想side

 「想くん、愛してたよ。」

 その言葉が頭の中を支配した。過去形なことが気になった。突然の出来事に俺は動けずにいた。悠瑠くんが離れて行くのを、ただただ眺める。それだけしか出来なかった。
 俺たちはいつか終わりがくる関係だった。でも、あの子に会えても、悠瑠くんは俺の隣に友達としていてくれるだろう、そう思ってた。

 現実はそんなに甘くはない。悠瑠くんは俺の事が好きで、でも俺にはあの約束の子がいて。これでよかったのかもしれない。俺が彼にこれ以上のめり込まないように。
 俺たちは未だに連絡先すら知らない。友だちでもなかったのかもしれない。元に戻るだけだ、ただの先輩と後輩に。

 ◇◇◇

 あの日から悠瑠くんは、俺の目の前に一度も現れなかった。あの秘密の場所に行っても、会うことはなかった。ソウも出てこず、次第にあそこに行く回数も減った。
 俺たちの教室はグラウンド側にあって、体育の授業を受ける悠瑠くんはよく見かける。俺がいなくても楽しそうに笑う悠瑠くんに、なんだかモヤモヤとした感情があった。
 悠瑠くんの近くにいる2人の先輩は、元々スキンシップが激しいけど、体育の時間になるとより多く見える。いつも悠瑠くんが1人にならないようにどちらかが必ず寄り添っている。
 窓から見ていると深山先輩と目が合った、そんな気がした。本来は合ってないのかもしれない。俺が見すぎてたからそんな気がしただけかもしれない。でも、深山先輩は俺と目が合った瞬間、悠瑠くんを呼んで悠瑠くんを抱き寄せた。悠瑠くんは怒ってるみたいで、初めは抵抗していたけど、次は悠瑠くんからハグしてと手を広げた。二人はまた抱きしめあって、後ろから更に佐藤先輩が抱きついていた。悠瑠くんは嬉しそうに目を細めて笑っていた。そんな光景をじっと見ていると、悠瑠くんと目が合った。驚きすぎて、思わず机と椅子をガタッと鳴らす。

 「日下部、どうした。居眠りか?」
 「すみません。虫に驚いて。」

 クラスはクスクスと笑っていたが、そんなことどうでも良い。また窓の外を見ると、深山先輩がこちらを見ていた。ベーと舌を俺に向かって出してきた。そして、走って授業へと戻ってしまった。
 忘れなきゃいけないのに、悠瑠くんと過ごした2ヶ月半が忘れられない。気づけばいつも彼を探していた。モヤモヤした気持ちのまま授業を受けていると、メッセージの通知がくる。この前会ったあの子からだった。

 「日下部くん、今日会いたいんだけど時間ある?」

 あの日、悠瑠くんに言われたこと。

 「その子、本当に約束の子なの?」

 確かにそうだよな。根拠もないから、この子だと確信がない。会った瞬間に日下部くんと呼ぶのも変だ。昔の話題を出すとすごく言葉を濁す。その上、あまり覚えてないと言われる。根拠より、怪しいことばかり思い浮かぶ。

 「いいよ、会おう。」

 俺は真相を確かめないといけない。

 放課後になり、あの子と会ってすぐ近くのカフェに入った。

 「ここのカフェすごい気になっててね、日下部くんと来れて嬉しい!」
 「そうなんだ。」
 「……ねぇ、なんか元気ないよね。どうしたの?」

 目の前のこの子が、昨日まで信じられていたはずなのに、信じることが出来なくなっていた。
 
 「あのさ、本当に君があの子なの?」
 「え、どうしたの急に。ずっと信じてくれてたじゃない。」
 「不審なところが多すぎるんだよ。」

 女の子は体をビクつかせ、目を泳がせた。

 「なんで昔の話したら話を濁すの。」
 「それは、昔のことであんまり覚えてなくて。」
 「約束は覚えてるのに?」

 俺は淡々と話し続けていたけど、俺の向かいに座る女の子は泣いてしまった。

 「なんで、信じてくれないの…。」
 「ごめんなさい、君のことよく知らないし。それに、もし、君が約束の子だったとしても巡り会うのが遅すぎた。」
 「日下部くんは探してくれてたんじゃないの?!」
 「ずっと探してたよ。……でもね、出会っちゃったんだよね。」

