冒険者ギルドの大ホールギリギリの高さにドラゴンが鎮座していた。
 当然、冒険者ギルドにドラゴンが現れたら大混乱になる。

「な、なんだぁ!?」
「ドラゴンだーー!!」
「あわわ……どうしましょー! とんでもないことになっちゃいましたよぉ!」

 ロイドが目を細めて周囲を見渡す。
 すでに冒険者たちは武器を取ってロイドに向けていた。

 こんなところにドラゴンが現れたら当然だろう。
 いつ誰がロイドを攻撃してもおかしくない状況だった。

「待ってくだしゃい!」

 ライラがロイドと冒険者たちの間に立ちふさがり、声を上げる。
 だが冒険者は武器を下ろさない。

 大ホールは一触即発で、冒険者がライラをドラゴンから遠ざけようとする。

「ライラちゃん、危ないぞ! そこから逃げなさい!」

(こんなことのなったのは自分のせいでしゅ、なんとかしないと……っ!)

 必死な気持ちでライラは冒険者を見渡す――そこでアシュレイがローブを払い除け、手を振るった。

 猛烈な氷の魔力が大ホールの天井に満ちる。

「――静まれ」

 身体の芯に響くかのような、声。
 冒険者たちの殺気がピタリと止まる。

 そして諸々の魔術を解除したアシュレイを、冒険者たちも認識した。

「陛下っ!? どうしてここに――!!」
「本物……いや、こんな魔力は陛下しかいない!」

 冒険者たちの注目がロイドからアシュレイに移る。
 その様子をライラは胸を押さえながら見つめていた。

「勇気ある冒険者諸君、まずは武器を下ろしたまえ。この真紅の竜に危険はない」

 あくまで冷静なアシュレイの言葉に冒険者が戸惑う。
 だが、危険な雰囲気は止まっていた。

 次にロイドに向かってアシュレイが問いかける。

「真紅の竜よ。君はダイヤ級冒険者のロイドで合っているか?」

 やや間があり、真紅のドラゴンが頷く。
 その言葉に冒険者が驚く。

「あれが……? 確かに髪の色は鱗の色と同じだが……」
「本当にロイドなのかよ……」

 冒険者が戸惑う中、アシュレイははっきりと皆に聞こえるように、

「君の活躍は私も知っている。若い身でありながら北方を中心に活躍してくれていた。それは……君が紅竜王国の出身でありながら、人の世界を助けるためだろう?」と演説する。

 こくりとロイドが頷いた。

「皆も知っての通り、紅竜王国は他国に対して門を閉ざしている。どんな国か誰も知らない――だが、諸君はロイドがどういう人物か知っているはずだ」
「そうでしゅ! 今日、みーんなで魔物を討伐したじゃないでしゅか!」

 アシュレイとライラの言葉に、冒険者が目線を交わす。
 やがてひとり、またひとりと武器を収めていった。

「そうだよな、何度も一緒に戦ってくれた……」
「申し訳ありません、俺たち……早まってしまって」
「……ロイド、これで良いか?」
「グルゥ……」

 ロイドがゆっくりと頭を下げ、地面に顎をつける。
それは紛れもなく、敵意がない証しだった。




 それからロイドとライラたちは冒険者ギルドの屋上に来ていた。
 大ホールの屋上なので、竜の姿のロイドがいても窮屈感はない。

 すでに空は夜になり、星が輝いている。
 建物と柱のおかげで、他からも見えない。

 ロイドが喉を鳴らしてライラたちに話しかける。

「ありがとう……」

 ぎざぎざの発音ではあるが、言葉の調子はロイドが人間の時のままだ。

「もしかしてその形態では喋りづらいのか?」
「……グルル」

 ロイドが頷く。
 モーニャがもにもにとした手を打つ。

「なるほど、だからさっきも……。というか、人間の姿って魔術なんです?」
「超高度な魔術だろう。身体のサイズをここまで変えるなんて、人間では規格外ではあるが……さすがは竜族といったところか」

