悠瑠 side

 昨日は夢見たいな時間だったな…。日下部と一緒に途中まで帰れると思ってたら、結局最寄り駅まで送ってくれちゃって、日下部って全然知らないやつにも優しいんだ。
 あ、でもそうか、あの時からか。
 あれから毎日窓から外を眺めるのが日課だ。外を眺めるというか、想くんを探すこと。今日も大好きな彼を探すため、暖かな陽射しが差し込む窓辺から顔をだす。今日も登校してきたあいつは俺を見つける。何だかアクションを起こしたくて手を振るだけだった毎日も、最近では笑顔で手を振り返してくれる。これだけで幸せなんて知らなかった。

 「彼が悠瑠の約束の子ねぇ。」
 「なんか再会できるなんて運命みたいだね。」

 目をキラキラさせている浩平と、ニヤニヤと面白がる拓也。こいつらにはあの日、昔の話をした。

 「それはアタックするしかない!」
 「悠瑠がそういうの苦手なのわかってるけど、気づいてもらうにはそれしかないよ。」

 2人は面白がっているのか、純粋に応援してるのか分からないけど、言われたから行動はしてみてる。毎日朝は窓から手を振って、移動教室はわざわざ1年の教室の前を通って、会えた時は絶対話しかけて、帰りも日下部に向けて窓から声をかける。

 俺なりに頑張ってはいるんだけど…

 「ぜってぇ、思い出してない!」

 長期戦になることはわかってた。けどさ…、俺、こんだけ頑張ってて思い出す気配すらない。新手の拷問か何かですか。恥ずかしすぎて諦めてしまいそうだ。

 「そりゃそうだよ。悠瑠は頑張ってはいるけどまともな会話してないし。」
 「うっ、痛いとこつくな…」

 確かにちゃんとした会話はしてない。けど、俺から会いに行くとか恥ずかしいし、日下部に変な噂がたつのは不本意だ。

 「でも、その状況を打破するために昨日一緒に帰ったわけじゃん?」
 「あ、ほんとだ。悠瑠どうだったの?」
 「何で教えなきゃなんねぇんだよ!」

 昨日のことはまだ夢みたいで俺も信じられない。それなのに、こいつらにあの夢のような時間を共有するなんて…。

 「なに、教えてくんないの。」
 「えぇ、どうしよっかなぁ。」
 「昨日一緒に帰れたの俺らのおかげじゃん!」

 確かに、昨日こいつらが背中を押してくれなかったら一緒に帰ることはなかっただろう。いつも通り、この窓から彼を見ていただろう。

 「頑張れって言ってやったのに〜。」
 「口パクじゃん。」
 「でも悠瑠には伝わってただろ。」

 いつもと変わらないこの瞬間。一瞬だけのこの時が前よりもっと好きになる。相手が男の子だと分かっても、気持ち悪がらず、俺の恋を純粋に応援してくれる。そんなこいつらがとても大事だ。

 「伝わってたし、頑張ったよ。」

 引っ付いてくる拓也を剥がし、窓の外を見た。ちょうど日下部がこちらを見ていて、大きく手を振った。

 「おはよ!」
 「おはようございます。」

 心做しかいつもより笑顔な気がする。少しでも距離が近づいたのだろうか。昨日のことを思い出すと顔がニヤけてしまう。

 「昨日上手くいったみたいで何よりだねぇ。」
 「昨日のこと知りたいなぁ。」

 ニヤニヤしながら2人が近づいてくる。絶対バカにされる。けど、やっぱり共有したい。

 「しょうがない、話してやる!」

 女子高生が「誰にも言わないでね!」と言いながら惚気話をする意味が今ならわかる。この幸せな気持ちを誰かに聞いて欲しい。けど、大事にしたいから大人数は嫌だ。いつも退屈で寝てしまっている授業を、今日はワクワクしてしまっている。
 質問来てくれるかな。
 楽しみ気持ちと、不安が同時に襲ってくる。これが恋なのか。

