想 side
渡里先輩に連れてこられたのは旧校舎裏。草が生えすぎて小さな森みたいになっている場所だ。草をかき分けると、そこには整地された庭のような場所が広がっていた。ベンチが1つ置いてあり、ベンチの目の前だけ雑草が抜かれていた。
「こんなところあったんだ。」
周りが緑に囲まれていて、まるで異世界に来たような、学校とは思えない場所だった。決してアニメで見るような綺麗な場所が広がっている訳では無いが、誰にも見つからない、2人だけの世界にいる気分だった。
「俺よくここでサボっててさ、そしたら用務員のおじさんと仲良くなって、俺が居やすいようにってめっちゃ整地してくれたんだよな。」
嬉しそうにこの場所を見つけた経緯を教えてくれる。先輩がベンチに座り、俺も座るように目線を送るから、俺も隣に腰かけた。
「最初はどんな所だったんですか。」
「ほんとひどいとこだよ。雑草だらけでさ。でも、絶対誰にも見つからないからここを手放すことは嫌で。用務員のおじさんにも手伝ってもらったけど、俺も雑草抜いたんだよ。」
そんな話をしていると、目の前の草むらがガサッと音を鳴らした。その1箇所を凝視していると、1匹の黒猫が顔を覗かせた。
「あ、今日も来たのか。おいで。」
渡里先輩が呼ぶと、猫は慣れたように渡里先輩の元にやって来て、足にすりついた。軽々と猫を抱き上げると、膝の上に下ろし優しく毛並みを撫でる。猫と触れ合っている彼はとても綺麗だった。
「なんか、この猫お前に似てるんだよな。」
猫を撫でながら、渡里先輩はポツっと言った。
「どの辺が似てるんですか?」
「真っ黒なとこ」
「……性格とかですか?」
「そんな訳ないじゃん。見た目だよ。」
「目の色も髪も真っ黒なんだもん」と、笑いながら付け足した。気持ちよさそうに撫でられている猫は喉を鳴らし、先輩に擦り寄り甘えていた。
「ソウ、今日はいつもより甘えただねぇ。」
甘い声で想と呼ばれてびっくりしたけど、渡里先輩が見ていたのは猫の方。渡里先輩はこちらには目もくれず、優しい目で猫の方を見つめていた。
「俺の名前も想だから、今すごくびっくりしました。」
「…知ってたよ。入学式の日教えてくれたじゃん。……、猫と同じだなって思ったから。」
覚えていて猫のことをソウと呼ぶこの人は少しずるい。頭の中で何度も先ほどの声が再生される。目はビデオカメラ、脳はフィルム、目を閉じればワンシーンが映し出されるように、何度も何度も鮮明に感じられた。
「この場所、日下部にしか教えてないから内緒にしててね。」
「俺の秘密基地なの」と輝く笑顔を向けてくる。そんな大切な場所を俺だけに教えたと言う先輩。人の好意に鈍感な俺でも流石に気づいてしまう。
彼との関係の終わりを恐れ、避けてきた事実に向き合う時が来たのかもしれない。
「渡里先輩って、俺の事好きなんですか?」
ずっと気になっていた、引っかかっていた、渡里先輩が俺に近づく理由。それがこんな簡単な答え合わせだけではないと分かっていても、これが1番簡潔な答え合わせだ。
「…答えない。」
「なんでですか?」
「今日の分の質問は終わってるから。」
あ、これも質問に入ってしまうのか。渡里先輩には1日1回の質問だけ。渡里先輩を知れるのは1日1つだけ。
渡里先輩のことゆっくり知っていけたらなんて思っていたのに、答えを急いでしまった。
「すみません、またあし…「でも、俺が勝手に言う分にはいいよね。」」
俺の言葉と被せるように渡里先輩が言葉を紡ぐ。ソウは、ニャーと、渡里先輩の膝の上からどこかに行ってしまう。まるで気持ちを汲み取り、空気を呼んだかのようだ。
「俺、日下部が好きだよ。」