 アシュレイの補足にロイドが頷く。

「まぁ、変化の魔術がエリクサーで解除されるとは……効き目がありすぎたんだな」
「……うっ」

 ライラは肩を落とした。

 ロイドはせっかく正体を隠して冒険者をやっていたのに。
 それをぶち壊してしまった。

「気にしない、で」

 ロイドが首を振るい、前脚をライラへと差し出す。
 ゴツゴツした前脚だったが、赤い鱗は輝いて見えた。

「君の薬のおかげで、体調はすごくいいから」

 はにかむロイドを見て、ライラも肩の力を抜くことができた。

「魔力も安定してきたし……ふぅ……」

 ロイドが深呼吸して長く息を吐く。
 巨体の中にある魔力がゆっくりと鳴動し、ひとつの形をなしていった。

 一瞬、赤い閃光が走る。
 竜の身体は消え、そこには人の姿をした冒険者ロイドがいた。

「……うん、これでよし」
「おー、戻りましたねぇ……ふむふむ」

 モーニャがロイドの肩に乗り、ふみふみと感触を確かめる。
 それをロイドは目を細めて楽しんでいた。

「もう大丈夫。ありがとう」
「はぁー……よかったでしゅ。このままだったら、もっと大きな騒動になってたところでひた」

 アシュレイがロイドを見据える。

「で、ロイド……君が人に姿を変えていた本当の理由はなんだ?」
「えっ? あたちたちを助けるためって言ってたでしゅよね?」
「あれは流れで言っただけで、推測だ」
「適当に言っただけなんでしゅか!」
「こほん、しかしああ言わねば周りが収まらんだろう?」
「なんちゅー人でしゅ」
「……構わない。俺も竜の姿では声が出しづらいから、助かった。それに陛下の推測はほとんど正解だ……」
「ほう……」

 アシュレイに意外そうな雰囲気はなかった。
 彼は彼なりにちゃんとした確信があったということなのだろう。

「近年、魔物の暴走が続いている――僕はその調査に来た」

 ロイドは語った。

 魔物の暴走が続き、紅竜王国にも被害が出ていること。
 そしてロイドの調査では、どうも人の国のどこかが原因ではないかということ。

「氷河ヘラジカの群れが暴れるなんて、めったにない……明らかにおかしい」
「そうだな、俺も疑問を抱いている……」
「確かに冒険者さんも不思議に思ってましゅよね」

 この世界歴4年のライラに過去との比較はできないが。
 しかし、魔物の暴走事件が増えていることはライラも聞いていた。

「だから俺は諸国を遍歴して調査しながら、信用できる人を探していた……」

 ロイドの優しい目がライラとアシュレイに向けられる。

「君たちは示してくれた。困難に立ち向かう人間だと」
「ふむ、俺も君には助けられていた。お互い様ということだ」
「でしゅ! 同じ冒険者仲間でしゅし!」
「ああ、だから――手を結ばないか? 個人だけはない。国と国とで。改めて自己紹介しよう。俺の名は紅竜王国騎士団長のロイドだ」
「騎士しゃんなんでしゅね!」
「この世界を憂う気持ちは同じ……はずだ」

 ロイドがアシュレイへそっと手を差し出す。
 ドキドキしながらライラがそれを見守る。

 アシュレイが口角を吊り上げた。

「是非もない」
「おーっ! 歴史的瞬間ですね!」

 モーニャが空に踊る。
 ライラもこんな展開になるとは思っていなかった。

「これも君のおかげだ」

 ロイドが微笑む。

「まぁ、そうでしゅね! 雨降って地固まるとゆーやつでしゅ!」
「……君は賢いな」

 ロイドがライラの頭をそっと撫でる。
 なぜだろうか、子ども扱いが嫌いなライラだが――ロイドからそうされるのは、悪くない気分だった。

 ロイドが目を細め、ライラの前にひざまずく。

「あい?」
「君には傷を癒してもらった。シニエスタンの魔物の討伐も君がいたから成功に終わった。この恩に報いたいと思う」

 ロイドの澄んだ声が星空に響く。
 そして身に帯びた長剣をロイドは恭しく差し出した。

「これって……」
「驚いた。君ほどの人間がそこまでするとはな」
「本で見たことありますっ! 騎士の誓いってやつですよね!?」
「ああ、どうか受け取ってほしい」

 どこまでも真っ直ぐな瞳にライラは断れるはずもなく、頷いた。

「でもあたちに剣は重たいでしゅ。だからモーニャに受け取ってもらうでしゅよ」
「ふっ、構わないよ」
「はいはーい!」

 モーニャが風の魔力とともに剣を受け取り、優雅な仕草でロイドの肩を叩く。

 4歳児に剣を捧げる、ということがあるのだろうか? 
 しかしライラはそもそも並みの子どもではなかった。

「……ありがとう」

 満足したロイドが立ち上がる。
 ライラもひとつ、ロイドと確かな繋がりができた。

「ふふっ……特別な日になったよ」
「良いことは重なるものだな。実に結構なことだ」

 そこでアシュレイが得意気になっているのを、ライラは見逃さなかった。

「陛下も何かあったのです?」
「ライラが俺の娘だとわかった」
「……うん?」

 ロイドの動きがピタリと止まる。

「娘……? ライラが、誰の?」
「えーと……」

 ライラが頬をかく。
 ここまではっきり言われたら誤魔化せないし、説明しておいたほうがいいだろう。

「不本意でしゅが、国王様がとーさまみたい……でしゅ」
「えっ……!」

 ロイドがアシュレイとライラを交互に見る。
 なんだかショックを受けているようだった。

「そうなんだ……」
「どうした。はっきりと言え」
「…………」

 ロイドが口ごもる。
 こんな様子の彼が見られるとは、思っていなかった。

「うん……まぁ、似ているね」

 その答えにアシュレイは微笑んだが、ライラはちょっと物申したい……そんな気分であった。