想side
悠瑠くんの降りる駅に着いて改札を出る。訳もなく駅周りを探すだけ探した。でも、居場所なんてわかる訳もなくやっぱり悠瑠くんには会えなかった。もう家に帰ってるかもしれないのに、俺はバカだ。明日始発に乗ってでも学校の最寄り駅で待っておこう。
「…なんで?」
そろそろ電車に乗って帰ろうかと思っていたとき、愛しくてたまらない彼の声がして振り返ると、やっぱりそこには、悠瑠くんが驚いた表情で呆然と俺の方を向いて立っていた。
「見つけた。」
あの日悠瑠くんが俺を見つけてくれたみたいに、今度は俺があなたを。
「悠瑠くんにどうしても会いたくて、会いに来ちゃいました。」
俺が悠瑠くんに笑いかけると悠瑠くんはまた泣き出した。会った時の目の赤さからしても、電車の中でも泣いていたのがわかるくらいなのに。
「本当に泣き虫なんですね。」
笑いながら悠瑠くんの涙を優しく拭う。あぁ、やっぱりこの人が好きだ。会ってよりそう思った。この瞬間が、今までの中で1番幸せだ。
「悠瑠くん、こっち来てください。」
周囲の目線が気になり、悠瑠くんを連れ出した。さっき歩いている時に小さな公園を見つけた。そこに悠瑠くんを連れて歩く。
「あの子とデートじゃなかったの。」
移動中に泣き止んだ悠瑠くんが、公園のベンチに座った途端、俺に質問してきた。
「違いますよ。ケジメ付けてきたんです。」
俺の方を全く見ようとしない悠瑠くんの横顔を、じっと見つめた。それに気づいたようで、オドオドしながら目線だけこちらを向いた。それも一瞬でまた違う方向を向いてしまう。
「悠瑠くん、こっち見てください。」
「無理。」
短く拒否する悠瑠くん。どうにかこちらを向かせたくて、よく考えた結果、横を向く悠瑠くんの頬に短くキスをした。
「…//な、何してんの?!」
「あ、こっち向いた。」
顔を真っ赤にする悠瑠くんを見て、まだ俺のことが好きなんだって安心する。
俺は悠瑠くんを静かに抱きしめた。
「…ちょっと、日下部。」
「今日だけ、」
あの日悠瑠くんが俺に言っていたずるい言葉。俺だって使いたい。「ダメだよ。」と俺の胸を軽く押していたが、抵抗する悠瑠くんの力は全然弱く、次第に大人しくなった。そして、俺の背中に手を回して服をキュッと掴む。
「今日だけはあの時終わったの。」
行動と言葉が矛盾していることを悠瑠くんは気づいているのだろうか。
「じゃぁ、離れますか?」
「……。」
俺が手を離しても、俺の胸から離れようとしない。素直になれないところも、愛おしく感じて仕方がない。
「でも、俺の今日だけは使ってないです。」
屁理屈を並べて、もう一度悠瑠くんに抱きつく。
「……今日だけはやだ。」
「聞こえなかったので、もう1回言ってください。」
小さな声で呟いた悠瑠くんの言葉を聞き逃さなかった。俺が彼の言葉を聞き逃すことなど、もうないだろう。でも、もう一度聞きたくて聞こえない振り。俺の胸元に埋もれていた悠瑠くんはモゾモゾと動き出し、顔をパッと上げれば目が合った。
「今日だけで終わらせんなって言ってんの!」
本当に何なんだこの人、可愛すぎる。彼なりの精一杯の照れ隠し。今までもっと恥ずかしいことも言ってきたはずなのに。
俺はさっきより、強く抱きしめた。もう離さないという意思表示のつもりだった。
「……悠瑠くんに会えない数日、全然楽しくなかったです。」
「それは俺もだよ。」
「俺は悠瑠くんに触れられないのに、深山先輩には抱きついて嫉妬しました。」
「……体育の時のやつか。」
「そりゃ、悪いのは俺ですけど、それでも自分勝手に嫉妬したんです。」
「俺も、日下部の……、約束の子に嫉妬したよ。」
彼に伝えるべきだろうか。あの子は約束の子じゃなかったこと、悠瑠くんの一言がきっかけで違うと気づけたこと。
伝えようと思い口を開けた時、俺より先に声を出したのは悠瑠くんだった。
「でも、あの子より俺を選んでくれたんだもんな。」
声色から分かるくらい悠瑠くんは喜んでいた。選ばれたのだという喜びを噛み締めていた。何日ぶりの悠瑠くんはどれだけ抱きしめても足りない。俺ってこんなに悠瑠くんのこと好きだったんだ。
「もう今日だけなんて言わないでください。」
「ふはっ、今日はお前が言ったんじゃん。」
余裕が出てきたのか、悠瑠くんはところどころ笑ってくれる。それだけで嬉しくて胸の奥が熱くなった。
「またあの場所行っていいですか。」
「うん、いつでも来て。ソウも待ってる。」