心地よい風が吹いてきた。目を見て伝えてくれる先輩から真剣さが伝わる。真剣だからこそ、伝えなきゃならない。この関係に終止符を打たなければならない。
「…ごめんなさい。俺心に決めてる人がいます。」
「それって、彼女とか?」
「いや、彼女ではないんです。」
悲しそうに聞いてくる渡里先輩の姿に胸が痛む。こんなに想ってもらって申し訳ない気持ちはある。でも、俺にはあの子しかいないから、ごめんなさい。
「そっか…でも、ごめん。」
先輩がこちらに体を向け、今にも泣きそうな目でこちらを見てくる。潤む瞳の中に映る俺が揺れて、渡里先輩の姿も揺れた。
「なんで先輩が謝るんですか?」
「俺、お前のこと諦められないかもだから。」
「俺は……、俺は先輩のこと好きにならないよ。」
「それでもいい。一途なお前が好きだし、絶対振り向かせて見せるから。」
膝の上で拳をギュッと握り、さっきまで可愛かった先輩は急にかっこよく見えた。これが、ギャップというやつなのか。
もし、あの子に彼氏が出来ていたら、俺は同じことを言えるだろうか。こんなに気持ちの入った言葉を投げることはできるだろうか。
「とりあえず、その先輩ってやめて。」
「でも、先輩は先輩です。」
「距離があるみたいで嫌だ。」
あ、いつもの可愛い先輩に戻った。少しの会話でも、わがままなのが分かる可愛い先輩。唇を突き出し、頬を膨らませることが癖なのか、何度もこの仕草を見た。
渡里くん……は、なんか学校の先生みたいで偉そうだし、呼び捨ては流石に先輩だからな…。
「じゃぁ、悠瑠くんでいいですか?」
「…うん、そっちのがいい。」
嬉しそうに笑う先輩は、いつもより輝いて見えた。それは、春の日差しのせいなのか、それともフィルターがかかっているのか。
俺たちの関係が混乱した長くて短い昼休みは、予鈴のチャイムと共に終わってしまった。
◇◇◇
渡里先輩に連れてこられたのは旧校舎裏。草が生えすぎて小さな森みたいになっている場所だ。草をかき分けると、そこには整地された庭のような場所が広がっていた。ベンチが1つ置いてあり、ベンチの目の前だけ雑草が抜かれていた。
「こんなところあったんだ。」
周りが緑に囲まれていて、まるで異世界に来たような、学校とは思えない場所だった。決してアニメで見るような綺麗な場所が広がっている訳では無いが、誰にも見つからない、2人だけの世界にいる気分だった。
「俺よくここでサボっててさ、そしたら用務員のおじさんと仲良くなって、俺が居やすいようにってめっちゃ整地してくれたんだよな。」
嬉しそうにこの場所を見つけた経緯を教えてくれる。先輩がベンチに座り、俺も座るように目線を送るから、俺も隣に腰かけた。
「最初はどんな所だったんですか。」
「ほんとひどいとこだよ。雑草だらけでさ。でも、絶対誰にも見つからないからここを手放すことは嫌で。用務員のおじさんにも手伝ってもらったけど、俺も雑草抜いたんだよ。」
そんな話をしていると、目の前の草むらがガサッと音を鳴らした。その1箇所を凝視していると、1匹の黒猫が顔を覗かせた。
「あ、今日も来たのか。おいで。」
渡里先輩が呼ぶと、猫は慣れたように渡里先輩の元にやって来て、足にすりついた。軽々と猫を抱き上げると、膝の上に下ろし優しく毛並みを撫でる。猫と触れ合っている彼はとても綺麗だった。
「なんか、この猫お前に似てるんだよな。」
猫を撫でながら、渡里先輩はポツっと言った。
「どの辺が似てるんですか?」
「真っ黒なとこ」
「……性格とかですか?」
「そんな訳ないじゃん。見た目だよ。」
「目の色も髪も真っ黒なんだもん」と、笑いながら付け足した。気持ちよさそうに撫でられている猫は喉を鳴らし、先輩に擦り寄り甘えていた。
