ミオは俺の焦りを察してくれたのか、番組のプロデューサーに直談判してくれた。
 そのおかげで、レコーディング後の一時間だけ自由な時間をもらえた。
 スマホは返却されなかったから、連絡を取ることもできない。
 それでもどうしても、瑞稀に会わなければならなかった。

 すでにこのとき、待ち合わせの時間から四時間以上が経っていた。
 さすがにまだ同じ場所で待っているとは思えない。きっと、どこかへ移動しているだろう。
 銀座の街は広い。だから俺は一か八か、瑞稀が自宅に戻っている可能性に賭けて、ミオに頼んで車を向かわせたのだった。

 けれど――。

 『……ダンス以外で必死なお前を見るのは初めてだな。日本に彼女でもいるのか?』

 高級車の助手席に座っていた俺に、ミオがふいに問いかけてくる。
 〝彼女〟という言葉に、胸がドキリと跳ねた。
 思わず『そうだよ』って言いそうになったけど、どうにか踏みとどまる。

 『違う。でも、すごく大事な友達。今日、会えるの楽しみにしてくれてたから……きっと、もう嫌われたと思う』

 言うつもりはなかったのに、ミオの前だとつい、気が緩んでしまう。
 まるで子どもみたいに、弱音をこぼしてしまう自分がいる。

 『こんなこと、この業界じゃ当たり前だよ。デートも気軽にできないし、急な予定で約束が潰れるなんて日常茶飯事。それに耐えられない相手なら、最初からいないほうがマシだ』

 ミオは淡々と、でもどこか優しく言った。
 彼の横顔を見ながら、どれだけ多くのことを乗り越えてきたんだろう、と少し胸が詰まった。
 それに比べて、自分の意識の甘さが情けなくなる。

 『……そうかもしれない。けどその子は、ずっと俺の背中を押してくれてたから。だから顔を見て、ちゃんとこれを渡したい』

 そう言って、鞄から一枚のチケットを取り出す。
 それは、オーディション最終ステージの関係者席のチケットだった。

 まだ番組では放送されていないが、俺は人気投票で二位に入り、最終候補二十人の中に残ることができた。
 そこからデビューできるのは、たった七人。
 選ばれなかった十三人は、舞台を降り、普通の生活へと戻っていく。
 ここまで順調でも、最終ステージの得点次第で脱落するなんてことは普通にある。
 そんな予測不能な展開も、この番組の醍醐味なのだ。

 『会えるといいな。お前の〝好きな子〟に』

 『…………』

 もう、取り繕うのはやめた。
 ミオには何もかも、とうに見透かされているのだから。
 俺は黙って、小さくうなずいた。