「悠瑠くんは?」
「そりゃ、俺はあの場所じゃなくても待ってる。」
「……悠瑠くん、好きです。大好きです。」
少し体を離して、悠瑠くんと目を合わせる。
「もう悠瑠くんと離れたくない。」
「…俺だって、お前と離れたくない。お前の隣に、ずっと一緒にいたい。」
今度は悠瑠くんから俺の首に腕を回して、抱きついてきた。俺もそれに応えるように腰に手を回し抱き返す。悠瑠くんの体温と、匂いが、懐かしく思えた。たった1ヶ月離れていただけなのに。
「翔太くん、俺の恋人になってください。」
「…もう、絶対どっか行くなよ。」
悠瑠くんは、返事をする代わりに俺にキスをした。
悠瑠くんと付き合えた喜びで、気持ちがフワフワしている。明日、奏志に会えたらこのこと言おう。悠瑠くんと付き合ったよって。いや、奏志だけじゃなくて他の2人にも言おう。悠瑠くんと付き合ったから、もう狙わないでって。悠瑠くんは俺のものだって、はっきり牽制しておこう。
2人でベンチに座り手を繋ぎながら、会えなかった数日間を埋めるように、色々話した。
「悠瑠くんたちって人気なんですね。」
「知らないけど、そうなんじゃない。」
「俺は人気なの知る前に悠瑠くんに惹かれてたけど、みんな言うんだよ、付き合うなら悠瑠くんだよって。」
「それで?」
「みんなそうなんだくらいにしか思わなかったけど、今ならマウントとっちゃう。俺の悠瑠くんだよって。夢だけしか見れないなんて可哀想だねぇって。」
悠瑠くんが静かで、横を見ると、顔を真っ赤にして目が潤ませていた。繋いでいる手をギュッと握り、嬉しそうに口角をキュッと上げている。
「なんで泣きそうなの?」
「だって、嬉しくて。俺が、日下部の恋人になれたんだって、実感できたというかさ。」
あぁ、俺はどれだけこの人に我慢させてきたのか、待たせてしまったのかを実感した。そして、これからは悠瑠くんを悲しませた分幸せにしよう、そう心に決めた。
そういえば、悠瑠くんと初めて会った時のあの言葉は何だったんだろう。“見つけた”って明らかに誰かを探している言葉だった。
「ねぇ、悠瑠くん。1つ聞きたいんだけど、」
「あれ、悠瑠。ここで何してるの?」
俺が聞こうとした時、悠瑠くんの名前を呼ぶ男の人がいた。公園の入口に立つ人を2人で見ていた。悠瑠くんの方をゆっくり見ると、何かを考えているのか目が泳いでいた。
2人で黙っていると、その男の人と目が合った。悠瑠くんと俺を交互に見て、手を合わせた。
「あ、お友達と一緒だったのか。ごめんね。」
「ごめんね。」と言う顔がどこか悲しそうで、誰か分からなかったが悪いことをしたみたいだった。
「待って、紹介したいからこっち来て。」
ずっと黙っていた悠瑠くんが声を出した。握られていた手は話されることなく、ただ、悠瑠くんの額は少し汗ばんでいた。
「この人、俺の、……お母さんなんだ。」
少し目線を外し、声を震わせながら、紹介してくれた。お母さんと呼ばれる目の前の人は、どう見ても女の人には見えなかった。背が高く、細くて顔立ちは綺麗だったけどどう見ても男の人だった。
別に偏見がある訳では無い。俺だって悠瑠くんと付き合っているんだから。
「は、初めまして。」
「初めまして。ごめんね、困ったよね。」
無理して笑う時に、眉を下げて笑う姿は、親子じゃないはずなのに悠瑠くんに似てる気がした。
「母さん、こっちが日下部。俺のか、彼氏……。」
恥ずかしながらもしっかり彼氏と言ってくれたことに胸が弾んだ。やっと悠瑠くんと付き合えたと改めて実感した。
「あー、悠瑠が話してた子だよね。」
「ちょっと、余計なこと言うな。」
「いいじゃん、別に。あ、日下部くん!」
何かを思い出したように急に俺に話しかける。驚きながらも、少し受け入れてもらえたようで嬉しかった。男同士で付き合う以上相手の両親との付き合い方が1番怖いから、少し安心した気がする。
「はい。」
「悠瑠を幸せにしてあげてね。」
「もちろんです。」
悠瑠くんはいい両親がいるから、悠瑠くんもいい人に育ったんだろうな。今まで知らなかった新しい悠瑠くんを知れた気がした。
「遅くなるし、日下部は帰りな。」
「えぇ、もうちょっと日下部くんと話したいんだけど。」
「もういいじゃん!」
「あ、日下部くん。夜ご飯食べてかない?」
「いいんですか。」
「よくない!」
慌てる悠瑠くんを他所に、悠瑠くんのお母さんの提案に乗ることにした。だって、もっと悠瑠くんのこと知りたい。悠瑠くんはあまり自分の話をしてくれないから。