「ソウ、今日はいつもより甘えただねぇ。」
甘い声で想と呼ばれてびっくりしたけど、渡里先輩が見ていたのは猫の方。渡里先輩はこちらには目もくれず、優しい目で猫の方を見つめていた。
「俺の名前も想だから、今すごくびっくりしました。」
「…知ってたよ。入学式の日教えてくれたじゃん。……、猫と同じだなって思ったから。」
覚えていて猫のことをソウと呼ぶこの人は少しずるい。頭の中で何度も先ほどの声が再生される。目はビデオカメラ、脳はフィルム、目を閉じればワンシーンが映し出されるように、何度も何度も鮮明に感じられた。
「この場所、日下部にしか教えてないから内緒にしててね。」
「俺の秘密基地なの」と輝く笑顔を向けてくる。そんな大切な場所を俺だけに教えたと言う先輩。人の好意に鈍感な俺でも流石に気づいてしまう。
彼との関係の終わりを恐れ、避けてきた事実に向き合う時が来たのかもしれない。
「渡里先輩って、俺の事好きなんですか?」
ずっと気になっていた、引っかかっていた、渡里先輩が俺に近づく理由。それがこんな簡単な答え合わせだけではないと分かっていても、これが1番簡潔な答え合わせだ。
「…答えない。」
「なんでですか?」
「今日の分の質問は終わってるから。」
あ、これも質問に入ってしまうのか。渡里先輩には1日1回の質問だけ。渡里先輩を知れるのは1日1つだけ。
渡里先輩のことゆっくり知っていけたらなんて思っていたのに、答えを急いでしまった。
「すみません、またあし…「でも、俺が勝手に言う分にはいいよね。」」
俺の言葉と被せるように渡里先輩が言葉を紡ぐ。ソウは、ニャーと、渡里先輩の膝の上からどこかに行ってしまう。まるで気持ちを汲み取り、空気を呼んだかのようだ。
「俺、日下部が好きだよ。」
心地よい風が吹いてきた。目を見て伝えてくれる先輩から真剣さが伝わる。真剣だからこそ、伝えなきゃならない。この関係に終止符を打たなければならない。
「…ごめんなさい。俺心に決めてる人がいます。」
「それって、彼女とか?」
「いや、彼女ではないんです。」
悲しそうに聞いてくる渡里先輩の姿に胸が痛む。こんなに想ってもらって申し訳ない気持ちはある。でも、俺にはあの子しかいないから、ごめんなさい。
「そっか…でも、ごめん。」
先輩がこちらに体を向け、今にも泣きそうな目でこちらを見てくる。潤む瞳の中に映る俺が揺れて、渡里先輩の姿も揺れた。
「なんで先輩が謝るんですか?」
「俺、お前のこと諦められないかもだから。」
「俺は……、俺は先輩のこと好きにならないよ。」
「それでもいい。一途なお前が好きだし、絶対振り向かせて見せるから。」
膝の上で拳をギュッと握り、さっきまで可愛かった先輩は急にかっこよく見えた。これが、ギャップというやつなのか。
もし、あの子に彼氏が出来ていたら、俺は同じことを言えるだろうか。こんなに気持ちの入った言葉を投げることはできるだろうか。
「とりあえず、その先輩ってやめて。」
「でも、先輩は先輩です。」
「距離があるみたいで嫌だ。」
あ、いつもの可愛い先輩に戻った。少しの会話でも、わがままなのが分かる可愛い先輩。唇を突き出し、頬を膨らませることが癖なのか、何度もこの仕草を見た。
渡里くん……は、なんか学校の先生みたいで偉そうだし、呼び捨ては流石に先輩だからな…。
「じゃぁ、悠瑠くんでいいですか?」
「…うん、そっちのがいい。」
嬉しそうに笑う先輩は、いつもより輝いて見えた。それは、春の日差しのせいなのか、それともフィルターがかかっているのか。
俺たちの関係が混乱した長くて短い昼休みは、予鈴のチャイムと共に終わってしまった。
◇◇◇
