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 「はい、すぐ定位置! もう一回、通しでいくよーー!」

 日本からソウルに戻って、もう数週間。
 日本で行われる最終ステージまで、あと一週間を切った。

 宿舎では朝から晩まで、歌とダンスのレッスンが続いていた。
 ビジュアルも評価に大きく影響するため、誰もが食事を削って、少しでも痩せようと必死だった。
 もちろん、俺もそのひとりだ。
 精神も体力も、もう限界に近い。
 それでも、すぐそこにある〝夢〟に手が届きそうで、足を止めるわけにはいかなかった。

 すべてを削って、すべてを注ぎ込む。
 この一瞬の努力が、未来を変えると信じてるから。

 「はぁっ……はぁっ……!」

 頭のてっぺんから足の指先まで、神経をすべて集中させる。
 汗が目に入ろうが、呼吸が乱れようが、構わずに踊り続けた。

 (すべては、アイドルとしてデビューするためだ)

 足が止まりそうになるたびに、自分にそう言い聞かせる。
 瑞稀の顔が頭をよぎることもあったけど、無理やり追い払った。
 今は、それしか方法がない気がした。

 「ストップ!!」

 突然、音楽が止まり、女性トレーナーの怒声が飛ぶ。
 全体の動きはかなり揃っていた。ざわつくメンバーの間を抜け、彼女はまっすぐ俺の前まで来た。

 「リク、全然ダメ。ちょっと抜けて。今のままじゃ、デビューはできないと思った方がいい」

 まさか、自分が呼ばれるとは思っていなかった。
 頭が真っ白になる。
 何が悪かったのかもわからず、言葉を失ったまま立ち尽くす。すると彼女は、厳しい目で俺をまっすぐ見据えた。

 「あなた、本当に歌詞の意味、理解してるの? この曲はあなたの物語じゃないの。観ている人に届けなきゃ。なのに……あなたは、自分のために踊ってる。それじゃ伝わらないわよ!」

 その言葉が、心の奥にすとんと落ちた。
 たしかに俺は、見てくれている人に何かを伝えるためじゃなくて、
 ただ自分の不安や焦りを、踊りにぶつけていただけだった。
 気づけば、今まで自分が生徒たちに教えていた、「いちばん大切なこと」を、自分が忘れていた。

 (いつから、こうなっちゃったんだろう)

 外から俺を抜いた練習風景を眺める。
 踊る仲間たちの瞳には、誰かに想いを届けたいという強い意志が宿っていた。
 それがファンになるかもしれない誰かかもしれないし、大切な恋人、あるいは家族かもしれない。

 (じゃあ、俺は?)

 「利久」

 ふいに声がして、隣を見ると、ミオがいつの間にか隣に立っていた。
 トレーナーのそばで見学していたはずなのに、涼しげな顔で俺を見下ろす。
 サングラス越しの視線が、まっすぐ俺を貫いた。

 「あの子から逃げるように踊ってたら、もったいないよ。伝えたい想いがあるなら、それをダンスに乗せなきゃ」

 「美緒……」

 胸の奥を、何かがぎゅっと締めつけた。
 図星だった。
 俺は瑞稀と向き合うのが怖くて、あの一件以来、ずっと逃げていた。
 ただひたすらにデビューだけを目指して、それがすべてだと思い込もうとしてた。
 でも本当は……ずっと頭の中に、心の中に、瑞稀がいた。
 千百五十キロも離れたこの場所にいるわけないのに、すぐそばにいるような気がしてならなかった。
 好きで、好きで、たまらない。この気持ちが、止まったことなんて一度もない。

 「……あの子に届ける気持ちで踊れば、お前は絶対にデビューできる。負けんなよ」