 「昨日、可愛いって言われた。」
 「え、それで?」
 「俺の事知りたいって言ってくれて。」
 「えぇ、進んでるじゃん!」

 キャッキャと盛り上がる様子は、教室の中でも注目されてしまっていたが、そんなの気にもならなかった。ただ少し、教室の温度が高くなった。

 「それで、また会う約束はしたの?」
 「会う約束というか、毎日1個俺に質問していいって言った。」
 「1日1個?」
 「毎日質問しに来るってことはさ、毎日俺に会いに来て俺の事1回は考えてくれるってことじゃん。」
 「悠瑠…健気〜。」

 浩平が俺の頭をわしゃわしゃと撫でる。自分のことのように嬉しそうに、「よく頑張ったね。」なんて、俺を子どものように扱ってくるのだ。

 「でもさ、結局約束を思い出してはないわけじゃん?」
 「うっ、それはそうね。」
 「もう少し頑張らないとだなぁ、悠瑠。」
 「もう、幸せな気持ちになってんだから落とすなよな!」

 拓也は悪びれもせず、「ごめんごめん。」と笑いながら俺に言ってきた。そして俺を見つめてくるから、首を傾げると、「何でもない。」と、そっぽ向いた。俺の目には、何故か拓也が寂しそうな表情に見えた。

 「拓也、何かあったの?」
 「んー、悠瑠が離れていきそうで寂しいんだよ。」
 「俺、日下部のこと好きでも、2人のことも好きだよ。」
 「俺も、悠瑠も拓也も大好きだから同じだね。拓也は?」
 「……俺も、好きだよ。」

 拓也はそっぽ向いた顔を俺の方に戻し、複雑そうな顔で笑った。そんなことをしていると、担任が入ってきてみんな自分の席に戻る。
 想くんにも、好きなんて簡単に言えたらいいのに。彼を目の前にすると言葉が詰まる。

 今日の授業は余計に頭に入らなさそうだ。

 ◇◇◇

 「それで、例の日下部くんはいつ来るの?」

 浩平に聞かれて確かにいつかは聞いてないと気がついた。あいつ自体、本気で来るかどうかも怪しいところだ。あぁ、気持ちが高まっていたところなのに一気に落ちてしまった。

 「別に聞きたいことあるなら来いって言っただけだし、来るかわかんない。」
 「来るか来ないかはともかく、まさか悠瑠がそんな爆弾発言するって思わなかったよな。」
 「そうだよね!日下部くん、悠瑠の気持ちに気づいてるかもよ?」

 浩平が変なことをいうから、ガタガタッと椅子から落ちてしまう。
 気持ちがバレる?それは考えてなかった…。
 確かに思い出しはしなくても、俺が日下部のことが好きだという事実はバレてしまうかもしれない。

 「ははっ、渡里先輩何してるんですか?」

 よりにもよってこんな時に日下部が来る。まさか昼休みに来るなんて思ってなくてびっくりした。せめて放課後とかに来るのかな、なんて油断してたけど、来てくれて嬉しい。

 「はい、先輩。」

 日下部は俺に向けて手を出してくれたから、「ありがとう」と言って手を取った。俺を軽々と持ち上げて制服のホコリをパッパと払ってくれる。
 少し触れただけなのに心臓がうるさい。

 「あの時とは逆ですね。」

 あの時とは、入学式の日の話だろうか。俺と日下部が2度目の出会いを果たした日。

 「そ、そうだな。」
 「渡里先輩って、すぐ顔赤くなりますよね。」

 「可愛い」と言いながら、また俺の頬を撫でた。昨日の今日で急にこんなに甘くなるものだろうか。このままでは俺の心臓がもたない。
 
 「は……、な、何言ってんの!」
 「あのー、二人の世界のとこ悪いんだけど、」

 俺が日下部の手を払いのけると同時に、拓也が申し訳なさそうに話しかけてきた。
 2人のこと忘れてた。

 「あ、紹介するわ。こっちが深山 拓也。」
 「よろしく、日下部。気軽に話しかけて。」
 「で、こっちが生徒会長の佐藤 浩平。」
 「日下部くん、よろしくね〜。」

 ニコニコと2人に笑いかける日下部を見ていると、何だか俺だけが仲良かった日下部がいなくなったみたいに少し悲しい。けど、やっぱり2人のことも知って欲しいし、複雑だ。

 「2人とも俺の親友なんだ。」
 「渡里先輩のことまた知れた。」

 嬉しそうに優しく笑う日下部が、本当に眩しい。
 
 「そういえば、なんで俺の名前…、まだ名前言ってないですよね。」
 「あぁ、それは悠瑠が日下部の話を…」
 「わああああああああ!!」

 咄嗟に大声を出して拓也の声を遮った。日下部の話を2人にしてるなんてバレたら、それこそ日下部のこと好きなのバレてしまう気がした。
 日下部の方をパッと見るとニヤけた顔をしていた。

