悠瑠side

 朝のこともありしばらく1人になりたかった。学校に着いて朝の出欠確認を終えると、浩平に謝っていつもの場所に来た。教室には拓也も浩平もいて、帰っても母さんがいるから意味が無い。
 いつもの場所に行き、少し眠っている間にソウが寄ってきていた。手に擦り寄るソウを抱き抱えてベンチに座る。

 「ソウ、俺どうしたらいいのかな。」

 俺の気持ち答えるようニャーと鳴くソウ。俺の涙の跡をチロッと舐めた。

 「ははっ、慰めてくれんの?」

 猫にまで慰められてしまった。これからどうすればいいのだろうか。諦めたくないっていうのは俺のただのわがままで、想くんの幸せを願うなら離れた方がいいのはわかってる。でも、ずっと探し続けていた想くんを手放してしまうと俺が俺じゃないみたいに感じる。

 「ニャー」

 お腹が空いたとでも言うようにいつもエサを置いている器を前足でトントンと叩いてくる。

 「そっか、今日のまだだな。…あ、教室だ。ソウ大人しく待っててね。」

 ソウの鼻にキスをして教室に戻る。朝の出席以来行ってないけど、先生怒ってるかな。
 昼休みのチャイムがなる前にこっそり校舎の中に入った。教室に着く頃にちょうどチャイムが鳴り終わり、中から先生が出たことを確認してから教室の中へと入った。教室に戻ると、拓也と浩平が俺の元に寄ってきた。

 何だか旧校舎にいるソウを思い出した。

 「悠瑠、お昼食べようよ!」
 「ごめん、食欲ねぇんだ。」

 「そっか、そうだよね。」と浩平は眉を下げて笑った。ごめん、応援してくれたのにそんな顔させて。心配かけてごめん。

 「悠瑠、言うか迷ったんだけどやっぱ言うわ。」
 「なに、改まって。」

 拓也は真剣な目で俺を見る。朝、俺のために日下部の前に立ってくれた、その時と同じ目だった。彼の真剣な姿に俺は唾を飲み込む。

 「毎時間お前に会いに日下部が来てる。」

 拓也にそう言われ、何が何だか分からなかった。俺と他のやつの幸せを願うのに、俺に忘れさせてもくれないなんて、なんてずるくて酷いんだ。

 「…そっか、なら今日は教室いれないわ。」
 「悠瑠、ゆっくりでいいからまた気持ち聞かせて。」
 「うん……、気持ちまとまったらまた話すよ。」

 拓也と浩平に手を振って教室を出たあと、ソウのエサを持って、日下部に会わないように1年生が通らない階段から下へ降りた。
 
 ソウいい子に待ってるかな。

 俺は急ぎ足で旧校舎裏に向かった。その途中に昼休み終了の合図の鐘が鳴り響く。先生が長く教室にいたせいで、昼休みが終わってしまった。授業出るつもりもなかったからなんでもいいけど。
 草をかき分けていつもの場所に着くと、見慣れたやつがベンチで眠っていた。
 何で日下部がここにいんだよ。……て、ここを教えたのは俺だった。
 音を立てないようにそうっと日下部に近づく。あまり人に懐かないソウも日下部には懐いているのか、日下部の傍にいた。
 綺麗な顔だよな。改めて日下部の寝顔を見てそう思った。元から思ってはいたものの、こんなにまじまじ見つめたのは初めてだった。

 ニャー、と俺に気づいたソウが鳴いた。

 「日下部が起きちゃうから!」

 猫に怒っても意味が無いなんてのは分かっていたが、小声で人差し指を立て口に当てながらソウに言った。

 「……もう起きちゃってます。」

 さっきまで静かに寝ていた日下部が起きていた。やばいと思ってその場から逃げようとすると腕を掴まれ、逃げられない。離れなければならないと分かっていても、この手を振りほどけないほど、俺は彼に弱い。

 「待ってください、悠瑠くん。」
 「…今は会いたくない。」
 「分かってるけど、いやです。」

 俺の腕を掴んで、真っ直ぐ俺を見つめる日下部の真っ黒な瞳から目が離せなかった。こんな状況でもかっこいい、綺麗だと思う。

 「俺に他のやつのとこ行って欲しいんだろ?それなのに、なんで俺なんかに構うの。」

 自分で言っていて悲しくなる。お前の世界に俺の居場所はない、そう言ってるように感じるから。
 ねぇ、日下部。お前にとって俺は、本当にいらない存在なのだろうか。

 「そうじゃなくて、ただ振り向いてもらえるか分からない俺に時間使うより、悠瑠くんを愛してくれる人と一緒にいた方が悠瑠くんが幸せになれると思って…。」

 こいつは何も分かってない。俺の幸せはお前といることだって、昔から夢見てきたことなんだって。それでも、こんなバカを好きになったのは俺だ。気持ちは、ちゃんと伝えなきゃ。

 「お前は全然俺の事わかってない。」
 「……でも、」

 言葉を続けようとする日下部の頬を両手で包んだ。否定の言葉はもう聞きたくなかった。

 「俺の幸せはお前のそばに居ることなの。」
 「…どんな形でも?」
 「そうだよ。友だちでも先輩でも幸せだよ。…俺の好きってこれくらい重いんだよ。」

 「知らなかっただろ?」と笑ってみせた。日下部は、泣きそうな顔で俺の方を見て、安心したのか俺に笑ってくれた。
 本当はお前の恋人になりたいし、日下部に彼女が出来て、それを横で見るのはきっと耐えられないし、ここまで言ってんのに自分から離れてしまうかもしれない。
 でも、日下部に彼女ができるまでは、それまではあがかせて欲しい。俺が日下部のことを好きなまま隣にいることを許して欲しい。

 「ねぇ、日下部。」
 「…悠瑠…くん?」
 「俺にチャンスをちょうだい。」

 お前を振り向かせるチャンスを、最後のチャンス。日下部は静かに頷いた。もうしばらくは一緒にいられる。今はそれだけで嬉しく感じた。

 「ありがとう。」

 日下部の頬にあった両手を首元に移し、日下部に抱きついた。拒まない日下部をいいことにしばらくこのままの時間を過ごした。