悠瑠くんの家に着くと、下から上に見上げた。悠瑠くんの家は一軒家で、普通の家庭。ボンボンじゃなかったのかと心の中で思うと、「なんか失礼なこと考えただろ。」と、悠瑠くんから突っ込まれた。
「お邪魔します」
「はーい。僕、ご飯作るから悠瑠の部屋でも行ってて。」
「悠瑠案内してあげて。」と言われるまま、悠瑠くんは俺を部屋まで案内してくれた。階段を登って左手の突き当たり。扉には、名前プレートがかけられていた。子どもの頃の部屋がそのままなのかと考えていたが、部屋に入るととてもシンプルで整頓された部屋だった。
「適当に座って。」
そんなことを言われても、どこに座ればいいのだろう。好きな人の家に入るのが初めてでどこに座るのが正解なのか分からない。ベッド上は嫌だと言う人も多いし、ベッドにもたれ掛かるようにローテーブルの前に座ることにした。
「さっき言い忘れてたんだけどさ、」
俺の隣に座り、真っ直ぐ俺の目を見つめてきた。俺は、悠瑠くんの目に弱いみたいだ。悠瑠くんに見つめられると体が動かない。目が離せない。
「俺もちゃんとお前のこと好きだから。」
真剣な表情だったのに、すぐ顔が赤くなってそっぽ向いてしまうのところが可愛くて、ついつい笑ってしまった。この3ヶ月、彼からは多くの愛を貰った。だから、こんなこと今更だった。
「知ってるよ。」
そっと隣に座る悠瑠くんの手を握る。俺を見つめる悠瑠くんの瞳は熱を帯びていて、そのまま俺たちの顔と顔が近づく。あと1cm、そんなところで、ドアのノック音が聞こえた。
「悠瑠、入るよ。」
「ど、どうぞ!」
声と共に離れる体に寂しさを感じた。やっと悠瑠くんと両想いになれたのに。
「ねぇ、日下部くん。昔の悠瑠見たくない?」
「見たいです!」
少し食い気味に答えたら、悠瑠くんに睨まれた。でも、こればかりは譲れない。俺がニコッと微笑むと、頬を膨らませ、「トイレ行ってくる。」と言って部屋から出た。その間、悠瑠くんのお母さんは俺にアルバムをめくって見せてくれた。アルバムの中は、日付などが綺麗に整理されていて、どれだけ悠瑠くんが大事にされていたか分かった。
「うわ、悠瑠くん可愛い。」
「本当に小さい頃は可愛かったんだよ。」
「今も可愛いって人気ですよ。」
「えぇ、そうなの?お友達は拓也くんと浩平くんだけなのに。」
「高嶺の花なので。」
冗談を言ったつもりはなかったが、お母さんは口元を抑えて控えめに笑った。その表情はやっぱり悠瑠くんと似ていて、何だか不思議な気分だった。
次のページをめくると、悠瑠くんによく似た女の人が赤ちゃんを抱いていた。幸せそうな表情で悠瑠くんを抱き抱えていたが、その体には管が繋がっていた。
「悠瑠はね見てわかる通り俺たちの子じゃないんだよね。」
「翔太くんの本当のお母さんって…、」
「……、僕の妹。」
お母さんは女の人の写真をゆっくり指でなぞった。俺は声が出なかった。正確には、なんて言えばいいか分からなかった。喉の奥になにか詰まったように、思うように言葉が出ない。
「僕の妹ね、大好きだった人と結婚したんだけど、浮気されて離婚しちゃってさ。」
淡々と話す悠瑠くんのお母さんの話を、静かに聞くことしか出来なかった。
「その時お腹にいたのが悠瑠だった。」
女の人の写真は2ページ目にある1枚だけだった。きっとこの後……。
「でも、妹は体が弱くてね、悠瑠を産んですぐ死んじゃったんだ。僕たちは、男性同士のパートナーだから、当たり前だけど子どもは出来ない。子育てもしたことない。だけど、妹が頑張って繋いだ命を育てたいと思ったんだ。」
アルバムにあった目線が俺の方を向く。真剣な眼差しにゴクリと唾を飲んだ。
「悠瑠には僕たちのせいでいっぱい迷惑かけたと思う。お母さんが男の人だって、虐められたこともある。それでもあの子は俺たちを恨まず、真っ直ぐいい子に育ってくれた。悠瑠には幸せになって欲しい。……日下部くん、君は悠瑠を幸せに出来る?』
目をうるうると潤ませて俺を問いただす。この表情も悠瑠くんそっくりだ。これは、悠瑠くんがお母さんと血が繋がっている証。悠瑠くんの産みのお母さんが生きていた証。この人たちの宝物を、俺は今託されている。
「もちろん、世界一幸せにします。」
お母さんは、真剣な表情を崩し、俺に微笑みかけてくれた。
「ありがとう。またあの子を見つけてくれて。」
……また?
