それ以降、先輩と関わることは一度もなかった。
 遠くから憧れるだけの関係は、あっという間に定着した。
 バスで隣になって、あんなふうに肩を預けてしまったなんて……今となっては信じられない。
 それだけ、七海先輩は俺が近づけないほど、人気者で、別次元にいる人だったんだ。
 
 気づけば、体育祭まで二週間を切っていた。
 最初は嫌がっていた俺たち二年生も、三年生の本気の熱量に引っ張られ、徐々に真剣に取り組むようになっていた。
 この時期になると、学年別の練習に加え、全学年での合同練習も始まってくる。
 今までは同学年の目だけを気にしていればよかったのが、三年生の監視の目も強くなる。よって、プレッシャー倍増だ。

 「音羽くん、みんなより動き遅れてるよ。まだ覚えられてないところ、次までになんとかしてきて!」

 放課後、だだっ広い運動場に団長の声が響いた。
 大勢の前で名前を呼ばれ、叱られる。ものすごく羞恥に堪える。できるなら、今すぐ地面にでも沈みたい。

 櫻井や他のクラスの女子にコツを教えてもらったり、家で練習するために動画を撮らせてもらったりはしていた。
 それでも、まだ追いつけていない自分が悔しい。

 長い練習が終わり、重たい足を引きずるようにみんなの後ろをついて歩く。
 地面に落ちた自分の影まで、落ち込んでいるように曲がっていて、情けない気持ちになる。

 家に帰ってからも、ゲームの時間を削ってダンスの練習をしなくては。
 ストレスしかないけれど、ここまで来たらやるしかない。

 「本っっ当に疲れた……てか、なんでこんなに覚えられないんだろ。マジで絶望」

 帰宅後、激しい眠気に襲われながら、土だらけの体をシャワーで洗い流す。
 天井を仰ぎ見て、腹の底から「あぁぁ……」と頼りない声が漏れた。

 本番まで時間がない。
 こんなにミスが多くては、当日、大恥をかく未来しか見えない。
 今も練習を何度も中断させて、みんなに迷惑をかけている。
 一応、クラスから選ばれて応援団になったのに、こんな状態でダンスしてたら、クラスメイトがどう思うかなんて……考えるのが怖い。

 ネガティブ思考が止まらない。
 この日の夕飯は大好物のハンバーグだったのに、味がよく分からなかった。

 

 「じゃあ、最後に一曲通してやるから、みんな列に並んで!」

 数日後の練習。
 体育祭まで時間がないせいか、空気がいつも以上に張り詰めている。
 団長も副団長も、険しい表情で俺たちを見ていた。

 (大丈夫、あれだけ家でも練習したし。いける)

 まだ不安なところはあるけど、自分にそう言い聞かせて、なんとか気持ちを奮い立たせる。

 そして、曲がスタートした。

 最初は順調だった。だが、不安だったあの箇所でやはり躓いてしまい、みんなとテンポがズレる。
 動きを合わせようと必死になるけど、間に合わない。
 俺だけが、取り残される。

 後半はもう、何もかもが空回り。抗うのも諦めて、ただ突っ立っていた。
 音楽が止まり、周囲は静まり返った。

 (努力しても報われない。やっぱり俺って、何もできないんだ)

 高校受験のときと、同じ気持ちだった。
 自己肯定感がゼロになると、何もかもがどうでもよくなり、目の前の課題を投げ出してくなる。

 首を垂れていると、わざとらしいほど大きなため息が、全員に聞こえるように響いた。

 「二列目の一番右の子! 全然覚えられてないじゃん。ちゃんと練習してきたの!?」
 「あと三週間切ってんのに、この状況やばいって分かってる? みんなに迷惑かけてるんだよ」

 団長と副団長が、容赦なく俺を責め立てる。

 他の生徒たちは、先輩たちの勢いに圧倒され、じっと黙り込んだままだ。
 俺のせいでみんなを怖がらせてしまっている事実が、さらに堪える。

 悔しい……家でも学校でも練習してきた。なのに、「練習してない」と思われてるのが辛い。
 でも、結果が出ていない以上、努力が足りなかったということなんだろう。

 重苦しい空気が流れ続けている。
 わかってはいるけど、今の俺には言い訳する気力すら残っていない。

 「もうやめな。さすがに言い過ぎだよ」