身体がふわっと浮く感覚を乗り越えると、そこはヴェネト王国の王都、ラルダリアだった。

 ラルダリアは初代ヴェネト王国の国王の名だ。
 下級貴族の身から冒険者になり、空前絶後の魔力でひとつの国を打ち立てたという。

 そのため、ヴェネト王国の国民は誰でも魔術が使え、生活水準も高い。

「いつ来ても凄いですよねぇ〜」
「建物が高いでしゅよね〜」

 ライラたちはラルダリアの中心部、王宮に到着していた。
 ここはまさに荘厳の一言だ。結界を兼ねた魔力を含む大理石がこれでもかと使われている。

 王宮の窓から見渡すと街全体が美しい白色を誇っていた。
 城下町は魔力を駆使して作られたため、上下水道も完備。道も周辺国とは比べ物にならないほど舗装され、規格化されている。

「にしても、ここは王宮のどこでしゅ?」
「人があんまりいないですねぇ」
「ここは奥の宮です。知らせは送ってあるので……ライラ様のことがありますから」

 シェリーの答えにライラが頷く。
 自分のことをアレコレしないと、王宮はさすがにマズい。

「まぁ、まずは限られた人間が知っていればいいだろう」
「そのほうがいいでしゅね」

 いきなり国民を集めてお披露目会をするより、よっぽどいい。

「とはいえ……そうだな、少し身支度をしたほうがいいかもしれない」
「ですよね〜」

 モーニャがうんうんと頷く。ライラも納得するしかない。
 冒険者っぽい今のライラの格好は、王宮にふさわしいモノではなかった。

「シェリー、頼んだ。ロイド、君とはその間に色々と話し合いをしたい」

 アシュレイがテキパキと指示を飛ばし、ライラたちは別れ別れになった。
 シェリーが呼吸を整える。やはりライラと一緒は緊張するようだった。

「ふぅー……じゃあ、私が先導しますので!」
「あーい」

 まずは湯船。前世でも見たことのない規模の大理石の室内温泉にライラは浸かった。
 大の大人が40人は入れる。そこにライラとモーニャがふたりきりで入っていた。

「……広すぎましゅ」
「近くの山から魔術で引っ張ってきたとかでしたっけ。はぁ、ラルダリア様はきっとお風呂が大好きだったんでしょうねぇ〜」

 モーニャも肩までつかり、ほくほくしていた。ライラも全身の血行がほぐれるのを体感している。
 その後、全身を石鹸で洗われたライラは服を着替えることになった。

「これは中々いいでしゅね」

 用意されたひらひらのレース付きの服を着てみる。

 靴まで凝って、カチューシャも輝く白銀。
 それでいて動きにくいということはない。冒険者の服よりも重たいが、許容範囲だ。

「うーん、とても可愛いですよ!」

 シェリーが両手を組んで褒めてくれる。ライラも悪い気はしなかった。
 元々、この顔立ちはかなり可愛らしい。それに合った服装をすれば、十分輝く。

 で、モーニャはというと。

「ふんふふーん♪」

 お気に入りのリボンを見つけたらしく、首元に巻いていた。
 赤色の小さなリボンだが、白毛のアクセントとしてはぴったりだ。

「気に入ったんでしゅか?」
「はい! どうですか!?」
「いい感じでしゅー!」

 石鹸で洗われてふわふわになったモーニャをもみもみする。

「んー、主様も可愛いですよぉ!」

 お風呂とお着替えで2時間が過ぎた。
 その後シェリーに案内され、王宮の一室で休む。

 用意されたジュースを飲んでいると、アシュレイがやってきた。
 ライラとモーニャを見るなり、アシュレイが顔を綻ばせる。

「おお、よく似合っているぞ」

 手放しにそう言われ、ライラも胸を張る。

「とーぜんでしゅ!」

 そんなアシュレイの後ろには数人の見知らぬ大人がいた。
 アシュレイよりも遥かに年上の人間ばかりだ。

(どういう人たちなんでしゅかね――あっ!)

 ライラは一瞬で関係性に気が付いた。その数人が全員、黒髪であったのだ。
 この国で黒髪はとても珍しい。そんな黒髪が揃っているということは……。

 黒髪の人の中、ひときわ立派な体格のダンディーなオジサマが声を漏らす。

「……本当にこの子が」

 ごくりと息を呑む。鏡くらいは毎日見ているライラだ。
 自分の目元と彼の目元はよく似ている。そう直感できるほどだった。

「紹介しよう、ライラ。君の親戚たちだ。今はもう俺の親戚でもあるがな」

 ライラの胸がきゅっと切なくなった。

「は、はじめましてでしゅ!」

 ソファーから飛び下りたライラが頭を下げる。
 母の親戚たちが駆け寄って泣き声を上げるのは、同時だった。

「ああ、神様……まさか! あのライラが!」
「これは奇跡だ……!!」

 ライラの母方の家族はファーラ家というらしい。
 公爵家であり、ヴェネト王国には建国当初から仕える古い家柄だとか。

 今、ファーラ家をまとめているのは、このダンディーなオジサマ――本当にライラの叔父であるニコル・ファーラであった。

「我が家の黒髪は東方から入植したから……もちろん、他の家系にもある。しかし君は間違えようもない。目元がサーシャそっくりだ」

 ニコルはライラの母、サーシャの兄にあたる。
 すでにライラとニコルの両親は病で亡くなっており、彼がファーラ家を差配していた。

「本当に驚いたよ……。昨日の夜、陛下の使いから君が生きていると聞かされて、心臓が跳ね上がった」
「それ以外に説明のしようがなくてな。悪かった」

 アシュレイとニコルの言葉遣いはかなり気安い。親密なのだろう。

「いや、だが……こうして対面すると魔力の高さは陛下譲りだ。サーシャはここまでの魔力はなかったからね」
「魔力がそんなにわかるんでしゅか?」

 ライラは魔物を除いて、人の魔力がよくわからない。
 さすがにアシュレイほど張り詰めて膨大なら分かるのだけれど。

「我々、ファーラ家は戦闘用の魔術がさほど得意ではなくてね。むしろ探索や鑑定、魔法薬――そういった座学の魔術が生業だ」
「主様と同じですねぇ!」
「ああ、サーシャの得意は魔法薬だったが……ライラちゃんもそうなんだって?」
「あい! 見てくだひゃい!」

 部屋の隅に置いてあるバックパックから、手頃な瓶を取り出す。

 それで取り出してしまったのが、魔物用の毒薬だったが。
 泡立つ赤紫の液体を見て、アシュレイがぼそりとこぼす。

「見るからに毒っぽいが」
「……魔法薬のひとつではあるでしゅ!」

 それにニコルが目を細める。

「ははっ、サーシャもよくそういう魔法薬を作っていた。親子だなぁ」

 ニコルの笑顔はどことなく親近感が生まれる。顔合わせは朗らかに進んだ。