想side
 
 次の日、重たい足取りで学校に向かう。空もどんよりと曇っていた。ぎゅうぎゅうの満員電車も、今日は何故か気分が悪かった。
 昨日、いつもいるはずの悠瑠くんが、あの窓から顔を出していなかった。俺の事諦めちゃったのかな、諦めないって言ってたけど。なんて、自分で振ったくせにそんなことを考える資格はない。俺はどうしたかったんだろう。
 自分の気持ちも分からず、小さくため息をつくと、学校の最寄り駅に着いた。降りた目の前には、ホームのベンチに座って下を向き、携帯をいじる彼の姿。

 「え、悠瑠くん。なんでこんなとこいるんですか?」
 「お前のこと待ってた。」

 待ってたって……、なんで。こんなことしても彼にメリットなんてどこにもないのに。

 「この時間すごい人なんだな。見つけられなかったらどうしようって思ったわ。」
 「なんで俺の事なんて待ってるんですか。」
 「言ったじゃん、諦められないって。ごめんって謝ったじゃん。」
 「そうだけど、俺振りましたよね。」
 「でも、俺が諦められないって言ってもお前拒まなかったんだもん。」

 本気だったのか。なぜこの人が俺にこんな執着するか分からない。こんなに目を腫らして、赤くさせて。昨日どれほど泣いたのか分からないくらいだ。それなのに、なぜこうも平然と過ごしていられるのだろうか。悠瑠くんは学校では人気なはずなのに、俺じゃなくても悠瑠くんを幸せにしてくれる人はたくさんいるはずなのに。

 「なんで俺なんですか?」
 「…は?」
 「悠瑠くんは人気だって聞きました。寄っていい人は限られてるって。悠瑠くんはたくさん告白されてるって聞きました。それでも告白なんてしてしまえば捨てられるって。それなのに、なんで俺には悠瑠くんから来るんですか。俺じゃなければすぐに幸せになるのに。」

 ここまで口に出してしまえば止められなかった。最後まで言ってしまって、後悔した頃にはもう遅い。悠瑠くんの方を見ると彼は涙をポロポロと零していた。
 俺に振られた日もこんな風に泣いたのだろうか。だからあの日は窓から顔を見せてくれなかったのだろうか。

 「なん、でッ。」

 周囲の目が、泣いてる悠瑠くんに向いている。

 「悠瑠くん……。」

 俺は悠瑠くんに手を伸ばした。言ってしまったことに対する後ろめたさもあったが、泣いてるところは見られたくないだろう、そう思ったから。だけど、伸ばした手をパシッと弾かれた。俺は初めて悠瑠くんに拒否された。

 「ごめん……、好きで。見つけて、ごめんッ。」

 消えるような声で、泣きながら俺に謝る悠瑠くん。泣かせてしまったのは俺なのに、泣かないでなんて思ってしまう。泣かせたかったわけじゃない。ただ、彼とただの友だちに、仲良くなりたかっただけなんだ。

 「違います。謝って欲しいんじゃ…。」
 「もういいかな?」

 俺と悠瑠くんの間に立つように深山先輩が目の前に現れ、睨むような目つきでこちらを見ていた。

 「悠瑠、これで顔隠して。」

 後ろでは、ブレザーを悠瑠くんの頭から掛けて顔を見せないようにする佐藤先輩。俺より背の低い悠瑠くんはいつもよりも小さく見えた。

 「悠瑠は俺らの大事な親友なの。これ以上傷つけられたら困るわけ。」
 「俺も拓也も同じ意見だから。悠瑠の決めたことなら応援するって言ったけど、悠瑠を傷つけられて大人しく見てるなんて出来ないよ。」
 
 「浩平、先に悠瑠と学校行ってて。」
 「拓也は?」
 「すぐ行く。」

 悠瑠くんは佐藤先輩に「行こう」と言われ、何も言葉を発さないまま行ってしまった。

 「日下部はさ、何がしたいわけ。」
 「何がしたいって……、別に泣かせたいわけじゃなかったんです。俺は約束の子がいて、その子を探さないといけないから。その子に会うまでは誰とも付き合えないし。それなら悠瑠くんに幸せになって欲しいって。」

 俺の話を聞いて、深山先輩は目を見開き、口を噤んだ。昨日のこと悠瑠くんから聞いていなかったのだろうか。でも、振られた理由なんて友だちにも話さないかもしれないもんな。

 「もし、その子が見つからなかったらどうすんの。」
 「俺は高校生活中に絶対見つけます。」
 「好きなやつに、他のやつのこと好きになれなんて言われて、悠瑠がどう思うかとか考えないわけ?」
 「そ、それは……。」
 「悠瑠は強く見られがちだけど、悠瑠だって傷つくよ。根も葉もない噂流されて、本人は気にしてない振りしてるけど、きっと傷ついてる。それをお前が、よりによって好きなやつに言われるなんて。お前は悠瑠の何を見てきたんだよ。」

 深山先輩の目は潤んでいて、今にも涙が零れ落ちそうだった。

 「日下部、最低だよ。」

 深山先輩は一言俺に言い残し、学校へと向かった。

 俺は悠瑠くんに酷いことを言ってしまった。悠瑠くんは俺が酷いことを言っても会いに来てくれたのに、俺が仲良くしたいって言ったのに、そんな悠瑠くんを突っぱねた。
 謝らなくちゃ。許してもらえないかもしれないけど、それでもちゃんと目を見て謝らないと。

 悠瑠くんに謝りたくて、何度も3年の教室に行くがいつ行っても悠瑠くんはいない。深山先輩にも佐藤先輩にも「何回くんの?」と言われてしまった。

 「想!お昼食べないの?」
 「ごめん、先食べてて!」

 昼休みになって、もしかしたらと思い、この間悠瑠くんが連れていってくれた場所へ向かった。でも、そこにも悠瑠くんは居なくてソウと呼ばれた黒猫だけがそこにいた。

 「ソウ、悠瑠くんどこにいるか知らない?」

 ソウは何も言わずに、プイッと俺の方を向かなかった。
 
 「俺はどうしたいのかな。」

 別に悠瑠くんを泣かせたい訳じゃない。望むなら、この関係をずっと続けたい。でも、悠瑠くんと俺の想いは違うって分かってる。悠瑠くんと仲良くなりたいと思うこの気持ちは、彼を期待させる行為なのか。俺の言動1つ1つに照れる彼をこれ以上縛ってはいけない気がした。
 俺にとって、あの子じゃないとダメみたいに、悠瑠くんにとっても俺じゃなきゃダメなのに。
 俺が1番悠瑠くんの気持ちを分かるくせに、1番言って欲しくない言葉を言った。

 ベンチの上で横になると目の前の空は雨が降りそうな空模様だった。でも、きっとソウがいる以上悠瑠くんはここに来る気がした。目を閉じると、風がちょうど吹いてきて気持ちがよく、自然と眠りについた。

 俺が初めて授業をサボった日

 ◇◇◇