亜嵐は俺を守るように壁になって立ち、先輩に伝える。
 彼の気持ちは嬉しいけど、そんなふうに責めるつもりなんて、俺には全然なかった。

 「亜嵐、ありがとう、もういいから! あの、先輩。別に俺は……!」

 亜嵐の背中の向こうに見える先輩が、申し訳なさそうに頭を下げる。

 「本当にごめん。いくら理由があっても、許されることじゃないと思う」

 「ですよね? しかも、なんでこいつの誕生日なんかに……破るんだったら、初めから約束すんなっつーの!」

 「えっ……?」

 亜嵐が発した言葉に、先輩は反射的に顔を上げた。

 「今日……瑞稀の誕生日だったの?」

 先輩の問いに気まずいけれど、ひとつ頷く。
 すると先輩はひどく顔を歪ませて、俺に対して再び深く頭を下げた。

 「本当に俺、最低だね。瑞稀の誕生日なのに……ごめん」

 顔を上げた先輩の辛そうな表情を見て、胸がズキズキと痛む。
 別に俺の誕生日なんてどうでもいいのに。俺は先輩と少しでも会えるならそれだけでよかったのに。

 「瑞稀は、ずっと俺と両想いだったんです。だから、安心して俺に任せて、アイドルにでもなってください」

 「えっ……」

 先輩と俺が亜嵐の言葉に衝撃を受けた直後だった。
 路肩に停まっていた高級車の後部座席のドアが、重たい音を立てて開いた。 
 中から現れたのは、先輩と同じくらいの背丈で、すらりとした体格の男の人。
 黒のロングコートが風を孕んで揺れ、艶やかな黒髪は、まるで雑誌の撮影帰りみたいに完璧に整ってる。
 ただ立っているだけなのに、空気が少し張り詰めた。

 (この人、ミオだ)

 液晶越しでもものすごくイケメンなのに、本物はレベルが違う。

 「利久、もう本当に時間がない。急ぐぞ」

 低く通った声が冷静に響き、先輩の名を呼ぶ。
 その瞬間、現実が引き戻されたように、心の奥がざわめいた。

 「……美緒。あと少しだけ、待ってほしい」