想 side
入学式から毎日、あの窓から渡里先輩が見えた。渡里先輩はいつも窓から顔を覗かせて、俺を見つけては手を振ってくれる。
渡里先輩って朝来んの早いんだな。
普段から名前を覚えるのが苦手な俺が名前を覚えてしまっているのは、渡里先輩と毎日会うから。朝のこの手を振るのもそう。偶然廊下ですれ違うと絶対話しかけてくるし、帰りもあの窓から「また明日!」って声をかけてくる。
別に害はないし、仲良くして貰えるのは嬉しい。だから、この良好な関係のままいてもいいかななんて思っている。
「想って、渡里先輩に目つけられてるってほんとなんだ。」
入学式のときに仲良くなった来栖奏志が俺に肩を組みながら言ってきた。
「肩組んでくるな。」
「えぇ、日下部くんつれないなぁ。」
目をつけられるって悪い意味じゃないか。渡里先輩からはそんな気が全く感じられない。でも、渡里先輩が俺に執着する理由が思い浮かばない。
「目つけられてるのかな。」
「毎日毎日想を見ては睨んじゃってさ…、あれは相当想に怒ってるね。」
「怒ってる奴に毎日話しかける?」
「仲良くして油断させたいんじゃないの?」
でも全然覚えがない。俺は喧嘩する方でもないし、ましてや、渡里先輩が喧嘩すると思えない。でも、人には二面性がある人がいるって聞いた事あるしそれなのかも。
「先輩は、どんな人なの。」
「俺もよく知らないんだよね。ただ、1個噂はあるよ。」
「どんな?」
「“魅惑の悪魔”って噂。」
奏志曰く、渡里先輩は相当モテるらしい。男女問わず。そして、告白されまくっているにも関わらず、これまで誰とも付き合ってこなかったとか。魅了するだけ魅了し、告白されたら物のように捨てる、魅了し狂わせる悪魔のような人、そんな意味らしい。
「想は狙われてるし、気をつけないとね。」
「まぁ、俺は惚れないけどね。」
俺にはあの子がいるから、他の人を見ている余裕なんてないのだ。
奏志の話を流しながら、チャイムの音を聞く。放課後の合図で急いで教室を出た。部活動をまだ決めてない俺は、そのまますぐに家に帰る。あの子を探さないといけないから部活なんてしている暇なんてない。
下駄箱に向かっていると、向かいの廊下から見覚えのある姿が近づいてくる。いつもなら窓から顔をのぞかせているはずのあの人は、何故かブツブツと何かを呟きながら俺の方へ向かってきていた。
「渡里先輩!」
「え、そっ…!」
渡里先輩は必死に口を抑えた。俺がいたことにそんなに驚いたのだろうか。何か言いかけていた言葉を飲み込み、小さく咳払いをして俺の方へ向き直った。
「…日下部、今帰りなの?」
冷静さを装っているように見えるが耳が赤い。怒ってるようには見えないんだけどな。
「はい、今から帰ります。」
「あのさ、駅まで…いや、途中まで帰ろう。」
「え、俺と先輩が一緒に?」
「なに、いやなの?」
渡里先輩は、頬を膨らませた。プクッと膨れた頬が柔らかそうで、少し触れてみた。渡里先輩はビクッと身体を震わせたが、俺の手を避けることはない。次第に赤く染まっていく先輩の顔をずっと見ていたいと感じる。
「な、何してんの?!…//」
「柔らかそうで気持ち良さそうだったから、つい。」
赤くなっても全然嫌がらない先輩。男にこんな感情持つのはおかしいかもしれない、可愛いだなんて。
「で、帰ってくれんの?嫌なの?」
「もちろん帰らせて頂きます。」
俺が笑いかけると、渡里先輩は頬を緩ませた。先輩を見ていても、起こっているようには到底見えない。嫌いなやつにこんな顔をするのだろうか。ニコニコの顔で俺を見つめてくる。
コツンと手と手が当たる度、少し体を震わせる。そんな先輩をやはり可愛いと感じた。