俺が聞き返そうとした時、部屋の扉がバンッと開いた。
「俺、母さんが迷惑なんて思ったことない。今まで友だちに言えなかったのは、母さん達の悪口を言われるのが嫌だったから。」
涙を流しながら訴える悠瑠くんと、堪えた涙を流す悠瑠くんのお母さん。自分の子じゃないなんて言っていたけどちゃんとした親子だった。
「自分を責めんなよ……。大好きだから、俺今までの18年、すごい幸せだから。」
「ごめん、悠瑠。ありがとう、ありがとう……ッ。」
グズグズと泣く2人を見て、家族のこと、知れてよかったと改めて思った。これからは俺もこの家族の一員なんだってすごく嬉しく感じた。2人を見ていると俺まで泣きそうになる。
「そうそう、アルバム進めよう。」
「もういいじゃん……。てか、まだここかよ。」
悠瑠くんは嫌がってはいるものの、アルバムをめくる俺の手を止めようとはしなかった。大きくなるにつれ、今の悠瑠くんの顔に近づいていく。小さい頃なんて女の子に間違えられてもおかしくないだろうな、なんて軽く考えていたが、1枚、見たことある風景があった。池なんてどこも同じだろうなんて思っていたが、これは確実にあの池だ。近くに小さな駄菓子屋さんがあって、ツツジが咲いていることまで同じ。そして、この写真に映るワンピースをきた女の子の後ろ姿は確実に約束したあの子だった。
「あぁ、この時の悠瑠ね、可愛いんだよ〜。俺たち2人とも出張だからって僕のおばさんのとこ旅行行ってて、そのおばさん悠瑠が可愛すぎて女の子の格好させちゃってさ。」
「可愛いでしょ?」と笑う悠瑠くんのお母さんと、後ろには青ざめる悠瑠くんの姿。次のページをめくると、あの日出会った女の子がいた。
悠瑠くんは急いで俺の前のアルバムを奪い取り、ギュッと腕の中で抱え込んだ。
「あれ、もしかして……。」
「話してない。」
「ごめん、てっきり言ってるのかと……、」
「大丈夫、母さんは悪くない。でも、ちゃんと俺の口から言いたいから。母さんごめん、1回部屋出てもらってもいい?」
お母さんは大きく1回頷き、静かに部屋を出ていった。2人の間に沈黙が続き、どちらが話せばいいのか分からなくなっていた。
「黙っててごめん。」
沈黙を破ったのは悠瑠くんだった。アルバムをギュッと握りしめ、怒られる前の子どものように声を震わせていた。
「日下部は約束の子が女の子だと思ってたし、それが男だって分かったら思い出が汚れてしまうんじゃないかと思って怖くて、言えなくて。」
「ごめんなさい。」と小さな声で謝る悠瑠くん。悠瑠くんが謝ることなんてないのに。
「日下部のこと騙すつもりなんてなくて、ただ、ただ……、」
「悠瑠くん。」
俺が名前を呼ぶと体をビクリと大きく震わせた。
「俺の名前呼んで。」
「……日下部?」
「違う。」
開かれた口を閉じ、もう一度口を開く。
「想、くん。」
俺を想くんと呼んで上目遣いで見てくる姿は、写真の時の面影が残っていた。俺は悠瑠くんを引き寄せ抱きしめた。俺がもっと覚えていれば、運命の相手が、早く彼と気づいていれば、この人が負担を背負うことは無かったはずなのに。
「ごめん、ごめんね。気づかなくてごめん。」
「想くん、思い出してくれてありがとう。」
悠瑠くんは入学式のあの日から、ずっと俺に気づいていたんだ。そして、ずっと俺が思い出すのを待っていてくれたんだ。
「悠瑠くん、見つけてくれてありがとう。」
「想くん、もう一度俺を好きになってくれてありがとう。」
悠瑠くんは俺の頬にキスをした。軽く触れるだけの可愛いキス。でも、それだけでは……、
「足りない。」
次は俺から悠瑠くんの唇に深いキスを落とした。俺が好きになった大好きな人は、昔好きになったあの子と同一人物。俺はどんな悠瑠くんも好きなんだ。
悠瑠くんの降りる駅に着いて改札を出る。訳もなく駅周りを探すだけ探した。でも、居場所なんてわかる訳もなくやっぱり悠瑠くんには会えなかった。もう家に帰ってるかもしれないのに、俺はバカだ。明日始発に乗ってでも学校の最寄り駅で待っておこう。
「…なんで?」
そろそろ電車に乗って帰ろうかと思っていたとき、愛しくてたまらない彼の声がして振り返ると、やっぱりそこには、悠瑠くんが驚いた表情で呆然と俺の方を向いて立っていた。
「見つけた。」
