背後から聞こえてきた、どこか気さくな声に思わず足が止まる。
 櫻井と俺が同時に振り返ると、そこには今朝と同じ柔らかな笑みをたたえた彼が立っていた。

 「あっ……七海先輩」

 隣でつぶやいた櫻井の横顔はどこか戸惑っていて、ほんのり赤くなっている。
 まるで、クラス一の美少女にいきなり話しかけられた中学生みたいな反応だ。
 七海先輩、男さえも翻弄するって……何者だよ。

 高い鼻筋に、透き通るような茶色の瞳。光を受けてさらさらと揺れる金髪。
 もう夕方だというのに、朝と同じ完璧な姿をキープしてるってどういうことなんだろう。
 つい見惚れていると、その大きな瞳がふとこちらを捉え、ばっちり目が合った。

 「あ、今朝の」

 心なしか鼓動が早くなっているのを感じつつ、小さく会釈すると、先輩はくすっと余裕たっぷりに笑う。からかうようでもなく、でも完全に見透かされているような笑い方だ。

(くそ、眩しい……!)

 「君たち、応援団?」
 「あっ、はい。今、生物室に向かってるところです」

 櫻井が自然に会話を繋いでくれて助かった。俺ひとりだったら、間違いなく詰んでた。

 「おぉ、マジ? 一緒に行ってもいい?」

 七海先輩、話し方も柔らかくて、どこか飄々としてる。
 見た目こそ派手だけど、擦れた感じや偉そうなところはまるでない。

 俺、櫻井、七海先輩の順で横に並び、生物室へ向かって歩き出す。
 先輩は教室の場所がわからず、迷子になっていたらしい。
 さっき櫻井が言ってた「最近あまり学校に来てない」って話は、どうやら本当のようだ。

 集合時刻ぴったりに生物室に到着すると、すでにほとんどの応援団メンバーが集まっていて、顧問の先生が二人、教壇前に立っていた。

 七海先輩は三年生が集まる前の席へと進み、俺と櫻井は一番後ろの空いた二席に腰を下ろす。

 先輩は、教室中の女子たちから注がれる熱い視線にも気づいていながら、まったくの無反応。
 あの完璧な外見に加え、この態度。そりゃ人気も出るわけだ。

 でも。七海先輩を取り巻く空気を見ていると、少しだけ複雑な気持ちになる。
 あんなに見られ続けて、いつ気を抜けばいいんだろう。心が休まる時間とかは、あるんだろうか。

 「では、各学年ごとに分かれて、練習に取りかかってくださーい」