校舎を出ると、いつものようにあの窓を見てしまう。そこには渡里先輩ではなく、2人の男の人がこちらを見ていた。口をパクパクと動かし、何かを伝えていた。俺には何かわからなかったが、隣の人は先程とは違った笑顔で手を大きく振り、「おう!」と大きく返事をした。窓の2人は満足そうに笑うと小さく手を振り窓から離れた。
「なに、そんな窓見つめてさ。」
「いつもは先輩があそこにいるのに、今は隣にいるから。変な感じだけど、仲良くなれたみたいで嬉しいです。」
「……何言ってんの。早く行くよ。」
俺をほってさっさと前を歩く。その後ろ姿を見ると、少し意地悪してみたくなって、先輩が振り向くまでジッと止まってた。すると、それに気づいたのか、振り向いて、また頬を膨らませながら、「もうほっていくからな!」とさらに進んでしまう。
このままにしておくと、これ以上拗ねてしまいそうだったから、急いで渡里先輩の隣についた。先輩の隣につくと、渡里先輩は軽く目線をこちらに向け、満足そうに微笑んだ。
「……日下部、友だちできた?」
「あぁ、はい。奏志っていう、うるさいやつです。」
「へぇ、賑やかなんだ。俺の友達も1人うるさいよ。」
「そうなんですね。」
「ま、もう1人もたまにうるさいけどね。」
「先輩もうるさいんですか?」
「俺は品行方正な生徒だから静かだよ。」
「え、絶対嘘じゃん。」
思わず吹き出してしまい、怒られるかと思ったが、渡里先輩は何故か優しい笑顔を俺に向けていた。
二人で帰るなんか会話あるのかなと思ってたけど、渡里先輩は俺にすごく話しかけてくれる。
「学校慣れてきた?」
「勉強が追いつかなさそうです……。」
「ははっ、お前バカそうだもんな。」
「うぅ、否定できません。」
話が途切れても直ぐに新しい話題を出してくれる。毎回質問形式の問いかけで、自然と俺のことをいっぱい聞いてくれた。そして、自然と俺も話せた。何だかお兄ちゃんみたいで安心感がある。
「次は渡里先輩のこと教えてください。」
「俺はいいよ。俺がお前のこと知りたいだけだしさ。」
「俺もあなたのこと知りたいです。」
本心だった。なぜこんなに俺に興味があるか。ただの気まぐれなのか。本当に俺のこと嫌いなのか。見つけたって俺を探していたのか。先輩は色んな男をわざと魅了しているのか。
聞きたいことは山ほどある。でも、渡里先輩は全然自分の話をしない。意図的にしたがらない。
「んー、じゃあこうしよう。」
渡里先輩は何かを閃いたかのようにポンと手を一回叩く。
「一日一回、俺に何でも質問していいよ。」
「一日一回?」
どうして分けるのだろうか。今聞きたいことを全て聞けたら、早く渡里先輩のこと知れるのに。なぜかわからなくて渡里先輩を見る。すると渡里先輩も俺の目線に気づいたのか俺を見る。
「そしたらさ、お前と毎日会えんじゃん?」
恥ずかしそうに伏せ目がちに笑う彼を見て、ドキッと胸が鳴った気がした。今まで他の人に目もくれなかったのに。
でも俺には約束をしたあの子がいる。揺らぐな日下部想!俺にはあの子がいる。と、自分に何度も言い聞かせた。しかも相手は男の人だ。そんな間違いあるはずがない。
恥ずかしくなったのか少し前を歩く渡里先輩。その耳は真っ赤になっていた。恥ずかしいくせに、隠そうとする姿が何だか小動物みたいでクスッと笑った。
「何笑ってんだよ。」
「何だか渡里先輩が可愛くて。」
正直に言うと更に赤くなる顔。こんな顔を他の誰かにも見せたりしているのだろうか。
やっぱり目なんか付けられてないよ。だって、こんなに顔を赤くしても、俺との距離を離さそうともしないんだから。俺よりも身長の低い先輩に歩幅を合わせるように歩いているつもりだった。けど、いつからだろうか、この時間が続けばいいのにと感じている自分がいた。
