エンター、エンター、コマンド、エー、コマンド、ビー、エンターエンター。コマンド……――。

 「もぉっ、うるっさーーーーぁい!」

 バンッと勢いよく部屋の扉が開き、鬼瓦風の女――姉の香澄が顔を出す。
 だが俺は、一瞬たりともパソコンの液晶から目を離さず、カタカタとキーボードを打ち込む。「勝手に入ってくるな」「ノックくらいしろ」。そんな決まり文句は、もう飽きた。

 「今は大切な時期なのじゃ。俺のレベルアップがかかっておる。一年に一度のこのチャンス、お前に譲るわけない」

 「あんた、ついにおかしくなった? マジでキーボードの音ノイローゼになるから、やーめーろー!」

 姉は無理やり俺の肩を背後から掴み、激しく揺さぶってくる。
 おかげで手元がぶれ、一気に敵に攻め込まれる。

 アッと言う間に、ジ、エンドーー。

 「許さねぇ、お前だけは!!」

 漫画のキメ台詞みたいな顔で振り向くと、姉は突然スマホ画面を俺の前にズイッと向けてきた。

 「はい?」
 「落ちたの! プロデュース111の、最終ステージのチケット!」

 画面には【申し訳ありません。あなたのチケットはお取りできませんでした。】の残酷な文字が、綺麗に並んでいる。
 よく見たら姉の顔は悲しみと怒りが混ざったような、鬼気迫る顔をしている。
 面倒なことに巻き込まれそうでその場から去ろうと腰を上げた直後、ガシッと肩を掴まれた。

 「なんすか! 俺、関係ないじゃん!」
 「関係なくないでしょ! あんたのスゥイートダーリンだって出場するじゃん! ねぇ、今日なんだよ! 急いで裏でチケットもらってきてよ! 私の一枚分だけでいいからぁーお願いー!」

 わーんと、子供みたいに泣きついてくる。
 無理だ。そんなあつかましい真似できるわけない。
 第一、俺は先輩とあの日以来連絡をとっていないし、もうかなり距離は開いてしまっているのだから。
 (まぁ……連絡とらなくなったのは、俺からなんだけど)

 いつまで経っても泣き止まない姉に呆れ果て、俺はついに決心した。

 「……あー。なぁ、香澄。これ俺がもらってたチケットだけど、行く?」
 「え?」