 「俺の話してるんですか?」

 嬉しそうに、口元を抑えながら俺に聞いてきた。
 なんでこんなことになったんだ。

 「お、お前質問しに来たんじゃないの。」
 「あぁ、そうだった。」

 本当のことがバレて、話を逸らそうと思った。本当に質問があるなんてあまり思ってなかったが、日下部は思い出したように俺に向き直る。何を聞かれるのか少し緊張してしまう。

 「渡里先輩、好きな食べ物なんですか?」
 「…は?」

 隣で聞いてた2人もポカンとしていた。そりゃ、知りたいことは質問しに来いとは言ったけど、こんなお見合いみたいな質問だと思わないし、もっと「なんで俺にしつこく付きまとってくるんですか。」とか、「初日の見つけたってどんな意味ですか。」とか、そんな質問がくると思っていたから身構えてしまった。

 「えっと、クッキーが好き…かな。」
 「そうなんですか!今度持ってきますね。」
 「いやいや、ちょっと待って。」

 キョトンとする日下部。俺もびっくりだよ、こんな質問だなんて。

 「1個しか質問できないのにこんなこと?」
 「こんなことってなんですか。俺、知りたかっただけなのに。」
 「いやいや、だってもっと知りたいことあるでしょ。こんな小さいことで1個なんて……。」
 「でも、俺はどんな小さなことでも、渡里先輩のこと知りたいし……。それに毎日来てもいいんでしょ?」

 目を細めて微笑む日下部に絶対心臓射抜かれた。昔から変わらない笑い方。本当に、かっこいいんだよなぁ。
 これ以上一緒にいてしまえば、振られた時に離れることが出来なさそうで、頭を抱えてしまう。

 「大丈夫ですか?頭痛いんですか?」

 俺の頭を優しく撫でながら、顔を覗き込むように聞いてくる日下部。かっこいい顔面が、目の前にあって直視出来ない。

 「これ以上ドキドキさせんなよ…。」
 「えっ?」
 「……えっ?」

 声、出てた……?
 傍で見ていた2人の方見ると、「声出てたよ。」と小さな声で伝えられる。なんでこんなことになってしまったんだろう。いつかバレてしまうとは思っていたが、このタイミングで?

 恐る恐る日下部の方を見ると口元に手を抑えて顔を赤くしていた。
 この反応は期待してしまう。このまま勢いで告白?それはやりすぎ?思考回路がグルグルと回る。どうすればいいのか、何が最適なのか。誤魔化すべきなのか、そのまま勢いに身を任すべきなのか。

 「悠瑠。」

 浩平に肩を叩かれて正気に戻った。浩平の顔を見ると高まった気持ちが落ち着いてきて、涙が込み上げてきた。

 「浩平、どうしよう。俺やっちゃった。」
 「もう悠瑠、泣かないでよ」

 「深呼吸して。」と、浩平のアドバイス通り大きく息を吸い、大きく息を吐いた。混乱していた思考も少し落ち着いた気がした。
 今なら落ち着いて話が出来る気がする。

 「日下部、あの聞こえてた…?」
 「ごめんなさい。聞こえちゃいました…。」

 ここまで取り乱してしまえば仕方ないよな。よし、ここは男になれ。頑張れ俺。

 「日下部、ちょっと着いてきてくんない?」
 「あぁ、はい。」

 俺は日下部を連れて、ある場所に向かった。携帯が震えたから見てみると、3人のグループチャットで2人が「頑張れ」と送ってくれていた。俺は短く「頑張る」と送り返し、携帯を閉じた。

 あぁ、友だちっていいな。