入学式から毎日、あの窓から渡里先輩が見えた。渡里先輩はいつも窓から顔を覗かせて、俺を見つけては手を振ってくれる。
渡里先輩って朝来んの早いんだな。
普段から名前を覚えるのが苦手な俺が名前を覚えてしまっているのは、渡里先輩と毎日会うから。朝のこの手を振るのもそう。偶然廊下ですれ違うと絶対話しかけてくるし、帰りもあの窓から「また明日!」って声をかけてくる。
別に害はないし、仲良くして貰えるのは嬉しい。だから、この良好な関係のままいてもいいかななんて思っている。
「想って、渡里先輩に目つけられてるってほんとなんだ。」
入学式のときに仲良くなった来栖奏志が俺に肩を組みながら言ってきた。
「肩組んでくるな。」
「えぇ、日下部くんつれないなぁ。」
目をつけられるって悪い意味じゃないか。渡里先輩からはそんな気が全く感じられない。でも、渡里先輩が俺に執着する理由が思い浮かばない。
「目つけられてるのかな。」
「毎日毎日想を見ては睨んじゃってさ…、あれは相当想に怒ってるね。」
「怒ってる奴に毎日話しかける?」
「仲良くして油断させたいんじゃないの?」
でも全然覚えがない。俺は喧嘩する方でもないし、ましてや、渡里先輩が喧嘩すると思えない。でも、人には二面性がある人がいるって聞いた事あるしそれなのかも。
「先輩は、どんな人なの。」
「俺もよく知らないんだよね。ただ、1個噂はあるよ。」
「どんな?」
「“魅惑の悪魔”って噂。」
奏志曰く、渡里先輩は相当モテるらしい。男女問わず。そして、告白されまくっているにも関わらず、これまで誰とも付き合ってこなかったとか。魅了するだけ魅了し、告白されたら物のように捨てる、魅了し狂わせる悪魔のような人、そんな意味らしい。
「想は狙われてるし、気をつけないとね。」
「まぁ、俺は惚れないけどね。」
俺にはあの子がいるから、他の人を見ている余裕なんてないのだ。
奏志の話を流しながら、チャイムの音を聞く。放課後の合図で急いで教室を出た。部活動をまだ決めてない俺は、そのまますぐに家に帰る。あの子を探さないといけないから部活なんてしている暇なんてない。
下駄箱に向かっていると、向かいの廊下から見覚えのある姿が近づいてくる。いつもなら窓から顔をのぞかせているはずのあの人は、何故かブツブツと何かを呟きながら俺の方へ向かってきていた。
「渡里先輩!」
「え、そっ…!」
渡里先輩は必死に口を抑えた。俺がいたことにそんなに驚いたのだろうか。何か言いかけていた言葉を飲み込み、小さく咳払いをして俺の方へ向き直った。
「…日下部、今帰りなの?」
冷静さを装っているように見えるが耳が赤い。怒ってるようには見えないんだけどな。
「はい、今から帰ります。」
「あのさ、駅まで…いや、途中まで帰ろう。」
「え、俺と先輩が一緒に?」
「なに、いやなの?」
渡里先輩は、頬を膨らませた。プクッと膨れた頬が柔らかそうで、少し触れてみた。渡里先輩はビクッと身体を震わせたが、俺の手を避けることはない。次第に赤く染まっていく先輩の顔をずっと見ていたいと感じる。
「な、何してんの?!…//」
「柔らかそうで気持ち良さそうだったから、つい。」
赤くなっても全然嫌がらない先輩。男にこんな感情持つのはおかしいかもしれない、可愛いだなんて。
「で、帰ってくれんの?嫌なの?」
「もちろん帰らせて頂きます。」
俺が笑いかけると、渡里先輩は頬を緩ませた。先輩を見ていても、起こっているようには到底見えない。嫌いなやつにこんな顔をするのだろうか。ニコニコの顔で俺を見つめてくる。
コツンと手と手が当たる度、少し体を震わせる。そんな先輩をやはり可愛いと感じた。