あの日悠瑠くんが俺を見つけてくれたみたいに、今度は俺があなたを。
「悠瑠くんにどうしても会いたくて、会いに来ちゃいました。」
俺が悠瑠くんに笑いかけると悠瑠くんはまた泣き出した。会った時の目の赤さからしても、電車の中でも泣いていたのがわかるくらいなのに。
「本当に泣き虫なんですね。」
笑いながら悠瑠くんの涙を優しく拭う。あぁ、やっぱりこの人が好きだ。会ってよりそう思った。この瞬間が、今までの中で1番幸せだ。
「悠瑠くん、こっち来てください。」
周囲の目線が気になり、悠瑠くんを連れ出した。さっき歩いている時に小さな公園を見つけた。そこに悠瑠くんを連れて歩く。
「あの子とデートじゃなかったの。」
移動中に泣き止んだ悠瑠くんが、公園のベンチに座った途端、俺に質問してきた。
「違いますよ。ケジメ付けてきたんです。」
俺の方を全く見ようとしない悠瑠くんの横顔を、じっと見つめた。それに気づいたようで、オドオドしながら目線だけこちらを向いた。それも一瞬でまた違う方向を向いてしまう。
「悠瑠くん、こっち見てください。」
「無理。」
短く拒否する悠瑠くん。どうにかこちらを向かせたくて、よく考えた結果、横を向く悠瑠くんの頬に短くキスをした。
「…//な、何してんの?!」
「あ、こっち向いた。」
顔を真っ赤にする悠瑠くんを見て、まだ俺のことが好きなんだって安心する。
俺は悠瑠くんを静かに抱きしめた。
「…ちょっと、日下部。」
「今日だけ、」
あの日悠瑠くんが俺に言っていたずるい言葉。俺だって使いたい。「ダメだよ。」と俺の胸を軽く押していたが、抵抗する悠瑠くんの力は全然弱く、次第に大人しくなった。そして、俺の背中に手を回して服をキュッと掴む。
「今日だけはあの時終わったの。」
行動と言葉が矛盾していることを悠瑠くんは気づいているのだろうか。
「じゃぁ、離れますか?」
「……。」
俺が手を離しても、俺の胸から離れようとしない。素直になれないところも、愛おしく感じて仕方がない。
「でも、俺の今日だけは使ってないです。」
屁理屈を並べて、もう一度悠瑠くんに抱きつく。
「……今日だけはやだ。」
「聞こえなかったので、もう1回言ってください。」
小さな声で呟いた悠瑠くんの言葉を聞き逃さなかった。俺が彼の言葉を聞き逃すことなど、もうないだろう。でも、もう一度聞きたくて聞こえない振り。俺の胸元に埋もれていた悠瑠くんはモゾモゾと動き出し、顔をパッと上げれば目が合った。
「今日だけで終わらせんなって言ってんの!」
本当に何なんだこの人、可愛すぎる。彼なりの精一杯の照れ隠し。今までもっと恥ずかしいことも言ってきたはずなのに。
俺はさっきより、強く抱きしめた。もう離さないという意思表示のつもりだった。
「……悠瑠くんに会えない数日、全然楽しくなかったです。」
「それは俺もだよ。」
「俺は悠瑠くんに触れられないのに、深山先輩には抱きついて嫉妬しました。」
「……体育の時のやつか。」
「そりゃ、悪いのは俺ですけど、それでも自分勝手に嫉妬したんです。」
「俺も、日下部の……、約束の子に嫉妬したよ。」
彼に伝えるべきだろうか。あの子は約束の子じゃなかったこと、悠瑠くんの一言がきっかけで違うと気づけたこと。
伝えようと思い口を開けた時、俺より先に声を出したのは悠瑠くんだった。
「でも、あの子より俺を選んでくれたんだもんな。」
声色から分かるくらい悠瑠くんは喜んでいた。選ばれたのだという喜びを噛み締めていた。何日ぶりの悠瑠くんはどれだけ抱きしめても足りない。俺ってこんなに悠瑠くんのこと好きだったんだ。
「もう今日だけなんて言わないでください。」
「ふはっ、今日はお前が言ったんじゃん。」
余裕が出てきたのか、悠瑠くんはところどころ笑ってくれる。それだけで嬉しくて胸の奥が熱くなった。
「またあの場所行っていいですか。」
「うん、いつでも来て。ソウも待ってる。」
「悠瑠くんは?」
「そりゃ、俺はあの場所じゃなくても待ってる。」
「……悠瑠くん、好きです。大好きです。」
少し体を離して、悠瑠くんと目を合わせる。
「もう悠瑠くんと離れたくない。」
「…俺だって、お前と離れたくない。お前の隣に、ずっと一緒にいたい。」
