*七海side


 <皆様、本日はご搭乗いただきまして、誠にありがとうございます。この便は、羽田空港発NH11便、ソウル行きです。間もなく離陸いたします>

 機内アナウンスとともに、機体が滑走路を走り出す。
 背もたれに体を預け、ふと隣を見やると、仲間たちはすでにうたた寝していたり、静かないびきを立てて夢の中にいた。

 つい二日前に日本に来たばかりだったのに、時間はあっという間に過ぎ、もう宿舎にとんぼ返りだ。
 都内でのダンスレッスンに歌のレコーディング。ハードなスケジュールの合間を縫って、半日だけオフが取れると聞いて、俺はずっとその時間を楽しみにしていた。

 (瑞稀に会いたかっただけなのに)

 窓の外に広がる誘導路灯火の光が、まるで無数の星みたいに滲んで見えた。
 頭に浮かぶのは、ほんの数時間前の記憶。

 『瑞稀を寒空の中、一時間以上も待たせて。連絡ひとつもよこさないで。あんた、アイドルだったら何やったっていいんですか!?』

 あのとき見た、瑞稀の疲れ切った顔と、亜嵐くんの怒りに満ちた目。
 すべて、俺のせいだ。

 「はぁ……なんで、こうも上手くいかないんだよ……」

 誰にも聞こえないように小さくため息を漏らし、そっと頭を抱える。

 今日の約束は、俺にとって本当に大事なものだった。
 いや、むしろこの日があったからこそ、きついトレーニングにも耐えられたと言っていい。
 昨夜まで、何も問題はなかった。

 だけど、今朝。
 突如ミーティングが開かれ、グループメンバーのひとりが、SNSに番組や他メンバーの悪口を投稿した件が発覚した。

 それが拡散されたことで彼は急遽脱落。
 俺たち同じグループのメンバー全員と、合宿参加者全体のスマホがその場で没収された。
 もし、予定通りにレコーディングが終わっていれば、連絡が取れなくても瑞稀とは落ち合えたかもしれない。
 でも実際は、そのレコーディングも長引いてしまった。俺はグループリーダーという立場もあって、途中で抜けるなんて許されなかった。
 何度も「せめて友人に一言だけでも連絡をさせてくれ」と頼んだけど、聞き入れてもらえず、むしろ「これ以上ごねるようなら、君のために別途ミーティングを開く」と言われた。

 番組の運営には莫大な費用がかかっているし、厳しい管理も必要だってことは分かってる。
 でも、あのときの俺たちの扱いは、まるで人間としての権利すらないように感じられた。

 そんな俺に手を差し伸べてくれたのは、ISSEEのリーダーであり、審査員でもあるミオだった。

 『僕が責任を持つので、一時間だけ利久に自由な時間を与えてくれませんか?』