校舎を出ると、いつものようにあの窓を見てしまう。そこには渡里先輩ではなく、2人の男の人がこちらを見ていた。口をパクパクと動かし、何かを伝えていた。俺には何かわからなかったが、隣の人は先程とは違った笑顔で手を大きく振り、「おう!」と大きく返事をした。窓の2人は満足そうに笑うと小さく手を振り窓から離れた。
「なに、そんな窓見つめてさ。」
「いつもは先輩があそこにいるのに、今は隣にいるから。変な感じだけど、仲良くなれたみたいで嬉しいです。」
「……何言ってんの。早く行くよ。」
俺をほってさっさと前を歩く。その後ろ姿を見ると、少し意地悪してみたくなって、先輩が振り向くまでジッと止まってた。すると、それに気づいたのか、振り向いて、また頬を膨らませながら、「もうほっていくからな!」とさらに進んでしまう。
このままにしておくと、これ以上拗ねてしまいそうだったから、急いで渡里先輩の隣についた。先輩の隣につくと、渡里先輩は軽く目線をこちらに向け、満足そうに微笑んだ。
「……日下部、友だちできた?」
「あぁ、はい。奏志っていう、うるさいやつです。」
「へぇ、賑やかなんだ。俺の友達も1人うるさいよ。」
「そうなんですね。」
「ま、もう1人もたまにうるさいけどね。」
「先輩もうるさいんですか?」
「俺は品行方正な生徒だから静かだよ。」
「え、絶対嘘じゃん。」
思わず吹き出してしまい、怒られるかと思ったが、渡里先輩は何故か優しい笑顔を俺に向けていた。
二人で帰るなんか会話あるのかなと思ってたけど、渡里先輩は俺にすごく話しかけてくれる。
「学校慣れてきた?」
「勉強が追いつかなさそうです……。」
「ははっ、お前バカそうだもんな。」
「うぅ、否定できません。」
話が途切れても直ぐに新しい話題を出してくれる。毎回質問形式の問いかけで、自然と俺のことをいっぱい聞いてくれた。そして、自然と俺も話せた。何だかお兄ちゃんみたいで安心感がある。
「次は渡里先輩のこと教えてください。」
「俺はいいよ。俺がお前のこと知りたいだけだしさ。」
「俺もあなたのこと知りたいです。」
本心だった。なぜこんなに俺に興味があるか。ただの気まぐれなのか。本当に俺のこと嫌いなのか。見つけたって俺を探していたのか。先輩は色んな男をわざと魅了しているのか。
聞きたいことは山ほどある。でも、渡里先輩は全然自分の話をしない。意図的にしたがらない。
「んー、じゃあこうしよう。」
渡里先輩は何かを閃いたかのようにポンと手を一回叩く。
「一日一回、俺に何でも質問していいよ。」
「一日一回?」
どうして分けるのだろうか。今聞きたいことを全て聞けたら、早く渡里先輩のこと知れるのに。なぜかわからなくて渡里先輩を見る。すると渡里先輩も俺の目線に気づいたのか俺を見る。
「そしたらさ、お前と毎日会えんじゃん?」
恥ずかしそうに伏せ目がちに笑う彼を見て、ドキッと胸が鳴った気がした。今まで他の人に目もくれなかったのに。
でも俺には約束をしたあの子がいる。揺らぐな日下部想!俺にはあの子がいる。と、自分に何度も言い聞かせた。しかも相手は男の人だ。そんな間違いあるはずがない。
恥ずかしくなったのか少し前を歩く渡里先輩。その耳は真っ赤になっていた。恥ずかしいくせに、隠そうとする姿が何だか小動物みたいでクスッと笑った。
「何笑ってんだよ。」
「何だか渡里先輩が可愛くて。」
正直に言うと更に赤くなる顔。こんな顔を他の誰かにも見せたりしているのだろうか。
やっぱり目なんか付けられてないよ。だって、こんなに顔を赤くしても、俺との距離を離さそうともしないんだから。俺よりも身長の低い先輩に歩幅を合わせるように歩いているつもりだった。けど、いつからだろうか、この時間が続けばいいのにと感じている自分がいた。