 俺の運命の人。最初は何が何だか分からなかった。誰かも知らない、ただの先輩。彼からの一方通行の想いに応えたいと思った。悠瑠くんから触れられると胸が高鳴るのに、この人に触れられても何も感じない。早く悠瑠くんに会いたい。悠瑠くんが俺を追いかけてくれていたように次は俺が悠瑠くんを追いかける番だ。

 「じゃぁ、約束は?私守って彼氏作らなかったのに。」
 「もし本当に君が約束の子なら、本当にごめん。でも、俺はあの人を裏切ることなんてできない。」

 携帯が急に鳴った。誰か見てみたが、連絡先に登録されていない番号だった。

 「ごめん、電話出るわ。」

 女の子に一言断りを入れて電話に出た。

 「…もしもし」
 「あ、もしもし。俺、深山だけど。」

 なんで深山先輩が俺の携帯の番号知ってんだ。

 「お前のクラスの…何だっけ。あ、そうそう来栖くんに番号聞いたんだけど。」
 「まあ、いいですけど。どうしたんですか、わざわざ電話聞いてまで。」
 「うん、1回しか言わないからよく聞けよ。」

 真剣な声色の深山先輩に、緊張が走る。俺に言わないといけないことなんて、今のこの子のことか、悠瑠くんのことか…。

 「お前騙されてるよ。その子は約束の子じゃない。」

 昨日の俺なら驚いたかもしれない。その事を聞いても、やっぱりなという納得感があった。目の前に座る女の子に目線を向けると、キョトンとした顔でこちらを見ていた。それだけで虫唾が走る。

 「…やっぱりそうなんですね。今その話を彼女としてました。」
 「その子、この前の悠瑠の事件の奴とグルで、日下部の約束の話を聞いて、悠瑠から離すにはこれだって思ったらしいよ。」
 「深山先輩、ありがとうございます。しっかりケジメつけて戻ります。」
 「お礼はいいから。……悠瑠を幸せにしてやって。」

 深山先輩は本当に悠瑠くんのこと大事なんだな。これが友情なんだと思い知らされる。深山先輩以上に、俺は悠瑠くんを愛してるけど。
 「もちろんです。」と言って電話を切った。俺の答えを出す時がきた。

 「……ねぇ、やっぱり君さ、約束の子じゃないよね。」
 「何言ってるの、今更。嘘つく理由ないじゃん。」
 「嘘までつくとか、本当に迷惑なんだけど。」

 俺がなあからさまに嫌いという態度を取ると、彼女は焦りだした。

 「俺の学校のやつと手組んでさ、俺をハメたんでしょ?」
 「違う。私は約束を守ろうと思って日下部くんに会いに来たんだよ?」
 「嘘つく女嫌いなんだよね。」
 「え、待って。嫌わないで。」
 「いやいや、嘘つくやつ嫌いだから無理だよ。」
 「ごめんなさい、あなたと付き合えるって言われて指示に従っただけなの……。」

 彼女はハッとした表情で口元を手で抑えた。それでももう遅い。もう自白してしまっているし、深山先輩が言ってることがあっているということだ。

 「もう俺の前に現れないで。」
 「日下部くん、ごめんなさい。私、あなたが好きなだけなの。いつも同じ電車で見かけてて、本当に大好きで。お願い、日下部くん。私を選んで……。」

 泣きじゃくり腕を掴んでくる彼女を振り切る。俺を騙す女に優しくできるほど、俺は出来たやつじゃないみたいだ。

 「俺はあなたを選ばない。じゃぁね。」

 俺は女の子を残して店を後にした。あんなのに騙された俺ってバカみたい。歩いていても、思い出すのは悠瑠くんのこと。今更悠瑠くんの大事さに気づいて、どうしようもなく、悠瑠くんに会いたくて、でも、居場所なんて分からなくて。とりあえず、悠瑠くんがいつも降りる駅に電車で行ってみよう。

 会ってくれないかもしれないけど、じっとしてるよりはマシだ。

 悠瑠くん、今度は俺が見つけに行きます。

 ◇◇◇