悠瑠 side

 いつもと変わらない教室、変わらないクラスメイト。3年生になった今日もまたあの子を探す。幼い頃出会った男の子。俺も男であの子も男で、付き合いたいなんてあの頃は思ってたけど今なら高望みはしない。たまたまこの男子校に来てくれないかと、昨年と同じ気持ちで窓から顔を出す。

 「3年になってまで入学式とか出るかな、普通。」

 文句を言いながら1番真面目にやる深山(みやま)拓也(たくや)と、

 「そんなこと言いながら拓也は1番真面目にするんでしょ?」

 生徒会長兼学年首席の佐藤(さとう)浩平(こうへい)
 普段はこの3人でいることが多い。こいつらといるのは楽ですげぇ好き。俺を変な目で見てくるやつもいない。気遣わなくてもいい。2人も同じだからずっと居てくれるのだろう。

 今年もいないか。窓際の席から離れ、ふざけ合っている2人の元に戻ろうとした時、1人の男の子と目が合った。一瞬でわかった。彼があの子だと、夏休みに出会ったあの男の子だと。

 「…見つけた。」
 「ごめん、悠瑠。聞こえなかった…って、危ない!」

 頭より体が先に動いていた。ずっと探していた相手が見つかった。それだけで衝動を抑えることが出来なかった。
 あの日のことを彼は覚えているだろうか。もし覚えてくれていて、今、目が合ったなら、これは運命と言ってもいいんじゃないのか。いつもと変わらないこの日常が、一気に変わっていく気がした。
 気づけば2階から飛び降りていた。彼は咄嗟に手を出して、俺を全身で受け止める。あの時と変わらない優しい彼だ。

 あぁ、久しぶりの想くん。ずっと探してた、会いたかった。
 消しかけていた思いが一気に戻ってくる。やっぱりあの時と変わらず大好きだって。

 「おい、渡里!3年にもなって、2階から飛び降りるとは何事だ!お前は後で生徒指導室に呼び出しだからな!」
 「悠瑠、怪我ない?」

 いつもはだるい先生の怒号も今日なら聞き流してやろう。
 
 「先生〜、後で行くよ。怪我もないし大丈夫〜。」

 生徒指導室なんていくらでも行ってやる。彼を見つけた俺は、今、上機嫌だから。

 「やっと見つけた。」

 もう一度、彼に向けて伝えた。これで気づくかも、ずっと探してたって。君も探してくれていたなら気づくでしょ。
 でも、返事は思っていたものと違っていた。

 「えっと…、どこかで会いました?」
 「……は、本気で言ってる?」

 さっきまでフワフワした空にも飛べる気持ちが、一気に地上に落とされる感覚だった。探していたのは俺だけだったのか。好きなのは俺だけだったのか。

 「ごめんなさい。本当に心当たりがなくて。」

 本当に申し訳なさそうに謝る彼に、これ以上何も言えなくなってしまった。幼い頃のあんな約束覚えてるはずないのに、無駄な期待をしたのは俺の落ち度だ。
 俺はサッと立ち上がり制服についた砂を払い落とし、手を差し出す。力を入れて彼を立ち上がらせ、制服の砂を落としてやった。これさえ拒まれたらどうしようと思ったが、彼はなんの躊躇もなく手を取った。

 「あ、ありがとうございます。」
 「俺…、渡里 悠瑠って言うんだ。」
 「俺は、日下部 想です。」

 名前だけでも覚えて欲しくて、彼がいつか俺を思い出してくれることを願って、名前を伝えた。彼の目の前の俺はみっともなく映っているのだろうか。いつまでも昔の記憶に縋っている愚かな男の姿が。

 「俺、行くから。」
 「渡里先輩、これからよろしくお願いします。」

 「ん。」と、素っ気ない返事をし、そのまま校舎の中へと入っていった。これ以上、日下部の目の前にいられない。俺しか気づかないという事実に涙が流れそうだったから。
 入ってすぐの下駄箱の前でしゃがみこむ。すると、近くの階段からバタバタという足音が聞こえてきた。

 「悠瑠、どうしたんだよ急に。」
 「悠瑠、大丈夫?どっか打ったの?痛い?」

 心配してくれる2人。でも頭の中は日下部のことでいっぱいだった。

 「心が痛てぇ。」
 「えっ?!心臓ってこと?やばいじゃん、ねぇ拓也!!」
 「浩平、とりあえず落ち着いて、ね?」

 痛いんだよ、あいつに忘れられてたこと。俺はこんなに探してたのにお前は違うのかよ。

 「想くん…。」

 友達でいいなんてやっぱり無理だ。会ってから更に好きという気持ちが高まってしまってもう止められない。何年も探して、やっと見つけたお前を簡単に諦めるなんて出来ない。

 絶対振り向かせてみせる。慌てる2人を他所に心に決めた。