「そんな、マジで……? ありがとう」

 亜嵐の優しさに感動して言葉が出てこない。
 元々俺が勝手に連絡を経って、亜嵐を傷つけて、挙句告白したのに振って。
 こんな最低最悪なやつ、普通だったら見切りをつけるだろうに……どこまで、俺を許してくれるつもりなんだろう。

 「……瑞稀の好きなやつって、その〝先輩〟なんだろ?」

 「え?」

 亜嵐の言葉が、空気を切り裂く。
 上手く反応できない俺を、亜嵐は悔しそうな、悲しそうな……あの公園で見た瞳をしていた。

 「今日一日見てたら分かるよ? ずっとスマホ気にして、時々辛そうな顔してたもんね。なんで、連絡ひとつよこさない自分勝手なやつがいいの?」

 「それは……」

 亜嵐の言ってることは、ごもっともで。
 さすがに今日の先輩の行動は、ひどいと思った。
 でも。先輩はどんなに忙しくても、俺にメッセージも写真も送ってくれてた。
 ちゃんと、傍にいるときは、言葉にして気持ちを伝えてくれてた。
 俺がどうしようもなく辛くて、孤独を感じているときに手を差し伸べてくれた。
 それら今までのことを全部ひっくるめて、自分勝手なやつってはっきり言えない。
 まだ……嫌いになれない。
 むしろ、傷つけられても、心の奥では好きの気持ちが消えないまま残ってる。

 重たい沈黙が落ちる中、雲の向こうに太陽は沈んでいき、空はどんどん色を変えていく。
 するとふと、遠くで車のエンジン音が近づいてきた。
 危ないと思って少し壁際に寄ろうとした――そのときだった。
 
 「瑞稀。やっぱり俺、お前のこと諦められない」

 亜嵐の低い声が耳に届いたと同時に、強く抱き寄せられる。
 一瞬のことで、頭がついていかない。
 しっかりとした腕に包まれて、ふわっと香る柔軟剤の匂いが鼻をかすめる。

 ようやく状況を理解した頃には、鼓動が騒がしくなっていた。

「あ、亜嵐……?」

「俺、お前のこと、誰よりも分かってる自信ある。絶対、辛い思いなんてさせない。約束も、破らない。……それに、ずっと近くにいられるだろ? 俺のほうが」

 まっすぐな想いを、真正面からぶつけられて心が揺れる。
 いつもの軽口なんかじゃないってわかる。
 俺を守るように抱きしめてくれてる……この腕の強さが一番に証明していた。

「でも、俺は先輩が……」

「ぶっちゃけ言うけど、お前と先輩は全然釣り合ってないよ」

「……っ!」

 亜嵐の言葉が、弱っていた心に留めを指す。
 ずっとわかっていたけれど、信じたくなかった。
 現実を見たくなった。
 思考も言葉も全部奪われた俺は、ただただ亜嵐の腕の中にとどまる。
 すると背後から、車のドアが勢いよく開く音が響いた。

「瑞稀、だよね? 何してんの?」