今度は悠瑠くんから俺の首に腕を回して、抱きついてきた。俺もそれに応えるように腰に手を回し抱き返す。悠瑠くんの体温と、匂いが、懐かしく思えた。たった1ヶ月離れていただけなのに。
「翔太くん、俺の恋人になってください。」
「…もう、絶対どっか行くなよ。」
悠瑠くんは、返事をする代わりに俺にキスをした。
悠瑠くんと付き合えた喜びで、気持ちがフワフワしている。明日、奏志に会えたらこのこと言おう。悠瑠くんと付き合ったよって。いや、奏志だけじゃなくて他の2人にも言おう。悠瑠くんと付き合ったから、もう狙わないでって。悠瑠くんは俺のものだって、はっきり牽制しておこう。
2人でベンチに座り手を繋ぎながら、会えなかった数日間を埋めるように、色々話した。
「悠瑠くんたちって人気なんですね。」
「知らないけど、そうなんじゃない。」
「俺は人気なの知る前に悠瑠くんに惹かれてたけど、みんな言うんだよ、付き合うなら悠瑠くんだよって。」
「それで?」
「みんなそうなんだくらいにしか思わなかったけど、今ならマウントとっちゃう。俺の悠瑠くんだよって。夢だけしか見れないなんて可哀想だねぇって。」
悠瑠くんが静かで、横を見ると、顔を真っ赤にして目が潤ませていた。繋いでいる手をギュッと握り、嬉しそうに口角をキュッと上げている。
「なんで泣きそうなの?」
「だって、嬉しくて。俺が、日下部の恋人になれたんだって、実感できたというかさ。」
あぁ、俺はどれだけこの人に我慢させてきたのか、待たせてしまったのかを実感した。そして、これからは悠瑠くんを悲しませた分幸せにしよう、そう心に決めた。
そういえば、悠瑠くんと初めて会った時のあの言葉は何だったんだろう。“見つけた”って明らかに誰かを探している言葉だった。
「ねぇ、悠瑠くん。1つ聞きたいんだけど、」
「あれ、悠瑠。ここで何してるの?」
俺が聞こうとした時、悠瑠くんの名前を呼ぶ男の人がいた。公園の入口に立つ人を2人で見ていた。悠瑠くんの方をゆっくり見ると、何かを考えているのか目が泳いでいた。
2人で黙っていると、その男の人と目が合った。悠瑠くんと俺を交互に見て、手を合わせた。
「あ、お友達と一緒だったのか。ごめんね。」
「ごめんね。」と言う顔がどこか悲しそうで、誰か分からなかったが悪いことをしたみたいだった。
「待って、紹介したいからこっち来て。」
ずっと黙っていた悠瑠くんが声を出した。握られていた手は話されることなく、ただ、悠瑠くんの額は少し汗ばんでいた。
「この人、俺の、……お母さんなんだ。」
少し目線を外し、声を震わせながら、紹介してくれた。お母さんと呼ばれる目の前の人は、どう見ても女の人には見えなかった。背が高く、細くて顔立ちは綺麗だったけどどう見ても男の人だった。
別に偏見がある訳では無い。俺だって悠瑠くんと付き合っているんだから。
「は、初めまして。」
「初めまして。ごめんね、困ったよね。」
無理して笑う時に、眉を下げて笑う姿は、親子じゃないはずなのに悠瑠くんに似てる気がした。
「母さん、こっちが日下部。俺のか、彼氏……。」
恥ずかしながらもしっかり彼氏と言ってくれたことに胸が弾んだ。やっと悠瑠くんと付き合えたと改めて実感した。
「あー、悠瑠が話してた子だよね。」
「ちょっと、余計なこと言うな。」
「いいじゃん、別に。あ、日下部くん!」
何かを思い出したように急に俺に話しかける。驚きながらも、少し受け入れてもらえたようで嬉しかった。男同士で付き合う以上相手の両親との付き合い方が1番怖いから、少し安心した気がする。
「はい。」
「悠瑠を幸せにしてあげてね。」
「もちろんです。」
悠瑠くんはいい両親がいるから、悠瑠くんもいい人に育ったんだろうな。今まで知らなかった新しい悠瑠くんを知れた気がした。
「遅くなるし、日下部は帰りな。」
「えぇ、もうちょっと日下部くんと話したいんだけど。」
「もういいじゃん!」
「あ、日下部くん。夜ご飯食べてかない?」
「いいんですか。」
「よくない!」
慌てる悠瑠くんを他所に、悠瑠くんのお母さんの提案に乗ることにした。だって、もっと悠瑠くんのこと知りたい。悠瑠くんはあまり自分の話をしてくれないから。
