悠瑠side

 学校が終わって、放課後になった。最近、浩平は何か忙しそうにしている。生徒会も夏休み前になると忙しいのだろう。いつも3人で残っている教室は、最近拓也と二人だった。

 「悠瑠、今日みたいにいつも素直でいてよ。」
 「なんだよ、今日みたいにって。」
 「体育の時だよ。」

 こいつが日下部のこと思い出させるようなこと言うから、涙を隠すために拓也に抱きついた体育の時間のことを言っているんだろう。素直にって、こいつのせいなのに。

 「…うっさい。」

 拓也は俺の頭を撫でてきた。日下部の時とは違う、心地良さを感じる。

 「なぁ、俺ちゃんと生きてる?」

 唐突に意味のわからないことを聞いてみた。ここの所、生きてる心地がしなかったから、自分がちゃんとここにいるかどうか自覚したい。

 「生きてる。ちゃんとここに居るよ。」

 拓也は俺の欲しい言葉を絶対くれる。ただ言葉をくれるだけで、それ以上何も聞かない。無駄な詮索はしてこない。それが心地よかった。
 少し眠たくなってきて、拓也の肩にもたれ掛かって目を閉じた。
 拓也には悪いけど、こんな時日下部なら、どうやって笑うのか、どんな顔するのか、俺にどう触れるのか、そんなこと考えてしまう。日下部に会ってからも会う前も離れた後もいつでも考えてしまう。
 少し眠っていると、廊下からバタバタという足音が聞こえた。その音で軽く目が覚めてしまった。

 「ねぇ、2人とも!!!」
 「あれ、生徒会じゃなかったの?」
 「浩平お疲れ様〜。」
 「俺さ、分かっちゃった!」

 「え、まじ?!」と、拓也と浩平が勝手に盛り上がっていて、勝手に進められていく話に追いついていけない。拓也は分かってるみたいだけど、俺には何の話をしているか、さっぱりわからない。

 「ちょっと待って、何の話?」
 「だーかーら、日下部くんの彼女の正体だよ!」

 日下部の彼女の正体ということは、約束を偽っているやつってことだよな。

 「…そんなの何でもいいじゃん。」
 「悠瑠、思ってないこと言わない。」

 本心だよ。確かに約束を他人に奪われたのは悲しいし、悔しいけど、もう今更どうでもよかった。

 「目黒が探してるのは約束の“女の子”で、俺は男。で、1回振られてる。」
 「でも、結果的に日下部くんが心に決めてたのは約束の子なんだから悠瑠だよね?」

 そうだけど、日下部の綺麗な思い出を、俺が汚していいんだろうか。日下部が探していた女の子が、実は男で、俺だったなんて、彼はショックを受けるんじゃないだろうか。
 なんだか、頭が痛くなってきた。どれもこれも、日下部が俺の気持ちを掻き回すから。止まることなく溢れ出るこの気持ちの止め方を、俺は知らないから。

 「なんか、頭痛くなってきたから帰る。」
 「おい、悠瑠!」
 「ごめん、ここまで調べてくれたのに。でも、もういいよ。ありがとう。」

 俺はかばんを持って教室から出ていった。後ろでは浩平が何かを拓也に言っていたが、俺には聞こえなかった。少しすると「あぁ!もう!」という拓也の叫び声と、廊下を走る2人の後ろ姿が見えた。方向的に1年の教室だけど、もう日下部が学校を出てしまったのを窓から見て知っているはずなのに、何しに行くんだろう。

 2人が何をしようとしているから傍知らず、俺はゆっくり帰った。電車に乗りながら考えるのはさっきのこと。日下部が幸せなら何でもいい。例え俺と結ばれなくても、それは俺の本心。でも、欲を言えば、

 「ずっと一緒にいたかったな。」

 離れていた時間を埋めるように、その何倍も一緒に時間を過ごしたかった。隠してきた本心を声に出すと、もう日下部の隣には並べないことを自覚した。溢れ出る涙は日下部にしか止められないのに、今は隣にいなくて、寂しかった。
 昔、母さんに言われた言葉を思い出した。

 「ママがパパと結ばれたのは奇跡なんだ。もし悠瑠が想くんと結ばれたらそれも奇跡だね。」

 奇跡は俺には起こらなかったみたいだ。
 最寄り駅に着いて人混み紛れて俺も降りた。改札を出ると見慣れた後ろ姿。いるはずもない彼の幻覚を見ているのかと思った。

 「…なんで?」

 俺が言葉を発すると目の前の奴は振り向いた。

 「見つけた。」

 日下部は俺に駆け寄り、目の前で止まった。

 「悠瑠くんにどうしても会いたくて、会いに来ちゃいました。」

 フワッと笑う目黒を目の前にすると、止めたはずの涙がまた溢れてくる。

 「本当に泣き虫なんですね。」
 「だって、だって……ッ。」

 俺の涙を手で拭いながら、日下部はまた笑う。俺たちの奇跡はまだ続きがあるのかもしれない。