気味に笑うアシュレイ。
これは彼自身の体験からかも知れなかった。
「もうひとつは冒険者として生きる道。今、お前の名声は他国にも鳴り響いている。どこの国で生きていくのも不安はあるまい」
「……それでいいんでしゅか?」
「テレポート薬を持っているお前を拘束するなど、どのみち不可能だ」
あっさりとアシュレイが認めた。
4歳児を自由にさせるのもどうかと思うが、実際に前の生き方に戻るだけだ。
「たまに顔を見せてくれるなら、サーシャも満足しよう」
(……嘘ばっかりでしゅ)
出会ってからは短いが、ライラはアシュレイの心根の深い部分に触れていた。
多分、これは嘘なのだろう。そんな風に考えられる親などいない。
「最後の選択肢は王女としてこの国で暮らす。わかっていると思うが、楽ではない」
それはきっとアシュレイの本音なのだろう。
妻子を失い、魔物の対策に奔走しなければいけない。貴族ともうまく渡り合わなければ……。
でも、ライラの心は決まっていた。
昨日と今日と。アシュレイを信じてみよう。運命があるならば、これがきっとそうなのだ。
「……あたちは」
ライラは喉の奥を絞った。
なんて呼ぶべきか、迷いながらもライラは『その単語』を口に出す。
「とーさまと一緒にいたいでしゅ」
この世界に来て、初めて誰かを親と呼ぶ。
アシュレイが口元を押さえ、ライラを見つめた。その瞳には喜びが溢れていた。
「そう、か……」
ニコルも目元を拭う。
「ライラがそう決めたのなら、是非はありません」
「ニコルおじさまにも助けてほしいでしゅ」
「もちろん、もちろんだとも。ファーラ家はライラとともにある」
「ありがとう、ニコル」
「うぅ、良かったですねぇ……」
モーニャも目元を拭う。その頭をポンポンと撫でるライラ。
言葉に出してライラも覚悟が決まった。
「これから――新生活を始めるでしゅよ!」
夕日が傾いて窓からオレンジ色の光が差し込む。
「そろそろ時間だな。では、行くか」
アシュレイに導かれ、ライラたちは王宮を歩いた。
向かうのは王宮墓地にある、サーシャの墓だった。
それは王宮裏手の聖堂にある。
王族とそれに連なる配偶者は皆、ここに葬られるのだそうだ。
初代国王ラルダリアからアシュレイの妻サーシャまで、全ての王族がここに眠る。
聖堂は白の大理石によって建てられ、赤と青の水晶が壁を飾る。
入口には微笑む天使の彫像、壁の彫刻は天上の楽園を模していた。
モーニャが空を飛びながら首を回す。
「全体的に明るいですね」
「ああ、ラルダリア王がこう設計されたらしい。自分の眠る場所は春の寝床のように、白に飾られた陽気な場所にしたい――と」
何百年も経ているはずなのに、壁にはその様子は全くない。
「魔力が張り巡らされてましゅ」
「ラルダリア王は潔癖なようで、王宮にもこの聖堂にも汚れ避けの魔術を入念にかけたからな」
聖堂の奥には神官が並んでいた。
奥の壁には葡萄の蔦と雲を彫刻された石の額縁がかけられており、そこに様々な名前があった。
これが墓石代わりだろう。神官が生花を持ち寄ってくる。
「さぁ、祈りを捧げよう」
花を壁に向かって並べ、祈りを捧げる。
頭を少し下げて……沈黙。香炉から薔薇の香りが漂ってきていた。
(……私の母)
実際、顔も声も覚えていない。名前さえも昨日知ったくらいだ。
それくらいの関係でしかないのに、胸が締め付けられるのはなぜだろう?
「主様……」
モーニャが温かい頬を寄せてくれる。胸が苦しい理由は分かっていた。
ライラがこの世界にいるということは、やはり誰かがライラを産んだからだ。
そして、今のライラは父であるアシュレイと母の兄であるニコルとその実家を知った。
異世界に突如として生まれ、今までは想像するしかなかった自分のルーツ。
それがはっきりと認識できたから、ライラの胸に新しい想いが訪れているのだ。
数分ほど黙祷し、頭を上げる。これがヴェネト王国の葬礼だった。
ニコルが改めてアシュレイに感謝を捧げる。
「陛下、この度ライラを伴っての追悼の儀――誠にありがたく思います。サーシャも天上できっと喜んでおりますでしょう」
ニコルの言葉にアシュレイが目を伏せる。
「かしこまらないでくれ。これは当然のことだ」
厳粛な雰囲気でライラたちは聖堂を後にした。
(私の生き方……)
ライラはぼんやりと上の空だった。
自分のこれまでとこれから。どうすべきは分かっている。
このヴェネト王国の王女として、生きていくのだ。
王宮に戻ると、ニコルが口を開いた。
「それで陛下、ライラのことはどうするおつもりで?」
アシュレイの目がライラに注がれた。
温かさはあるが、何を考えているかは読み取れない。
「……ライラ、お前はどうしたい?」
「あたちがでしゅか?」
「ああ、いくつもの道がある」
アシュレイは指折り数えた。
「まずひとつ、ファーラ家の令嬢として生きていく。名目的にも王女とはならずに」
「それもひとつの道だと思います」
ニコルははっきりと言った。アシュレイが深く息を吐く。
「王族は楽なものではない。どれほど苦しくても投げ出せはしない」
それはきっとアシュレイ自身のことだとライラは思った。
妻子が死んでも止まることは許されない。それが王というものだ。
「ファーラ家の貴族というなら、いくらかは安心して生きられる。暗殺の心配もなかろう」
自嘲気味に笑うアシュレイ。
これは彼自身の体験からかも知れなかった。
「もうひとつは冒険者として生きる道。今、お前の名声は他国にも鳴り響いている。どこの国で生きていくのも不安はあるまい」
「……それでいいんでしゅか?」
「テレポート薬を持っているお前を拘束するなど、どのみち不可能だ」
あっさりとアシュレイが認めた。
4歳児を自由にさせるのもどうかと思うが、実際に前の生き方に戻るだけだ。
「たまに顔を見せてくれるなら、サーシャも満足しよう」
(……嘘ばっかりでしゅ)
出会ってからは短いが、ライラはアシュレイの心根の深い部分に触れていた。
多分、これは嘘なのだろう。そんな風に考えられる親などいない。
「最後の選択肢は王女としてこの国で暮らす。わかっていると思うが、楽ではない」
それはきっとアシュレイの本音なのだろう。
妻子を失い、魔物の対策に奔走しなければいけない。貴族ともうまく渡り合わなければ……。
でも、ライラの心は決まっていた。
昨日と今日と。アシュレイを信じてみよう。運命があるならば、これがきっとそうなのだ。
「……あたちは」
ライラは喉の奥を絞った。
なんて呼ぶべきか、迷いながらもライラは『その単語』を口に出す。
「とーさまと一緒にいたいでしゅ」
この世界に来て、初めて誰かを親と呼ぶ。
アシュレイが口元を押さえ、ライラを見つめた。その瞳には喜びが溢れていた。
「そう、か……」
ニコルも目元を拭う。
「ライラがそう決めたのなら、是非はありません」
「ニコルおじさまにも助けてほしいでしゅ」
「もちろん、もちろんだとも。ファーラ家はライラとともにある」
「ありがとう、ニコル」
「うぅ、良かったですねぇ……」
モーニャも目元を拭う。その頭をポンポンと撫でるライラ。
言葉に出してライラも覚悟が決まった。
「これから――新生活を始めるでしゅよ!」