悠瑠くんの家に着くと、下から上に見上げた。悠瑠くんの家は一軒家で、普通の家庭。ボンボンじゃなかったのかと心の中で思うと、「なんか失礼なこと考えただろ。」と、悠瑠くんから突っ込まれた。
「お邪魔します」
「はーい。僕、ご飯作るから悠瑠の部屋でも行ってて。」
「悠瑠案内してあげて。」と言われるまま、悠瑠くんは俺を部屋まで案内してくれた。階段を登って左手の突き当たり。扉には、名前プレートがかけられていた。子どもの頃の部屋がそのままなのかと考えていたが、部屋に入るととてもシンプルで整頓された部屋だった。
「適当に座って。」
そんなことを言われても、どこに座ればいいのだろう。好きな人の家に入るのが初めてでどこに座るのが正解なのか分からない。ベッド上は嫌だと言う人も多いし、ベッドにもたれ掛かるようにローテーブルの前に座ることにした。
「さっき言い忘れてたんだけどさ、」
俺の隣に座り、真っ直ぐ俺の目を見つめてきた。俺は、悠瑠くんの目に弱いみたいだ。悠瑠くんに見つめられると体が動かない。目が離せない。
「俺もちゃんとお前のこと好きだから。」
真剣な表情だったのに、すぐ顔が赤くなってそっぽ向いてしまうのところが可愛くて、ついつい笑ってしまった。この3ヶ月、彼からは多くの愛を貰った。だから、こんなこと今更だった。
「知ってるよ。」
そっと隣に座る悠瑠くんの手を握る。俺を見つめる悠瑠くんの瞳は熱を帯びていて、そのまま俺たちの顔と顔が近づく。あと1cm、そんなところで、ドアのノック音が聞こえた。
「悠瑠、入るよ。」
「ど、どうぞ!」
声と共に離れる体に寂しさを感じた。やっと悠瑠くんと両想いになれたのに。
「ねぇ、日下部くん。昔の悠瑠見たくない?」
「見たいです!」
少し食い気味に答えたら、悠瑠くんに睨まれた。でも、こればかりは譲れない。俺がニコッと微笑むと、頬を膨らませ、「トイレ行ってくる。」と言って部屋から出た。その間、悠瑠くんのお母さんは俺にアルバムをめくって見せてくれた。アルバムの中は、日付などが綺麗に整理されていて、どれだけ悠瑠くんが大事にされていたか分かった。
「うわ、悠瑠くん可愛い。」
「本当に小さい頃は可愛かったんだよ。」
「今も可愛いって人気ですよ。」
「えぇ、そうなの?お友達は拓也くんと浩平くんだけなのに。」
「高嶺の花なので。」
冗談を言ったつもりはなかったが、お母さんは口元を抑えて控えめに笑った。その表情はやっぱり悠瑠くんと似ていて、何だか不思議な気分だった。
次のページをめくると、悠瑠くんによく似た女の人が赤ちゃんを抱いていた。幸せそうな表情で悠瑠くんを抱き抱えていたが、その体には管が繋がっていた。
「悠瑠はね見てわかる通り俺たちの子じゃないんだよね。」
「翔太くんの本当のお母さんって…、」
「……、僕の妹。」
お母さんは女の人の写真をゆっくり指でなぞった。俺は声が出なかった。正確には、なんて言えばいいか分からなかった。喉の奥になにか詰まったように、思うように言葉が出ない。
「僕の妹ね、大好きだった人と結婚したんだけど、浮気されて離婚しちゃってさ。」
淡々と話す悠瑠くんのお母さんの話を、静かに聞くことしか出来なかった。
「その時お腹にいたのが悠瑠だった。」
女の人の写真は2ページ目にある1枚だけだった。きっとこの後……。
「でも、妹は体が弱くてね、悠瑠を産んですぐ死んじゃったんだ。僕たちは、男性同士のパートナーだから、当たり前だけど子どもは出来ない。子育てもしたことない。だけど、妹が頑張って繋いだ命を育てたいと思ったんだ。」
アルバムにあった目線が俺の方を向く。真剣な眼差しにゴクリと唾を飲んだ。
「悠瑠には僕たちのせいでいっぱい迷惑かけたと思う。お母さんが男の人だって、虐められたこともある。それでもあの子は俺たちを恨まず、真っ直ぐいい子に育ってくれた。悠瑠には幸せになって欲しい。……日下部くん、君は悠瑠を幸せに出来る?』
目をうるうると潤ませて俺を問いただす。この表情も悠瑠くんそっくりだ。これは、悠瑠くんがお母さんと血が繋がっている証。悠瑠くんの産みのお母さんが生きていた証。この人たちの宝物を、俺は今託されている。
「もちろん、世界一幸せにします。」
お母さんは、真剣な表情を崩し、俺に微笑みかけてくれた。
「ありがとう。またあの子を見つけてくれて。」
……また?
俺が聞き返そうとした時、部屋の扉がバンッと開いた。
「俺、母さんが迷惑なんて思ったことない。今まで友だちに言えなかったのは、母さん達の悪口を言われるのが嫌だったから。」
涙を流しながら訴える悠瑠くんと、堪えた涙を流す悠瑠くんのお母さん。自分の子じゃないなんて言っていたけどちゃんとした親子だった。
「自分を責めんなよ……。大好きだから、俺今までの18年、すごい幸せだから。」
「ごめん、悠瑠。ありがとう、ありがとう……ッ。」
グズグズと泣く2人を見て、家族のこと、知れてよかったと改めて思った。これからは俺もこの家族の一員なんだってすごく嬉しく感じた。2人を見ていると俺まで泣きそうになる。
「そうそう、アルバム進めよう。」
「もういいじゃん……。てか、まだここかよ。」
悠瑠くんは嫌がってはいるものの、アルバムをめくる俺の手を止めようとはしなかった。大きくなるにつれ、今の悠瑠くんの顔に近づいていく。小さい頃なんて女の子に間違えられてもおかしくないだろうな、なんて軽く考えていたが、1枚、見たことある風景があった。池なんてどこも同じだろうなんて思っていたが、これは確実にあの池だ。近くに小さな駄菓子屋さんがあって、ツツジが咲いていることまで同じ。そして、この写真に映るワンピースをきた女の子の後ろ姿は確実に約束したあの子だった。
「あぁ、この時の悠瑠ね、可愛いんだよ〜。俺たち2人とも出張だからって僕のおばさんのとこ旅行行ってて、そのおばさん悠瑠が可愛すぎて女の子の格好させちゃってさ。」
「可愛いでしょ?」と笑う悠瑠くんのお母さんと、後ろには青ざめる悠瑠くんの姿。次のページをめくると、あの日出会った女の子がいた。
悠瑠くんは急いで俺の前のアルバムを奪い取り、ギュッと腕の中で抱え込んだ。
「あれ、もしかして……。」
「話してない。」
「ごめん、てっきり言ってるのかと……、」
「大丈夫、母さんは悪くない。でも、ちゃんと俺の口から言いたいから。母さんごめん、1回部屋出てもらってもいい?」
お母さんは大きく1回頷き、静かに部屋を出ていった。2人の間に沈黙が続き、どちらが話せばいいのか分からなくなっていた。
「黙っててごめん。」
沈黙を破ったのは悠瑠くんだった。アルバムをギュッと握りしめ、怒られる前の子どものように声を震わせていた。
「日下部は約束の子が女の子だと思ってたし、それが男だって分かったら思い出が汚れてしまうんじゃないかと思って怖くて、言えなくて。」
「ごめんなさい。」と小さな声で謝る悠瑠くん。悠瑠くんが謝ることなんてないのに。
「日下部のこと騙すつもりなんてなくて、ただ、ただ……、」
「悠瑠くん。」
俺が名前を呼ぶと体をビクリと大きく震わせた。
「俺の名前呼んで。」
「……日下部?」
「違う。」
開かれた口を閉じ、もう一度口を開く。
「想、くん。」
俺を想くんと呼んで上目遣いで見てくる姿は、写真の時の面影が残っていた。俺は悠瑠くんを引き寄せ抱きしめた。俺がもっと覚えていれば、運命の相手が、早く彼と気づいていれば、この人が負担を背負うことは無かったはずなのに。
「ごめん、ごめんね。気づかなくてごめん。」
「想くん、思い出してくれてありがとう。」
悠瑠くんは入学式のあの日から、ずっと俺に気づいていたんだ。そして、ずっと俺が思い出すのを待っていてくれたんだ。
「悠瑠くん、見つけてくれてありがとう。」
「想くん、もう一度俺を好きになってくれてありがとう。」
悠瑠くんは俺の頬にキスをした。軽く触れるだけの可愛いキス。でも、それだけでは……、
「足りない。」
次は俺から悠瑠くんの唇に深いキスを落とした。俺が好きになった大好きな人は、昔好きになったあの子と同一人物。俺はどんな悠瑠くんも好きなんだ。
